348.秘書問題

 国家樹立のカウントダウンがせまる中、フライハイトを訪問する人たちも日に日に多くなってきた。


 ほとんどが領主であるオレとの面会を望んでおり、多くはアポイントもなしにやってくるものだから、窓口となって対応にあたっているカミラも調整に忙しい。最近は『戦闘メイド』というよりも『戦闘秘書』という肩書きのほうがしっくりくるんじゃないかといった感じで、


「調整の時間を割いて、その分、カオル様と触れ合いたいのですが……」


 ……と、珍しく愚痴をこぼしている有様だ。いよいよ専属秘書をつけなければならないだろう。


 当初、国王補佐のポストに就く予定のニーナに秘書を兼任してもらおうかと考えたのだが、十歳の少女を前に、面会にやってきた大人たちが面食らう光景しか想像できなかったので、残念ながら諦めた。


 そういった事情もあって、カミラが希望者をふるいにかけて、ニーナが面会時間の調整をするという役割分担が成立しているのである。この前者の役割を誰かに任せられないだろうかと思っているのだ。


 とはいえ、カミラと同等に優秀な人材がいるかといえば、残念ながら該当者はいないわけで……。いっそ、本当に『戦闘秘書』としてのポストを設けてしまおうかと考える今日この頃である。


 で、この日もこの日でアポイントを取っていない人物の来訪をカミラから告げられたのだった。うーん、今後は、事前の約束なしで訪ねてくる人たちとは会わないっていう決まりを作ってもいいかもなあ。キリがないもん。


「タスク様のご判断なら、私としても反対いたしませんが。本当によろしいのですか?」

「だって、そうでもしないと大変だろう?」


 オレも執務があるし、カミラだって仕事が滞るじゃないかと続けようとした矢先、クールビューティとしても知られる戦闘メイドはやや困惑した面持ちで口を開いた。


「ジークフリート様やゲオルク様などは、連絡もなしにお見えになられますから。おふたりにも会わないということになってしまいますけれども」

「そこは臨機応変に……」


 いや、現状でも臨機応変に対応してもらっているからこそ、面会する人数が絞られていたんだよなと気付き、オレは言葉を飲み込んだ。


 そうなんだよ。アポなしでやってくる人たちの中には、有意義な提案や魅力的な話題を携えてくる人物もいるわけで、一概に追い返すってわけにはいかないんだよな。


 やれやれ、こうなったら早急に秘書を設けて、カミラの負担を減らすしかないか。頭をかきまわしながら、ため息を漏らすと、オレはカミラに向き直った。


「それで? 今度は誰が来たんだい?」

「熊猫人族のゴードン様です。同行者も数名ほどご一緒でした」


 へ? 老師? 移住の条件を提案した手紙を送って以来、返信はまだきてなかったはずだよな?


 首肯するカミラを眺めやりながら、オレの脳裏にある考えがよぎった。


 もしかしてだけど、返事を送るのが面倒だとかいって、「本日より移住して研究を始めるっ」とか言い出すつもりなのでは?


 これまでも同じような経験を多く重ねてきたので、たとえそうだとしても驚かないんだけど……。そこはそれ、気持ちの問題であって、やっぱり連絡ぐらいは欲しいわけだ。


 とにかく、座ったままではらちが明かない。椅子から立ち上がったオレは、カミラを伴って執務室を後にしたのだった。


***


 ゴードンがいたのは集会所の前で、おそらく同行者であろう熊猫人族の若者たちが、持参した荷物の点検をしている。


 ああ、もしかしてが当たっちゃったかと、同行者に忙しく指示を出している老師に声をかけると、ゴードンは上機嫌に口を開いた。


「おうおう、領主殿……ではなかった、これからはタスク様とお呼びせねばならぬな。本日からお世話になるゆえ、よろしく頼むぞ」

「老師、お元気そうで何よりです。お世話になるというからには、移住を決心されたと受け取ってよろしいのですか」

「左様。移住の条件については、まったく問題がなかったのでな。急ぎ支度を整え、駆け付けた次第といういうわけじゃ」


 同行者をひとりずつ紹介し、この若者たちは自分の助手であることを告げると、老師は胸を張った。


「これこのとおり、人員はそろっておる。いますぐにでも蒸気機関の研究を始められるぞ!?」


 ……意気込む老師には申し訳ないんだけど、研究を始めるにしても資材がない。


 ともあれ、当面の間は研究環境の整備をするかたわら、資材をかき集めて研究に取り組んでもらうことにした。ヘルマンニから急いで金属資源を送ってもらうよう手配しないといけないな。


 ゴードンたちの住居だが、住宅街に空き家があるためこちらをあてがうことにした。しかしながら自宅で研究を進めてもらうわけにもいかず、内容もある程度の危険が伴うため、専用の施設を領地のはずれに設けたのだった。


 この施設は工部省の組織として管轄する。『工部省技術開発局第一研究部』という大仰な名称を付けたのは、こちらの世界では未知の代物である蒸気機関の研究を怪しまれないようにするための、カモフラージュ的な意味合いを込めたんだけど。


 ……どうだろう、いま考えると、かえって怪しまれる結果になったかもしれないな。もっとも、クラウスやファビアンからは「イケてる」「超カッコいい」と評判だったのだが、ふたりとも中二の感性を持っているからアヤシイところなんだよな。……オレも大概だけどさ。


 とにかく、『工部省技術開発局第一研究部』――長いから『工技一研こうぎいちけん』とでも略すか――にはゴードンをはじめとする熊猫人族たちが配属され、研究に日夜勤しんでいる。


 研究員たちはかなりフレンドリーで、研究以外の時間はほかの住民たちと世間話に興じているようだ。領民たちも、突如としてやってきた熊猫人パンダ族に驚くこともなく、ごくごく自然に受け入れているみたいなのでとりあえずは一安心。


 ときおり、施設方面から怪しげな煙が上がっていたりするのは少しだけ不安だけど、いまのところ事故の報告はないので、引き続き安全第一で研究を進めてもらおう。


 領地のはずれが活気に満ちている一方で、領地の中心部でも歓声と活況に満ち溢れた施設がオープンを迎えることになった。


 ベルのプロデュースするアパレルショップが、いよいよ開店の日を迎えたのだ。

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