345.パワーバランス
魔道国から金属資源を購入する。これからの関係をよりよいものにしていくためにも、悪くない提案である。……しかしながら、引っかかることがひとつ。
「魔道国は資源の乏しい国じゃなかったのか? 輸出できるほどの金属資源があるなんて聞いたことがないぞ?」
そうなのだ。以前より、ソフィアをはじめとする魔道士たちから、主な交易品として挙げられるのは魔法石ぐらいしかないと聞かされていたのである。豊かな鉱脈があるのであれば、とっくの昔に情報を共有していたはずなのだ。
そのご懸念はもっともですなと頷いて応じ、ヘルマンニは話を続ける。
「領主殿は魔道国における『
「マルグレットとソフィアの家が筆頭を務めているっていう、魔道国の有力者だっけか?」
「その通りなのですな。実を申しますとな、魔道国で産出される物は『五名家』がそれぞれ管轄しておりましてな」
いわく、『五名家』の管轄下にある物は、その家の許可なく他国に輸出してはならないという決まりがあるらしく、フライハイトと魔道国の間で魔法石の技術提携が締結できたのも、魔法石を管轄している家の長であるマルグレットが認めたから、だそうだ。
逆に言えば、どんなに豊かな鉱山があったとしても、それを管轄している家の許しなく、金属資源の輸出はできない。それは『五名家』筆頭のマルグレットでさえ立ち入ることができない、不可侵の取り決めである。
……ふむ。つまりソフィアたちから鉱山があると聞かされていなかったのは、自分たちの家の管轄外だから打ち明けることができなかった。そう考えたほうがいいんだな。
だとすると、だ。
「話を聞く限りでは、鉱山を管轄しているのはヘルマンニの家だというように受け取れるんだが」
「さすがは領主殿、ご明察恐れ入りますな。おっしゃるとおり、ワタクシ、『五名家』においては次席の立場におりましてな。鉱山の管理一切を任されているのですな」
「待ってくれ。それならそれで別の疑問が出てくるぞ」
「なんですかな?」
「輸出できるだけの鉱石を持ちながら、どうして交易品にしなかったんだ?」
鎖国体制にあるとはいえ、事実上、龍人族の国との国交は成立している。正常な交易を行っている関係であれば、金属類を出荷していないというのはおかしい。
「もちろん、取引はあったのですな。しかしながら、様々な事情から取引の規模を拡大することが困難でしてな……」
「品質が安定しないとか?」
「とんでもない。我が鉱山で採掘する鉱石は、どれも一級品なのですな。原因はむしろ、他にあると申しますかな」
思案顔のヘルマンニは、言葉を選ぶようにして慎重に語をついだ。
「鉱石が産出される場所が問題なのですな。いわくつきと申しましょうかな」
「いわくつき?」
「二千年前のことですな。英雄ハヤト率いる勇者たちが、破滅龍と災厄王との激闘を繰り広げた場所がありましてな」
「まさか……」
「ご明察恐れ入りますな。まさにそこが鉱山のある土地なのですな」
……魔道国において、豊かな鉱脈を誇る山は全部で三カ所。それぞれに『忘却の岸壁』『招かれざる山脈』『禁断の地』という不吉な名称がついており、龍人族との取引で使われる鉱石類は、『忘却の岸壁』で産出されたものに限定される。
残りの二カ所は、二千年前の戦いの中でも激戦地として広く知れ渡っており、特に『禁断の地』は災厄王が倒された場所として記憶されていることから、掘ったところで買い手がつかない状態にある。
また採掘に赴く作業員たちも、呪われた土地として鉱山に近づくことを恐れ、本格的な作業に乗り出せないでいる。
なるほど。買い手側だけじゃなくて、売り手側にとっても心理的に及ぼす要因が大きすぎるから事業を拡大できずにいたってことか。
「それならなおさら、魔道国から鉱石を買うのは難しいんじゃないのか? ただでさえ採掘作業を嫌がっている人たちに、輸出するから掘る量を増やせって言ったところで無理な話だろう?」
「そこはワタクシ考えましたのですな。恐れ多いことながら、領主殿のお名前を拝借できないかと思いましてな」
「オレの名前?」
「二千年前の勇者ハヤトは異邦人でありましたからな。同じ異邦人である領主殿のご加護をもってすれば、作業員たちも呪いだ祟りだなど気にすることなく作業に励めることでしょうな」
「オレにそんな力はないけど」
「方便というやつなのですな。異邦人であられる領主殿が、大陸の中でも魔道国の鉱石を欲しておられる、その事実だけで十分なのですな」
「そんなもんかねえ」
思わず腕組みをしてソファにもたれかかるオレを見て、ヘルマンニはポリポリと頭蓋骨をかいた。
「……正直なところを申しますと、ワタクシ、強引な手段を用いなければいけない状況にございましてな。なりふり構ってはいられないと申しますかな。厳しい立場にありましてな」
「そりゃまたどうして?」
「領主殿がマルグレットと技術提携を締結させたことが大きいのですな。あの一件以来、『五名家』筆頭であるマルグレットの立場は非常に強まりましてな」
食糧事情を改善させるための作物に養殖技術。それらを取り入れることに成功した立役者として、マルグレットはいまや不動の地位を築きつつある。
「個人的な親交がありますからな。彼女の栄達はワタクシとしても喜ばしい限りなのですな。ですが『五名家』の立場となれば話は別ですな」
「次席なんだっけ? それでも相当に凄いんじゃないのか」
「過去の話なのですな。いまでは、はるか先を突き進む筆頭の背中が見えるかどうか、悩ましいところなのですな」
そこまで言い終えたヘルマンニは、一拍、間を置いてから、ため息まじりにおわかりですかなと付け加えた。
「少しばかり、ワタクシの家の影響力を強めなくてはならないのですな。権力構造、いわゆるパワーバランスに修正を加える必要があるのですな」
「それもあっての鉱石の輸出か」
「はい。そしてまことに厚かましいお願いではあるのですが、できれば領主殿にいま一歩踏み込んでいただきたいのですな」
鉱石を輸出するから、その見返りがほしいということだろうか? 身構えるオレに、骨人族は恐縮の面持ちで呟いた。
「フライハイトで生育している米……つまりは稲作の技術をご教授いただきたいのですな」
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