344.骨人族の提案

「領主殿、この度の不手際、大変に申し訳ありませんでしたな。この通り、お詫びいたしますのですな」


 執務室に到着したオレを迎え入れたのはヘルマンニの謝罪の言葉で、全身骨格標本を彷彿とさせる骨人族は、ほぼ直角に腰を曲げては深々と頭を下げるのだった。


「いいんだ。トラブルがあったっていう話だけど、使者は無事なのか?」

「ご心配には及びませんな。本人に事情を聞きましたが、いたって健康そのものでしてな。ピンピンしておりますな」


 それはよかったとテーブルを挟んでソファに腰を下ろしたオレは、ヘルマンニにも楽にするよう着席を促すと、参考のため、どういったトラブルに見舞われたのか尋ねてみることにした。


「いやはや、お恥ずかしい限りですが、季節風に行く手を妨げられたようでしてな」

「季節風?」

「左様ですな。この時期になりますと、魔道国は特殊な風に見舞われることが頻繁でしてな」


 それが、『氷鉄風ひょうてっぷう』と『雷鉄風らいてっぷう』と呼ばれるふたつで、強風に鉄混じりのひょうが降ったり、鉄混じりの雷が落ちたりする、かなりデンジャラスな季節風らしい。


 冬から春にかけて天候が荒れると、このどちらかが発生する確率が非常に高く、ヘルマンニもこのことを考慮して日程を算出し、使者を送り出したそうだ。


 しかしながら、予想外の事態が起きる。


 いつもであれば片方しか発生しない季節風が、ふたつ同時に発生したのだ。しかも、暴風を伴って。


 この天候に使者も足止めを食らうはめとなり、落ち着いてきた頃にようやく行動を再開させたものの、後日、別ルートから出発していたヘルマンニが先行してフライハイトに到着してしまった。


「『氷鉄風』も『雷鉄風』も、打ち所が悪いと命にかかわりますからな。ムリをさせるわけにはいきませんでしてな」

「危ないのはわかったけど、ヘルマンニは影響を受けなかったのか?」

「ワタクシは見ての通り、全身が骨ですので関係がありませんな! もっとも、あまりに強風ですと、頭蓋骨がどこかに飛んでいってしまうかもしれませんがな!」


 カタカタカタと顎の骨を上下に揺らし、ボーンジョークを口にするヘルマンニ。……この分なら大丈夫そうだ。


 しかしまあ、こちらの世界に来てからしばらく経つけど、不思議な現象に遭遇する機会に飽きないな。樹海一帯が穏やかな気候だけに、余計に異常気象が際立つというか……。


 おっと、雑談はそこそこにして本題に入らないと。


 ヘルマンニが訪ねてきてくれた理由は、歌劇団の公演について事前に打ち合わせをしておきたいということである。


 翼陣族のロルフから聞かされていたとおり、公演は春頃を予定していて、歌劇団は猛稽古のまっただ中らしい。


「ご子息の生誕祝いと、領主殿が王位に就かれるお祝いが重なるのですからな。いつになく熱が入っておりましてな」

「いやあ、それは申し訳ないやら嬉しいやら」

「マルグレットも張り切って指導にあたっておりましてな。どうかご期待いただきたいのですな」


 ソフィアの実の姉であり、歌劇団の元トップスターの名を口にしたヘルマンニは、程なくしてカミラがテーブルの上に差し出した妖精鉱石を手に取った。


「いやはや、公演の打ち合わせに赴いたとはいえ、こうも良質な妖精鉱石に触れられるとあっては、ワタクシ、仕事を忘れてしまいそうですな」

「それはよかった。せっかくなんだ、ゆっくりしていってくれ」


 こちらはこちらで紅茶で満たされたティーカップを口に運んでいて、かたや鉱石、かたや飲み物で心身を潤す光景もなかなかに珍しいだろうなと思いつつ、オレは話を続けるのだった。


「オペラ座なんだけど、もう間もなく完成といったところなんだ。滞在中に見ていってくれないか? 忌憚のない意見を聞きたい」

「ワタクシなどでよろしければ是非ともなのですな。ファビアン殿にもお目にかかりたいですからな」


 妖精鉱石をテーブルに戻した骨人族は首を縦に振って応じてから、付け加えるように呟いた。


「ところで、差し支えがなければお伺いしたいのですがな」

「なにをだ?」

「あれなのですな。机の上に置かれた道具といいましょうかな? 装置なのですかな? いったいなんなのですかな?」


 視線をやった先には、先日、ゴードンが残していった蒸気管の模型があって、オレは席を立つと執務机の上に置かれた模型を手に取り、ソファのテーブルに置いて簡単な説明をするのだった。


 蒸気を用いた動力源で、輸送機関を作ろうとしていること。そのために獣人族の国から開発者を呼び寄せているところだということ。


 一通り話に耳を傾けていたヘルマンニは、興味深げに模型を覗き込んでは、当然の疑問を口にするのだった。


「魔法を使う我々にとっては夢物語のような話ですがな。実現は可能なのですかな?」

「理論上はね。あとはコスト面と資材の面で問題が残ってるかな」

「問題?」

「研究には資金がかかるだろう? それに膨大な量の金属資源が必要だ」


 前者はとりあえずなんとかなる。むしろ、後者のほうこそ切実な問題なのだ。


 鉄資源はダークエルフの国で産出しているが、こちらが望むだけの量を輸出してくれるかの算段がついていない。向こうは向こうで、ついこの間まで敵対していた人間族の国が面していることもあり、貴重な金属資源は防衛力のための武器製造に回したいだろう。


 義弟でもあり、ダークエルフの国の要職に就いているイヴァンになんとか取り計らって貰いたいのだが……。イヴァンもイヴァンで立場があるからなあ。無理は言えないといった感じなのだ。


 といったわけで、始める前から手詰まりを覚えつつある蒸気機関の研究なんだけど。ここで思いがけない幸運に恵まれるのだった。


 なるほどなるほど、よくわかりましたのですなと頷いたヘルマンニが、こんな提案を持ちかけたのだ。


「であれば、領主殿。我が魔道国から、鉄をはじめとする金属資源をお求めになるのはいかがですかな?」

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