343.ベルのお店
ニーナがまとめてくれたスケジュールによれば、今後の主な予定としては以下が控えているそうだ。
・ベルプロデュースによるアパレルショップ建設
・統括府、宿場、オペラ座の現場視察
・兵舎と訓練場の建設
・歌劇団公演について、ヘルマンニと協議
・今年の予算案協議
・来年以降の税制度協議
……これらをすべて戴冠式前に片付けなければならない。鬼かな?
「付け加えれば、その合間に各国から要人訪問もございます。もちろん面会時間はこちらで調整いたしますので、ご心配には及びませんわ」
手帳をパタンと閉じてから、才媛はにっこりと微笑んだ。オレはといえば、ガックリとうなだれるわけだ。思わず資材を放り投げそうになったもんな。やってませんわーと言いたい心境である。
「ほかはどうでも良いが、ベルの店だけは作ってやるんじゃぞ? ベルも楽しみにしておったからな」
大きく口をあけ、あくび混じりでアイラは念を押すように呟いた。そうなんだよ、ベルのアパレルショップはできるだけ早く用意したいんだよなあ。
***
龍人族の上流階級を始め、ハイエルフの国でも人気を博しているベルデザインの衣服は、いままでオーダーメイドだけの販売だったのだが、この土地が交易都市として機能する以上、いっそ店舗を構え、より幅広い層に普及させるのがよいのではないか?
そんな提案を持ちかけたのは、意外や意外、財務省のトップであるアルフレッドで、数年前までは身なりに無頓着だった龍人族は、いまではすっかりできるビジネスマンといった様相で、銀縁のメガネを指で押さえながら続けるのだった。
「僕としては国家を樹立する前に、ベルさんのお店を開きたいところですね」
「お前がそんな乗り気だなんて珍しいな。
「ワケのわからない技術研究とは違いますからね。ベルさんのお店でしたら費用対効果が見込めますので」
「あくまでコストパフォーマンス前提かい」
「当然です。僕は商人ですから」
立地はこちらで選定しておきますので、と、アルフレッドは付け加える。建設工事の人員は確保済みらしく、内装についてはベルの意向を汲んでやれよとオレは釘を刺した。
彼女自身、アパレルを立ち上げることを夢見て村を飛び出した経緯がある。経緯はどうであれ、お店を持てるまでになったのは喜ばしい限りだ。
どういった店舗になるのだろうかと、ベルに話を聞きに行ったのだが、ダークエルフの妻は何を言っているのかわからないといった具合で、小首をかしげては逆に尋ねてくるのだった。
「お店? お店って誰の?」
「誰のって、ベルの店だよ。アパレルショップのこと、聞いていないのか?」
てっきりアルフレッドから相談を持ちかけられているものだと考えていたのだが、どうやら打診前だったみたいだ。これは先走ってしまったかなと思いつつも、ここまできたら隠しようがないと事情を打ち明けると、ギャルギャルしい格好に身を包んだダークエルフの妻は、瞳をらんらんとさせてオレの手を取った。
「ウチのお店!?」
「うん。まだ計画段階だけど」
言い終えるよりも先に、ベルはオレの体めがけてダイブした。それから背中を力一杯に抱きしめ、うきゃ~~~~~! と、悲鳴とも歓声ともつかない声を上げる。
「ホントにっ!? ホントのホント!? ウチのお店出せるんだっ!?」
「本当に本当だって、さっきまでアルフレッドと話をしてたんだから」
「やったっ! やったぁぁぁぁぁぁぁ!!! ありがと、タックン!!! めっっっっっっっっっちゃ! ウレシイ!」
抱きかかえたまま、オレを持ち上げたベルは、左右に体を振ってみせる。うんうん、ここまで喜んでもらえるならオレも嬉しいよ。左右に振られる勢いが思いのほか強いので、若干、びびっちゃってるけど。
とにもかくにも。
こうしてアパレルショップの建設が決まり、ベルも総合プロデューサーとして工事から立ち会うことになったのだった。完成した暁には、細部にまでベルのこだわりが詰まった店舗が見られることだろう。
ちなみに本人考案による店舗名は『ベルマークショップ』だそうだ。……あえて突っ込むまい。これもベルのこだわりだからなあ。
***
アパレルショップの建設時期だが、統括府が完成次第すぐに取りかかるらしい。なんでも得意先からアパレルショップの完成を急かされているそうで、開店前から早くも盛況で何よりである。それもこれも、ベルの頑張りに他ならないのだが。
そうだよなあ、奥さんが一生懸命やっているのに、不満を抱いている場合じゃないよな。スケジュールはギッチギチだけど、しっかりしなければ!
そうと決まれば、さっさと工事を終わらせるぞと、大陸将棋協会支部の建設に取りかかっていた、その矢先。領主邸のほうから向かってくる人物に気付いた。戦闘メイドのカミラである。
「お忙しい中、申し訳ありません。お客様がお見えです」
「来客? 予定にあったか?」
「ございませんが、お見えになったのは魔道国のヘルマンニ様でして」
「ああ、オペラ座の視察に来たのか」
それにしては事前の連絡がないのは珍しいな。頻繁に手紙でやりとりしていたので、来るんだったら日程を調整してくれると思っていたんだけど。
「タスク様」
オレを呼ぶバリトンの声に振り返った先には、駆け寄ってくるハンスの姿が見える。
「お手紙をお持ちしました。道中、トラブルがあったそうです。遅れてしまい申し訳ありませんと、使者から言付けも預かっております」
差し出された手紙にはヘルマンニの署名が記されており、なるほど、連絡がなかったのはこのせいかと納得したオレは、ヘルマンニの待つ領主邸へときびすを返したのだった。
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