342.大陸将棋協会支部の建設
ちなみに。
ヴァイオレットの将来の夢は、育てたミュコランたちを集めて牧場を開くことらしい。ミュコランたちと実際に触れあうことができる、そんなふわふわもこもこの牧場を作りたいそうだ。それはまた夢のある話だねえ。
「そうだろう? 旦那様もそう思うだろう? であれば、この子たちをずっとそばに置いておくのは決まったようなものだなっ!」
気を取り直したように瞳をきらめかせ、女騎士は雛たちを見つめている。……うん、しばらくは放っておこう。
……でだ。
新たに加わった五羽の雛についての名前なのだが、毛色がほとんど変わらないラテ・モカ・ショコラ・プラリネ・ガナッシュに比べると、それぞれバリエーション豊かな体毛をしていたので、わかりやすく見た目から命名することに決めたのだった。
黄色の雛は『みかん』、オレンジ色の雛は『あんず』、赤色の雛は『ライチ』、深紫色の雛は『カシス』、緑色の雛は『かぼす』……と、果物の名前で統一した。
すでにペアとしては『ラテ×みかん』、『モカ×あんず』、『ショコラ×ライチ』、『プラリネ×カシス』、『ガナッシュ×かぼす』で成立していて、個人的には『すみだ水族館』の『ペンギン相関図』みたいな、複雑な関係にならないことを願うばかりだ。なんのことだかわからんという人は『すみだ水族館 ペンギン相関図』でググってくれい。
それはそうと、雛たちが成長していけば、このログハウスなんてすぐに手狭になってしまうから、早いうちに手を打っておく必要があるだろう。ヴァイオレットの話はひとまずおいておくとしても、ミュコラン牧場は意外と現実的かもしれない。
開拓生活の将来設計図のひとつに、牧場開設を書き加えておいたほうがいいだろうな。もちろん、正式に決まるまではヴァイオレットに内緒にしておくけれど。狂喜乱舞した挙げ句、鼻血を出しながら失神されても困るしね。
とはいえ、ミュコランの成長は早いし、結論を早々に導き出す必要があることも確かなわけだ。
長老会からの許可も踏まえた上で、最適な案にたどり着けることを心がけよう。
***
ダークエルフの国から帰還した『
すなわち、龍人族の国への街道に設ける宿場工事の警備である。
工事自体は天界族が中心となって執り行うことが決まっていた。フライハイトから徒歩で三日程度の場所に資材を運び、宿泊施設や倉庫、見張り台や警備施設を建てるのだ。
警備施設には『漆黒幻影樹海』に所属する兵士が、交代制で留まることになる。国境警備を兼ねているため、軍を駐在させておくのが妥当だろう。警察組織にはフライハイト内の治安を任せておきたいし、なにより、人員が不足している。
ゴードン老師からいい返事をもらえるようなら、移住も速やかに進めなければならないなと思いつつ、オレはオレで、これまた別の施設を設けるための場所を選定するため、領主邸の近所を散策していたのだった。
いや、最初は繁華街でもある市場周辺に建てようかと考えていたんだよ。でもほら、
それに、退位したとはいえ、龍人族の前国王が来るとなっては警察組織による警備も大変だ。周りが騒々しくなければ、その分、ガイアたちの負担も減るだろう。
となると、領主邸か来賓邸の近くがベストか? いやいや、それはそれで警備が大変になるなあとかぶりを左右に振りつつ、ああでもないこうでもないと思案を巡らせながら、たどり着いた先が美観地区である。
美観地区かあ、割といいかもな。環境も整っているし、利用者は領民しかいない。警察によるパトロールの巡回ルートにもなっているから、治安面でも心配ないだろう。
そういったわけで、ファビアンと相談した上で地区の一角を譲って貰うことにした。
「譲るのはかまわないけれど、建設工事の人員は割けないよ? オペラ座の建設も途中だからねっ!」
赤い前髪をかき上げる龍人族に大丈夫、問題ないと応じてから、オレはしらたまとあんこを引き連れ、お決まりのように資材を運び込むのだった。協会支部といっても、大きな施設を用意する必要はないのだ。せいぜい三階建ての家屋があれば事足りる。
「で? 私が警備にかり出されたわけじゃな」
ふわぁとあくびをひとつして、アイラは適当な木陰に座り込む。頭上の猫耳をぴょこぴょこと動かし、いまにも眠ってしまいそうな姿に警備するという意思を微塵も感じられない。
「アイラ姉様。兄様が働いているのに、おやすみされては困りますわ」
一緒についてきたニーナが説教めいた口調でアイラに詰め寄るものの、猫人族の妻は動じない。
「ふふん。そなたはまだまだ幼いのう、ニーナ。こう見えて、私は辺り一帯に注意を払っておるのじゃ。つまりは警備の任務を果たしておるわけじゃよ」
「とてもそうは見えませんが……」
助けを求めるような眼差しに気付いて、オレは陶器人形を思わせる少女に苦笑いで応じた。
「ああ、いいんだいいんだ。気が抜けているように見えるけど、いざという時は頼りになるからさ」
「さすがはタスク、我が夫じゃな。私のことをよくわかっておる」
「ですが……」
困惑の面持ちでニーナはため息を漏らし、語を継いでみせる。
「これから王妃となられるお人が、公衆の面前でだらしない姿をさらすというのはいかがなものかと……」
「王妃? 誰がじゃ?」
「アイラ姉様ですわ」
「あ~……。そういえば、タスク、おぬし国王になるんじゃったな」
「予定ではな」
「そうかそうか、うっかりしておったわ。しかし、おぬしが国王のぅ?」
半ば感慨じみた眼差しで遠くを見やり、三秒ほど間を置いてからアイラは呟いた。
「柄ではないの?」
「オレもそう思う」
「謙遜なさらないでくださいまし。兄様は十二分に王の才覚をお持ちですわ」
まばゆいばかりの視線を向けられると、どう返していいのか判断に困ってしまう。ま、王になる覚悟なんぞとっくの昔にできているし、そのための準備もしてきたのだ。
とはいえ、アイラの指摘ももっともで、そこらへん、まだまだ意識が足りていないんだろうなあと少し反省。戴冠式ももうすぐだっていうのに、これはよろしくない。
「仕方ないのう」
思い立ったようにアイラは呟くと、大きく伸びをしてからこちらに視線を向けた。
「おぬしが国王となるからには、王妃として立派に振る舞えるよう、私も努力しようではないか」
「……お? マジで?」
「なんじゃ、タスク。私を疑うのかえ?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
アイラのことだから、王妃になっても自由気ままに過ごすもんだと思っていたんだよね。個性だし、それはそれでいいかなあと思っていたんだけどなあ。
「アイラ姉様、ご立派です! 私、姉様の志の高さに感服いたしました!」
今度はアイラにキラキラとした眼差しを向ける天才少女。まんざらでもなさそうにうんうんと頷いたアイラは、凜々しい表情で続けるのだった。
「しかし、それは王妃になってからの話じゃな」
「……はい?」
「いまはまだ、王妃にはなっておらなんだ。私は私でよろしくやらせてもらうぞ」
途端にだらけた面持ちに変わった猫人族の妻は、再び大きなあくびをしてから木陰で昼寝モードに突入した。……うん、やっぱりそうなるよな。
ニーナがいろいろ言っているけれど、アイラは苦情を一切受け付けないとばかりに無視を決め込んでいるみたいだ。ま、いまのところは自由にやらせておいてもいいじゃないか。いずれにせよ、義務を果たさなきゃいけない時はくるのだ。
なおも引こうとしない天才少女をなだめつつ、オレは今後の予定について再確認するようニーナに頼むのだった。スケジュールはギッチギチのはずなのだ。将棋協会支部を建て終えたら、すぐに次の執務に取りかかれるよう、いまのうちに整理をしておきたい。
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