341.雛たちのパートナー

「なぁんで、から揚げ屋じゃねえんだよ?」


 後日、『樹海庵』を見たクラウスの感想である。まあ、予想通りだったよね。


 軍服姿のクラウスは、『漆黒シュバルツ幻影ファントム樹海ヴァルトメーア 軍』を率いてダークエルフの国から帰ってきて早々、報告がてら、領内にできた新たな施設を見学しにやってきたのだった。


 もっとも、本人としてはラーメンを実食したい気持ちもあっただろうけれど、開店以降、おかげさまで連日行列ができるほどの盛況っぷりなのだ。


 三、四十分は並ぶぞと告げるオレに渋い表情で応じると、ハイエルフの友人は肩をすくめるのだった。


「マジかよ……。そんなに並んで食う価値があるのか?」

「お前……。開発者を前によくそんな事が言えるな……。超旨いんだって、並んで損はさせないぞ?」

「いいよいいよ。待つのは性に合わねえし、お前さんの家で食わしてくれや」


 ラーメンを仕込むのにどれほどの労力を必要とするのか、まったく理解していない一言に、今度はこちらが肩をすくめてしまう。店で提供するラーメンは三日間かけてスープを仕込むんだぞ?


 とはいえ、力説したところでわかってもらえないんだろうなあ。食べ物についてはから揚げ以外に興味のないヤツだし。……まったく、時間に余裕があったら作ってやるよ。


「そうこなくちゃ。持つべき者は話のわかるダチだな」

「はいはい。……で? ヴァイオレットとミュコランたちはどうしてるんだ」

「嬢ちゃんたちなら家に戻ってるはずだぜ。もちろん、雛たちのお嫁さんを連れてな」


 そうかそうか、みんなが無事に戻っているならいいんだ。ヴァイオレットもダークエルフの国でしっかり役割を果たしてくれたみたいだし、労をねぎらわなければ。


「あ~……。それなんだが……」

「何か問題でも……?」

「いや、問題ってことでもないんだがよ」


 どう説明したらいいもんか、と、腕組みをするクラウス。おいおい、厄介事じゃないだろうなと一抹の不安を覚えていると、それを察したようにハイエルフの友人はかぶりを振った。


「いやいや、深刻な話じゃねえんだ。まあ、こればっかりは見てもらった方が早いな」


 クラウスは腕組みをほどき、そのまま手を動かすと、今度は頭の後ろで両手を組んでみせる。そうして顎先だけを軽く動かし、ついてくるよう促すのだった。


「ま、ついて来いよ。“症状”が続いているようだったら、面白いモンが見られるぜ?」


***


 そうしてたどり着いたのは領主邸の庭先に設けられた、ミュコランたちの住まいである。


 ログハウス風の家屋の中ではしらたまとあんこが歓迎の鳴き声とともに迎え入れてくれ、オレは久しぶりに顔を合わせた二匹の頭をなでてやった。


「よしよし、しらたまもあんこも長旅お疲れ様。疲れはないか?」

「みゅー」

「みゅみゅ」

「うんうん、そうか元気か、それならよかった。ところで雛たちはどこに……」


 言い終えるよりも先に、クラウスが呆れ顔を浮かべていることに気付いたオレは、友人の視線の先を追うのだった。


 そこには雛たちを前にさめざめと泣き続ける女騎士がいて、ハンカチで涙を拭うその姿に、オレは慌てて声をかけた。


「ど、どうしたんだ、ヴァイオレット? なにかあったのか?」

「旦那様か……。いや、なに、ふと考えてしまったのだ」

「なにを?」

「この子たちもいずれは、育ての親をおいて結婚し、親慣れする時が来るのだなと、な……」


 ……はい?


「わかってはいる、わかってはいるのだ……。独立するのはいいことだというのはな。だがしかし! 愛情込めて育てた我が子が離れていくのは寂しいではないかっ!」


 お前の嫁さん、大丈夫なのかっていう眼差しをこっちに向けるの止めてもらえないかな、クラウス。オレですら理解できない妄想の世界に飛び立つときがあるんですよ、その人。


 っていうか、よくよく見たら、五匹の雛たちはそれぞれのパートナーと仲睦まじく寄り添っているじゃないか。いい相手が見つかったみたいで、とりあえずは一安心である。


 この分であれば、しらたまとあんこのようなベストカップルになる日もそう遠くない。確信めいた予感を覚えつつ、ほのぼのとした光景を見守りながら、オレはオレでヴァイオレットが漏らした先ほどの呟きに首をかしげるのだった。


 親離れがどうとか言ってたけど、それって一体どういう……?


長老じーさんたちの話を思い出したとか、そんなんじゃねえよな?」


 思い出したようにクラウスが呟くと、ヴァイオレットは静かに首を縦に振った。


「いやいや、あれはあくまで許可を出すって話であってだな。最終的に決めるのはタスクだから、いまのところは深く考えんでも」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。何の話だ?」


 説明を求めるオレに、クラウスはため息交じりで応じる。


「帰り際にな、ダークエルフの長老会から、とある許可を貰ったんだよ」

「許可?」

「つまりは、そこにいる雛たちが成長して大人になったら、他の国に譲渡してもかまわないぞって話でな」


 ミュコランはダークエルフの国固有の鳥で、通常、他国への譲渡は禁止されている。


 そういった事情もあり、他国へ譲り渡す時は、長老会の許可がなければいけない決まりとなっているそうだ。表面上、親睦の証としてミュコランを譲り渡すが、それらのほとんどは外交的な判断によって許可が下りるらしい。


 しらたまとあんこは結婚祝いとして譲り受けたけど、あれも、外交的な判断だったのかなあ? 個人的には友情の証明と受け取りたいけど。


 ま、それはひとまずおいといて。


 雛たちを他国に譲り渡す許可イコール、長老たちから自由にしていいぞっていうお許しを得たと受け取っていいのかね?


「まあ、そんなところだ。ダークエルフの国にしてみたら、今後も強固な協力関係を築きたいところだろうし」


 言葉は悪いが、と、前置きした上でクラウスは続けた。


「固有種とはいえ、たかだか鳥だからな。そのぐらいは勝手にしてくれてかまわないって話なんだろうぜ」

「たかだか鳥とは何だ! こんなにふわふわもこもこと愛らしい子たちを、その辺の鳥と一緒にしないでもらおうっ!」


 くわっと目を見開く女騎士に、悪かったよと頭をかきむしるハイエルフ。確かに、いまのは言い方が悪い。


「大きくなったら他にやってもいい、ねえ? 魔道国のマルグリットなんかはいたく気に入っていたみたいだけど」

「なっ!? 旦那様までそんなことを言うのか! 見損なったぞ! 我々は揃って家族ではなかったのか!?」


 いやあなた、さっきまで親離れがどうとか泣いてましたよね? ある程度は覚悟を決めてたんじゃないの?


「それとこれとは話は別だ!」

「一緒だっての」

「と~に~か~くっ! この子たちは誰にもやらんぞ! 私はそう決めたんだっ!」


 ヴァイオレットは力強く宣言し、キリッと凜々しい表情を浮かべている。……ああ、うん。口にしただけで、いまのところは譲るつもりもないから安心してくれ。


 とにかくだ。せっかくパートナーを連れ帰ってきたのである。お相手の名前がついていないようだったら、考えてあげなきゃいけないな。


 話題をそらすように呟くと、ヴィオレットは瞳を輝かせて続けるのだった。


「それについては私も考えていたのだっ! 旦那様のお許しがいただければ、ぜひとも私の命名案を採用してもらいたいのだが」

「お、聞こうじゃないか」

「うむ! ではまず、この子だが……」


 そういって指し示された先には、モカの隣に寄り添っている、黄色いミュコランの雛が見える。


「この子の名前は、『微笑みの化身、あるいはまばゆい太陽、柔和さと可憐さを兼備し勇者、大海と緑樹が使わし精霊の御子、宝珠のような体軀と優美な羽の』」

「ちょっと待て、オーケー、ちょっと待つんだ」

「……なんだ、まだ途中なのだが……?」


 憮然とするヴァイオレット。……もしかして、それ全部が名前なのかい?


「そうだが?」


 そうだが? じゃないよ! 長すぎるわ! 落語でいう『寿限無じゅげむ』だぞ、そりゃ! 名前を言っているうちに夜を迎えそうじゃんか!


 当然ながら不許可である。重すぎる愛情も考え物だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る