340.ラーメン屋『樹海庵』

 『統括府』とは対照的な、ごくごくありふれた平屋建てを前にして、オレは満足げに頷いた。


 石材を中心として構築ビルドした建物の中にはL字型のカウンターと座席が設けられ、さらにその内側には外観と不釣り合いの充実した調理設備が整っている。


 存在を主張するように火にかけられた寸胴鍋には、翼人族がつきっきりで番をしていて、真剣な眼差しを水面に向けていた。


「タスクさん、お待ちしてましたよ」


 建物の中から声をかけてきたのはTシャツ姿のロルフで、タオルで頭部を覆い、いわゆる『ラーメン屋のお兄さん』的なスタイルでオレを出迎えるのだった。


 ……っていうか、そもそも、そういう格好があたりまえっていうか。なにをかくそう、このたび、ラーメン屋を作ったのである。


 どうしてラーメン屋を作ったのか? そう尋ねられると、なかなか答えるのが難しいところなのだが、大きな理由としてはラーメン屋の収益を国庫の足しにしようと考えたからだ。


 国王親政になったからといって、好き勝手にお金を使うわけにはいかない。とはいえ、今後のことを踏まえると、フリーハンドで使える予算が必要になる場面が必ず出てくる。


 たとえばゴードンの時と同じように、資金援助を求める人物が現れた際、ある程度の蓄えがあれば、アルフレッドも首を縦に振りやすいんじゃないかと、そう思ったのである。


 そういった事情から、手短に始められる事業はないだろうかと考えた結果、こちらの世界では珍しいラーメンのお店を開くのはどうだろうという結論に至ったのだった。過去に領民たちへ振る舞った時の反応も良かったし、物珍しさも手伝って流行ってくれたら儲けものだ。


 元いた世界だと競争の激しい商売だけど、幸いなことに、こちらの世界では誰も手を付けてない。勝機は十分にある。


 もちろん、開業を決めたからには中途半端な一杯を出すわけにいかないと、試作に試作を重ねて、美味しいラーメンを作り出すことに成功した。


 領内で取れた野菜類と鶏ガラを使った醤油ラーメン、桜の木から採れた柚子をアクセントにした塩ラーメン、ロングテールシュリンプで出汁を取ったエビ味噌ラーメン、この三種類がメニューに並ぶ。普通のラーメン屋だったら、ちょっと寂しいラインナップだけれど、そこは抜かりない。


 スタッフとしてロルフたち、翼人族が働いている理由がまさにそこで、ラーメンのシメとして『パフェ』がサイドメニューに加わっているのだ。


 北海道は札幌の繁華街でおなじみ『〆パフェ文化』ってヤツである。まあ、あっちは飲み会帰りにパフェを食べるって感じだけど、熱くてしょっぱいものを食べたら、冷たくて甘いものを食べたくなるだろう? 似たようなもんだよ。


 で、ものは試しにとロルフに声をかけたところ、ありがたいことに全面的な協力を申し出てくれたのだった。ロルフ曰く、「領内には領民向けのカフェがありますが、外の人たちに向けた飲食店を作りたいと考えていたのですよ」とのことで、ナイスタイミングと言っていいだろう。


「そうと決まれば、お店の名前を決めないといけませんね」


 翼人族の若きリーダーに候補を求められたオレは、国王が手がけるラーメン屋だから、『王様のブランチ』とかどうだろうなんて、土曜日の昼下がり的な発想が、一瞬、脳裏をかすめたものの、口には出さず。


 結局は、奇をてらわずに『樹海庵』でどうだろうと提案したのだった。店名というのは、親しみやすくわかりやすいほうがいいに決まっているのだ。個人的なネーミングセンスとかを追求されても困るだけだからな。


 店舗作りはオレ自身で行うことにした。現状は個人的な考えで始める商売だし、あまりご大層な建物を作られても、お客が来なかったら悲しくなる。ほどほどの規模で、少人数のスタッフでも回せるぐらいの広さで留めておこうと、一日もかからずに外観が完成。


 内装もさほどこだわらない。テーブル席もなくして、当面はカウンター席だけのスタートとなる。ここらへんは客層を見ながら、後々、考えていけばいいだろう。


 とにもかくにも。


 オープンを翌日に控えた『樹海庵』の陣中見舞いがてら、何かしら問題はないかという確認に訪れた次第なのだ。麺、スープ、具材ともに問題なし。パフェの準備も万端と胸を張るロルフの労をねぎらいながら、オレは店舗の外を見やった。


 市場で行き交う人たちが、「あれは何だろう?」といった具合に、興味本位で中を覗いているのがわかる。この分であれば、話題性も手伝って順調な初日を迎えられそうだ。


「というより、むしろ慌ただしくなるだろうな。ヘルプの人員を手配しておこう」

「私もそう思っていたところです。本番はどうなるかわかりませんからね。……しかし」


 微笑とも苦笑ともつかない表情のロルフは続けてみせる。


「仮にもこれから国王になられるお人が、小銭を稼ぐ真似事をされるのはいかがなものか。いまでもそう思っているのですよ」

「人聞きが悪いなあ。食文化を普及するために作った店なんだからさ、そういうのとはわけが違うよ」


 それは失礼しましたと頭を下げる翼人族。半分本当で半分嘘だけど、まあ、黙っておこう。


 実際、お店を開くと切り出した際、財務を担当するアルフレッドも問題ないと言ってくれたのだ。こっちとしてはある程度の小言を覚悟していただけに、若干、拍子抜けといった感じなのだが、財源はいくらあっても困らないとそういったところなのだろう。


 あとは無事に初日を迎え、ラーメン屋が軌道に乗ることを願うばかりなんだけど……。こればっかりはやってみないとわからないからなあ。


 唯一の不安は、クラウスが戻ってきた際に文句を言われそうってことだけで、「なんで『から揚げ屋』にしなかったんだ」とか言い出しそうなんだよな、アイツ。もう、ありありとその光景を思い浮かべることができるもん。


 ま、その時はその時で、クラウスプロデュースのから揚げ専門店を開くとしようじゃないか。ラーメンとは競合しないし、アリっちゃアリだ。

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