335.雛たちのお見合い

 十数人の若い兵士が各自の装備を確認し合い、間もなく始まる遠征に向けての準備を整えている。


 自らが率いる『漆黒シュバルツ幻影ファントム樹海ヴァルトメーア 軍』を、教え子を見守る教師の眼差しで見やりつつ、クラウスははっぱをかけた。


「いいか、お前ら、単なる護衛任務だと思うなよ? 実戦があると想定して行動しろ! あとで装備が足りないなんてことがないように、念には念を入れて点検をおこなえ!」

「はっ!」


 創設されたばかりの軍、しかも新兵のみで構成されているにもかかわらず、兵たちの機敏な動きは目を見張るもので、オレはクラウスの統率力に改めて感心するのだった。


「これほどの護衛がつくのは、なんだか緊張感がありますね」


 並び立つイヴァンはそう呟き、いままでにない雰囲気に戸惑いを覚えているようだ。通い慣れている街道を往復するだけの安全な旅路に、仰々しすぎるほどの同行者を伴うのである。いささかの過剰反応を示したところで無理もない話だろう。


 オレとしても大げさかなと思わなくはないのだが……。今回に限っては万全を期してダークエルフの国に到着してもらう必要性があるのだ。


「旦那様。私の準備は終わったぞ」


 振り向いた先にはヴァイオレットがいて、軽装ながらも大剣を携えた女騎士は、胸元に大きなバスケットを抱えてその姿を現した。


 バスケットの中からは「みゅーみゅー」と元気に溢れた鳴き声があふれ出ている。先日生まれたミュコランの雛たち、ラテ・モカ・ショコラ・プラリネ・ガナッシュの五匹が身を寄せ合うようにして中に収まる様子を確認すると、オレはヴァイオレットの肩をたたいた。


「お見合いの件、よろしく頼む。ミュコランたちの護衛も任せた」

「うむ、任された。安心して帰りを待っていてくれ」


 ……そもそもどうしてこんな大事に発展しているのか。事の発端は、ダークエルフの国からイヴァンが新年の挨拶にやってきた、数時間前まで遡る。


 長老会からのお土産を携えて執務室に姿を見せた義弟は、世間話もそこそこに切り上げると、昨年生まれたミュコランの雛たちに話題をうつし、前々から相談していたことを改めて切り出した。


「あの子たちにもパートナーを見つけてあげたいと考えているのですが」

「うん。オレもそろそろかなとは考えていたんだ。そこで相談なんだけど、ヴァイオレットを同行させてくれないか? 誰よりもミュコランをかわいがっているもんでさ、きっと心配すると思うんだよ」

「かまいませんよ。ところで俺も相談があるのですが」

「……?」

「クラーラさんとジゼルにもご同行願えませんか? 長老たちから往診を頼まれまして」

「わかった、ふたりにも同行させよう。ああ、それとこれはついでの話として聞いてほしいんだけど……」


 つい先日考えた大使館の件についてイヴァンに相談を持ちかけていた、その時である。ドアをノックした音が聞こえたかと思いきや、ほぼ同時にドアは開かれ、軍服に身を包んだクラウスが執務室に現れたのだ。


「よう、邪魔するぜ」

「……お前、こっちがどうぞって言うよりも早く入ってくるなよ」

「ああ、悪い悪い。客が来てるとは思ってなくてな」


 来客のダークエルフに形ばかりの敬礼を施したハイエルフは壁により掛かり、両腕を組んでこちらを見やった。


「で? 何の悪巧みをしてたんだ?」

「人聞きの悪い。しらたまとあんこの子どもたちのパートナーを探そうって話をしてただけだっての」

「ええ、それでヴァイオレットさんやクラーラさんたちに、ダークエルフの国までご一緒願えないかと相談していたところでして」

「おお。そいつはちょうどいい」


 体制を整えたクラウスは表情をひらめかせ、組んでいた腕をほどいてから指を鳴らしてみせる。


「ダークエルフの国に向かうんだったら、護衛に『漆黒シュバルツ幻影ファントム樹海ヴァルトメーア 軍』を同行させてくれ」

「ウチの軍を?」

「ああ、年も明けたし、ぼちぼち街道警備の訓練をやろうと思っていたところなんだ。今日もその件で話をしようと思ったんだが」


 護衛となる対象がいるなら、より実戦に近い環境で訓練ができる。そう続けて、クラウスはイヴァンに視線を向けた。


「そっちとここを結ぶ街道は比較的安全だが、万が一ってこともあり得るだろ? 用心にこしたことはねえと思うぞ」

「お気持ちはありがたいですが、軍隊を引き連れて戻っては、本国の重鎮たちにいらぬ誤解を与えかねないかと」

「人数は制限するさ。そのあたりの配慮ぐらいはするっての」


 義弟から困惑の眼差しがオレへと向けられる。どちらの言い分もわかるだけにまとめにくいなあ、コレは。


 数秒の思案の後、オレはイヴァンに提案した。今回、『漆黒幻影樹海軍』が帯同するのはあくまで領主の妻であるヴァイオレットと、ミュコランを警護するためである。


 長老会からの要請により往診に向かう医師たちについては、ダークエルフの国が責任を持ち警備を一任したい。……そんなところで折り合いをつけるのはどうだろうか?


「いつもならクラーラとジゼルの護衛をハンスに任せていたけど、今回は止めておこう。それなら角が立たないだろ」

「そうですね、それであれば表面上は問題ないでしょう。奥様に対して過剰なほどの護衛をつけたという事実は残ってしまいますが……」

「何かあって外交問題に発展するよりゃマシだろうさ。タスクだってそのぐらい承知の上だろ?」


 頷いて応じ、オレは椅子の背もたれにもたれかかった。いずれにせよ、ヴァイオレットに対しては専属の護衛をつけるつもりだったのだ。『漆黒幻影樹海軍』がその任を買って出てくれるなら都合がいい。


 ああ、どうせだったら里帰りを兼ねて、しらたまとあんこも同行させよう。雛たちも両親がいるなら安心するだろうしね。


 ……と、こんな感じで話は進み、あっという間に出発の準備が整えられたのだった。


 クラウスの指揮により整然と隊列を組んだ『漆黒幻影樹海軍』が守りを固める中、いつになく大所帯となった一行がダークエルフの国へと向かって出発するのを見送ると、オレは領主邸に戻るためきびすを返した。


 予定では帰還は三週間後とのことで、寂しくなるなあとしみじみ思っていると、向こう側から早足で近づいてくる人物に気がついた。戦闘メイドのカミラである。


「タスク様、よろしいでしょうか」

「どうしたんだ?」

「いましがた獣人族の国より来客がありまして。タスク様と面会したい旨を訴えているのです」

「来客? オレに?」


 アポイントはなかったはずだよなと首をかしげるオレに、カミラは設計図を取り出した。


「その者より預かりました。いわく、タスク様なら、ここに書かれている内容がおわかりになられるに違いないと」


 そう言われても、オレは工房の職人じゃないからな。専門的なことはわからないぞと思いつつ、受け取った設計図に視線を落とす。いくつかのイラストと説明に目を通しながら、だがしかし、オレはすぐさまその考えを撤回した。


 こみ上げる興奮を自覚しつつ、カミラに視線を転じる。


「すぐに会おう。これを書いた人はどこにいるんだ?」


 集会所ですという戦闘メイドの返事に頷きつつ、オレは駆け出すようにきびすを返した。「危険物を所持している恐れがあるため、来賓邸は回避しました」……返事の続きを、半ば無視するように。

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