334.子どもたちと新年と
「タスクおにーちゃん、あけましておめでとーございます!!」
「あけましておめでとう! 今年もいっぱい遊んで、いっぱい勉強するんだぞー!」
はぁいという元気に満ちた返事とともに、あちこちから笑い声が泡立ってはじけた。美観地区の一角、児童館前には整然とテーブルが並べられ、フルーツや焼き菓子が所狭しと陣取っている。
それらを口に運びながら、子どもたちが談笑している様子を眩しげに眺めやりつつ、オレは新たな年の幕開けを実感していた。
毎年恒例、新年最初の公式行事は子どもたちに『祝袋』を配る決まりになっているのだが、どうせなら派手にお祝いしてやろうじゃないかと、児童館前に特設会場を設け、子どもたち向けの新年会を開くことにしたのだ。
大量の酒類や料理が振る舞われるわけでもないから、さほど予算もかからない。一度にまとめて『祝袋』を渡せる場所も確保できる上、子どもたちにも喜んでもらえると、一石二鳥である。
さらに言えば、こういう催しを設けることで、子どもからのオレに対する人気はますます高まるというわけだ。少なくとも四十歳までは「お兄ちゃん」と呼んでもらうためにも、イベントの機会は増やしていかないとな。
「まったく、おぬしというやつは……。誇りはないのか、誇りは」
あきれたようにアイラは呟き、あんぐりと大きく口を開けて焼き菓子を頬張った。ちゃっかりと子どもたちのおこぼれに預かっているお前に言われたくはないんだけどなあ。
だけどそうだな。子どもたちから王様と呼ばれるよりも、お兄ちゃんと呼ばれたほうがオレとしては嬉しいかな。大人たちはきっと渋い顔をするだろうけどさ。
映画『ハリーポッター』でいうところの、組み分け儀式みたいな光景から視線を横に動かすと、リアの胸に抱かれたカオルが寝息を立てていて、数人の女の子が興味の色をたたえてはそれをのぞき込んでいる。
やれやれ、父親と違って赤ん坊から大モテだなとかそんなことを思いつつ、この子たちの輪の中にカオルが加わるであろう近い将来の一幕をオレはぼんやりと考えるのだった。
さてさて、子どもたちだけの新年会が開かれている一方、この子たちの親はどうしているかといえば、半数が市場へ買い出しに出かけ、もう半数は美観地区に新設された公衆浴場に滞在中である。
市場へ買い出しに向かった大人たちのお目当ては、日本でもおなじみの『福袋』だ。商人同士の取引には使えないが、日常生活で使う分にはまったく問題のない品々を詰め込んでは、比較的安価で売り出しているのである。
いわゆるB級品の扱いに困った商人たちから相談を受けて、こういう売り出し方はどうかというアイデアを提供したのだが、まさか『福袋』というネーミングがそのまま採用されるとは思わなかったな。
商人たちには「間違ってもガラクタだけは入れないように!」と強く念を押したので、購入者が損をすることはないと思うんだけど。双方がWin-Winになることを願おう。
公衆浴場はつい数日前に完成し、本日が初営業日となった。
フライハイトのお風呂事情と言えば、普及率は五割といったところなのだ。住宅地の中には銭湯が点在し、普段、領民たちはそこで汗を流している。大人数が利用する施設なので、それらは決して小さいものではないのだが、そこはそれ、広いお風呂はそれだけで魅力的である。
加えて食事処や休憩所、売店も併設されており、さながらちょっとした娯楽施設を兼ね備えているとなっては、足を運んでみたくなるのが当然の心理で、オレも近いうちに顔を出そうと考えているのだった。
「盛り上がってんな」
そう言って姿を現したのは軍のトップを務めるクラウスで、今日に限っては軍服ではなくハイエルフの伝統衣装を身にまとっている。
龍人族の国の宮中新年会にオレの名代として参列していたからなのだが、端整な顔立ちは貴婦人たちの視線を集めるのに十分すぎる効力を発揮したのか、珍しく疲労をにじませては二言目には愚痴をこぼすのだった。
「まったく……。夫人会のお姉様がたに囲まれて大変だったぜ……。こんなことならアルのやつに押しつけるべきだったな」
……お前、ついこの間まで、『アルのやつは国興しで忙しいだろう? 俺が代わりに行ってやるよ』って言ってたじゃないか。
「知らね、忘れた」
「まったく都合がいいなあ。何はともあれ、お疲れ様」
労をいたわると、クラウスはふたつの品を取り出した。ひとつは赤い液体に満ちたワインの瓶で、宮中で見つけた年代物を土産で貰ってきたらしい。「あとで一杯やろうや」という声に頷いて応じていた矢先、クラウスはもうひとつを押しつけるようにして差し出すのだった。
「で、こっちはオッサンからの
「
「オッサンのことだ、無理難題でも書いてあるんじゃねえか?」
封を開けて中身を取り出す。そこには本人の性格を写したかのような力強い筆跡で書かれた手紙が納められていて、文面に目を通し終えたオレは、改めて友人の顔に視線を戻した。
「オッサンはなんだって?」
「引っ越しはさておき、用意してほしいものがあるって」
「用意?」
「ああ。フライハイトに大陸将棋協会の支部を建てておくように、だそうだ」
「支部? 建てたら建てたで引っ越してくるつもりなんじゃねえだろうな?」
「いや、あくまで将棋の普及を目的とする施設らしい」
ジークフリートいわく、いまのところ国内だけの存在となっている支部を他国にも設ける計画を立案中、とのことで、それでよく大陸将棋協会を名乗っていたなといういまさらの疑問が拭えないでもないのだが。
とにもかくにも、他国に建てられる記念すべき最初の支部を、ここフライハイトに作っておくようにという勅命を賜った次第なのだ。将棋協会用の施設かあ。児童館の三階が空いているけど、そこを使うわけにはいかないよなあ。
「ガキんちょどもで賑わっている中で指せるわけねえだろ? 気が散ってしかたねえ」
だよなあ。ご指示とあらば仕方ない。息抜きがてらの
……あれ? そういえば。
「他の国に用事がある時ってさ、こっちから出向くか、向こうから使者がやってくるかの選択肢しかないのか?」
「決まってるだろ? それ以外の方法がないんだからよ」
「大使館はないのか?」
「あ~……。大昔に検討したって話は聞いたな。有事の場合、人質になる危険性があるからって理由で却下されたような……」
なるほど。デメリットを考えて実現にいたらなかったのか。とはいえ、いちいち使者をやりとりしている現状こそデメリットなんじゃないかと思うけどねえ?
交易商業都市である以上、各国との大使館を設ける必要性があるんじゃないかな。外交の窓口を一元化すれば、執務もしやすい。大陸将棋協会の支部と併せて、近日中に準備を整えておくべきだろう。
しっかし、なんというか。
まだ国ができていないというのに、やることが次から次へと増えていくなあ。やれやれだね。
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