333.ふたつの準備(後編)

 領主邸に戻ったオレとニーナは、執務室のテーブルを挟むようにしてソファへ腰を下ろした。


 国興しのためにやらなければならないことは山積しており、ひとつひとつ問題を解決していかなければならない。もっとも重要だったのは政治運営の形態はどうするかという議題で、思案した結果、国王親政を推し進めることに決めたのだった。


 共和制も悪くはないと一時期は考えたりもしたけれど、政治体制の急激な変化はかえって混乱を招くことになりかねないからなあ……。まあ、国王になると覚悟を決めてからは専制政治になることも想定していたし、やるからには精一杯務めようじゃないか。


 目下の課題は、政治体制にともなう行政機関の確立と閣僚人事だ。たとえ規模は小さくとも国家は国家である。それぞれに専門の部署を設けて執政を任せなければ。


 行政機関の構想については、関係各所と相談しつつ、最終的な組織体系が決定された。財務・軍務・警務・教育・生産・工部・魔法、全部で七つの省が設けられ、各省のトップの役職名は『大臣』になる。


 小さな組織に大臣というのは大げさな気もしたのだが、こちらの世界では比較的なじみのある役職名らしいので、変にいじるよりかはいいだろうとそのままにしておいた。『長官』でもいいかなと考えたりしたんだけどね。


 とにもかくにも。


 組織を決めたからには、それぞれのトップを選出しなければというわけで、これも関係各所と協議をしつつ決めていこうと思ってたのだが。これについてはクラウスからストップがかかった。


「仮にも国王になるやつが、要職のひとつも決められないでどうする。国王親政なんだから、お前さん自身が適材適所を考えて決めねえと」


 なかなかに鋭い指摘だ。そうなんだよなあ、結局のところ任命責任はオレ自身が負うんだから、自分で考えないとダメなんだよな。


 ……で、この数日間は『祝袋』の準備と並行しつつ、閣僚人事の思案に暮れていたのだった。任命の範囲は大臣だけでなく、それを補佐する文官にも及んだため、想像以上に大変だったが、最終的には満足のいく人事案が完成した。


 とりあえず、各省のトップである大臣を紹介していこう。


・財務省:アルフレッド

・軍務省:クラウス

・警務省:ガイア

・教育省:ルーカス

・生産省:ロルフ

・工部省:ランベール

・魔法省:グレイス


 ……振り返って考えると妥当な人選である。とはいえ、すんなりと決まったわけではない。


 まず、魔法省の大臣にはソフィアをと考えていたのだが、打診するべく本人を呼び出したところ、作家業のマネージャーを担当するダークエルフが本人よりも先に馳せ参じては、考えを改めるよう低頭平身で訴えたのだった。


「先生の進捗がこれ以上遅れるようだと、本当に原稿を落としかねないのでっ……!」

「あ~……」

「それに大臣職など任せてしまったら最後、『他に仕事があるからぁ』と、執筆業から逃げ出す可能性が極めて高くっ……!」

「そうかあ……」


 マネージャーにここまで言わせるのだ。作業進捗どうなってんだよとツッコミを入れてやりたいところだが、ともあれソフィア大臣案を白紙に戻し、次点でグレイスを指名したのだった。


 工部省のランベールも一筋縄ではいかなかった。本人から「生涯現場にいたい」という訴えがあったからだ。「大臣とはいえども規模は小さいし、ほとんど現場作業がメインだよ」と、半ば強引に説得して了承してもらったが、とりあえず、上手く両立してくれるように期待したい。


 一方でノリノリで大臣職を引き受ける人物もいる。誰あろうクラウスで、軍務省の大臣職を提示されたハイエルフは不敵に笑い、これまた不敵に呟くのだった。


「五年だな」

「なにが?」

「五年で大陸最強の軍に育ててやるよ」


 ……マジでやりそうだから怖いんだよなあ。やる気があるのはいいことだけど、ウチが必要としているのはあくまで防衛力としての軍であって、侵略するための軍はいらないんだけど、そこらへん理解してるのかなあ?


 ま、それはさておくとして。


 組織編成にあたって設立を見送った省がいくつか存在する。内務省と外務省、医科学省と芸術省の四つがそれだ。


 前者のふたつは親政体制なのだから、当面の間、国王が大臣を兼任すればいいという理由でポストがなくなり、医科学省はクラーラが設立に疑問を呈したのだった。


「組織ができるのは結構だけど、医師も学者も不足しているのよ? 箱が立派でも中身がスカスカだったら意味ないじゃない」

「そう、なるか……?」

「一医師として言わせてもらえるなら、いましばらくこの手の分野の研究を進めた上でも遅くはないわよ」


 医科学省ができた際は間違いなく大臣になるであろうサキュバスの医師に頷いて応じ、いったん設立を見送ることにしたのだ。


 芸術省は教育省がその役割を兼ねることになった。ゆくゆくは独立した組織として編成しなおし、ファビアンに大臣を任せようと思うのだが……。これはこれで多少の不安が拭えないでもない。


 ニーナには国王首席補佐官という役職を任せることにした。いうなればアドバイザーだ。政治運営にあたっては、間違いなくこの天才少女に意見を求めることになるだろう。


 で、そのニーナから聞いた話によれば、大臣職に就いている人物は、周りから『大臣閣下』と呼ばれるそうだ。クラウスはともかく、アルフレッドなんかはその呼称に耐えられるのか、いまから見物である。


 そんな意地の悪い気持ちを察したのか、それとも人の悪さが表情に出ていたのかはわからないが、こちらを見るなりニーナは皮肉の色を瞳に浮かべて呟いた。


「『大臣閣下』など、ありふれた呼称ではありませんか」

「そうかなあ? オレだったら、むずがゆくて耐えられないね」

「いやですわ、近い将来、『国王陛下』と呼ばれるお人が、そのように仰るなんて」

「…………あ」

「率先して慣れていただきませんと、大臣たちにもしめしがつきませんわ。そうでしょう、『陛下』?」


 最後の三文字を強調する首席補佐官に、反撃の糸口を見いだせず、オレは表情を隠すようにティーカップを口へと運ぶのだった。……ハイ、ガンバリマス。

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