336.熊猫人族の発明家ゴードン

 集会所の一階には警官服に身を包んだワーウルフたちが佇立していて、突然の訪問者とテーブルの上の物体に不審の眼差しを向けている。


 なるほど、あれが設計図に描かれていた代物の見本なのだろうか? しげしげ眺めやっていると、こちらに気付いた様子のガイアは姿勢を正した。


「我が主! わざわざのお運び恐れ入りますっ」

「ガイアも警備任務、ご苦労様」


 いたわりの言葉をかけるオレに、背後からカミラがささやいた。


「タスク様。ガイア殿は警備の任務を務めていたのではありません」

「……?」

「不審者と不審物に対しての備え、とでも申しましょうか……」


 一瞥をくれた先には堂々とした態度の訪問者が佇んでいる。一方的な決めつけは、かえって来客の不興を買っていないだろうかと一抹の不安を覚えてしまうが……。


 まあ、ガイアたちが用心する気持ちもわからないでもない。テーブルの上の物体も危険物と見えなくもないしな。ついでに言うと来客の風貌は、白い体毛で覆われた全身に作業着をまとい、目元の周囲は黒く縁取られ、頭上には特徴的な黒色の丸い耳がついていて――つまるところ、元いた世界の『パンダ』そのものである。怪しいといえば怪しい。


 背丈は一五〇センチ程度だろうか? 老いが見られる顔つきに、腰が曲がっていることから、それなりの年齢だということはわかる。それはそれとして、二足歩行するパンダは初めて見るなあ。


 獣人族の国から来たって話だし、こちらの世界にはパンダ人みたいな種族が暮らしているのだろうかとか考えていた矢先、作業着姿のパンダは口を開いた。


「儂の見込んだとおりだっ。いやはや、さすがは『樹海王』と呼ばれるお方だけある。あの設計図の価値を見抜かれたのだからな」


 老いとは無縁の快活な口調に圧倒されるものを感じながら、オレはパンダと向き直った。


「初めまして、フライハイトの領主でタスクと言います。拝見した設計図はあなたのものですか?」

「いかにも! 儂の名はゴードン。もっとも、周りの者は、儂を名前ではなく『熊猫人族の発明王』とか『老師』などと呼ぶがの」


 熊猫人族……。ふむ、獣人に属する種族のひとつかと思いながらも、オレは発明王という言葉の響きに若干のうさんくささを覚えてしまった。


 古今東西、『○○の発明王』と名のつく人たちは、良くも悪くも特異なキャラクターなのである。あの設計図に惹かれるなにかを感じ取ったとはいえ、目の前の人物がそれらに該当しないと断言はできない。


 もっとも、外見からしてしゃべるパンダなのだ。元いた世界の常識からすれば、それだけで十分すぎるほどに特異だなと思いながらも、初対面の人物に対して発明王と呼びかけるわけにはいかず、オレはもう一方の呼称を使って、あらためて問いかけた。


「ゴードン老師。拝見した設計図に書かれていた計画、つまり『蒸気機関を用いての輸送技術』ですが、本気で実現できるとお考えなのですか?」

「もちろんだとも! 設計図をそのままというわけにはいかないが……。原理を理解してもらうため、このとおり模型を作ってきたのだよ」


 老師が指し示した先に、テーブルの上に鎮座している物体が見えた。予想は正しく的中し、『蒸気機関』の見本を興味深く眺めるオレに、ゴードンは胸を張って仕組みを説明するのだった。


 蒸気機関、文字通り蒸気の力を用いた動力源である。燃料を燃やし、水が沸騰する。やがて、ガラスで作られた円筒の内部では、蒸気の力でもってピストンが上下運動を繰り返す。魔法が常識となっているこちらの世界では奇怪かつ異端でしかないかもしれない。


 しかしながら、これこそが産業革命を起こしうる発明なのだ。なおも熱弁を振るう老師の発想力に尊敬の念を払いつつ、それでもオレは疑問を抱かざるを得ない。


「失礼ながら、老師。これほどまでに貴重な発明を、どうしてオレに教えようと思われたのです?」


 いうなれば、これはゲームチェンジャーと呼ぶべき代物である。技術を確立し、独占した国家が勝者となり得るだけの可能性を秘めている。言葉は悪いが発展途上国ともいえる獣人族の国が、ふさわしい地位と名誉を確立できる機会をみすみす手放すとは考えにくい。


 オレの問いかけに、「その疑念は至極当然だ」と頷いたパンダは、理路整然と答えてみせた。


「まずひとつ目だが……。獣人族の国に、この発明を理解する者がおらんかったのだ」

「大陸では魔法の影響力が大きいですからねえ」

「うむっ! どいつもこいつも頭が固くてイカン! 祖国には貴殿のように物事を柔軟かつ多角的に考える人物がおらんのだ!」

「魔法が使えないオレみたいな者にしてみれば、ものすごい発明だと思うんですけど」

「それよ、要職に就いている連中なんぞ、『だからどうした?』と、こぞって眉をひそめる始末。話にもならんっ」


 うーん、そうかあ……。こちらの常識に照らし合わせれば、この手の発想は非常識でしかないかあ。その考え方も多少は理解できるけどね。


 老師はさらに続ける。


「ふたつ目だが、これが重要かつ、もっとも深刻な問題でな」

「なんです?」

「カネだよ、カネ。絶望的に研究資金が足らんのだ」


 どこか他人事のように笑ったあと、翳りの色を表情にたたえ、老師はため息を漏らした。


「模型を見た貴殿にはわかるだろう? この技術を実現させるには、相応の資金が必要になる」

「確かに」

「夢物語に付き合う物好きは、そうそうおらんのだよ。もっとも、儂が考えるところ、唯一の例外がいると思えるのだが……」


 老師の視線がオレを捉える。なるほど、そう来るか。


「辺境ともいえる樹海の領主は、物好きだとお考えですか」

「断言はしないがな。だがしかし、開明的な人物だとも聞いている。わずかな可能性をかけてもいいと思わないかね?」


 オレたちは顔を見合わせると、どちらともなく頬を緩ませた。ふたつの笑い声に、事情を飲み込めていないのかワーウルフたちは肩をすくめあっている。


「よくわかりました、老師。オレに何をお望みですか?」

「噂によると、近いうちに獣人族の国から移民を募られるらしいな。兎人族がその対象と聞いたが」

「ええ、その通りです」

「その対象を、熊猫人族に変更してもらいたい」

「ふむ」

「それからもうひとつ。蒸気機関の完成まで、研究資金の無償援助する旨、貴殿の名で約束してほしいのだ」

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