329.年の瀬と……(後編)
いまやすっかり売れっ子デザイナーとなったベルは、カオルが生まれた影響もあってか、ここ最近はベビー服の裁縫に取り組んでいるようだ。
「アハッ☆ モデルがいいからさ~♪ いんすぴれーしょんっていうの? 超絶ひらめきまくりなんだよね~★」
ギャルギャルしい格好のダークエルフはそんなことを口にしながら新作をこしらえては、連日、羽が生えたような足取りでリアとカオルの寝室に通っている。
時折、「タックンはどれがカワイイと思う?」と意見を求められるのだが、何を着ていようがカオルは可愛いでしかないっ(力説)。
もっとも、デザイナーからするとこの手の感想はまったく参考にならないみたいで、気付けば、ベルの相談相手はリアになったのだった。
母親としての観点はベルにとっても貴重な意見になっているようで、脱ぎ着のしやすさ、おむつの替えやすさなどを取り入れながら、改良を重ねている。……なんというか、親バカの上、役立たずの父親で申し訳ないなあ……。
リアはリアで育児のかたわら薬学の研究に余念がない。医師としての本格的な復帰はまだまだ先になりそうだが、「他のみんなの足を引っ張ることがないように」と、カオルを抱きかかえていないときは、代わりに医学書を抱えて勉学にいそしむ日々だ。
「クラーラやマルレーネさんに迷惑をかけたくないですから。ジゼルも頑張っていることですし」
エヘヘヘと、どこか気恥ずかしそうな面持ちは変わらないものの、出産後のリアは中性的というよりも母性を感じさせる雰囲気を漂わせている。薄桜色の髪も肩から背中に掛かるぐらいにまで伸びて、出会った当初のどこか少年めいた闊達さとは異なる印象を受ける。
ああ、そうだ。髪の毛といえば、カオルにも母親譲りの薄桜色をした頭髪が見られるようになった。いまですら可愛すぎるというのに、リアそっくりに成長したらそれはもう天使でしかないな? まったく、我が息子ながら末恐ろしいぜ……。
「……親バカも大概にしとけよ? 聞く相手によっては不快に感じるだろうからな」
つまらなそうな口調で応じるのは軍服姿に身を包んだクラウスで、執務室のソファに寝そべっては片手をひらひらと動かしてみせる。その手の話題はもう結構と言わんばかりの態度に、オレはクラウスが持参した報告書に目を落とした。
フライハイトに所属する『
ダークエルフの国との共同計画でもある、街道沿いの宿場建設。その前段階として魔獣駆除や野盗討伐などを任務としているのだが、前者はめったに姿を見せず、後者にいたってはその気配すらない。そんな感じなので、クラウスの言葉を借りれば「実につまらん」そうだ。
「平和でなによりじゃないか」
「アホ言え、若造どもを鍛えるまたとない機会なんだぞ? 刺激がなくてどうする」
クラウスがついているとはいえ、刺激が強すぎては新兵たちも大変だろう。なるべく無茶しない程度に鍛えてやってくれと告げるオレに、クラウスはわかったよと応じてから体を起こした。
「そうだ。お前さんに聞きたいことがあるんだがな」
「どうした?」
「マルレーネの嬢ちゃんから苦情きてねえか?」
突然の問いかけに小首をかしげると、クラウスは事情を話し始めた。近頃、なにかと理由をつけて病院に行きたがる新兵が多いらしく、その目的はマルレーネと話をしたいためだそうだ。
美しく長い黒髪、柔和さと知的さを兼ねた美貌。ごく一部の界隈で有名な触手性癖の持ち主も、事情を知らない人々からすれば白衣の天使でしかないとのことで、クラウスは後頭部をかきながら、
「連中、擦り傷程度でも病院に行ってくるってうるさくてよ。うちの若いもんが迷惑かけてないかと思ってな」
「それはそれは……」
なるほど確かにマルレーネは美人だし、若者たちの気持ちはわからなくもない。その微笑ましい情熱に苦笑を覚えつつ、オレは報告書を机に戻した。
「いまのところは何も言ってこないし、大丈夫だろう」
「診療に支障をきたす前に言ってくれ。釘を刺しておくからよ」
「しかしなんだな。マルレーネ目当ての新兵がいるとなると、クラーラやジゼル目当ての新兵がいてもおかしくないな」
「いや、それはないな」
「なんでわかるんだ?」
「なんで……って。そりゃ、お前さん、あいつらの普段の奇行を見てりゃわかるだろ?」
……まあ、ひとりは常に「リアちゃんハアハア」言ってるし、もうひとりは常に「お姉様ハアハア」言ってるからな……。新兵たちもある程度は察するか。
肩をすくめつつ、オレは机の上に置かれた書面を手に取った。カミラが届けてくれたもので、差出人は魔道国滞在中の翼人族ロルフである。
内容はといえば、技術提携の進捗と魔道国歌劇団の様子などが記されていて、歌劇団についてはマルグレットが責任者となって公演準備を進めてくれている、と。ありがたいね。
しかしながら気になることが一点。ロルフいわく滞在期間を延長したいとのことで、本来であれば年内に帰還する予定を年明けまで伸ばしたいそうだ。
その理由として、魔道国の人々が抱いているお菓子に対する偏見の払拭を挙げ、「高価な割にパサパサしてマズイ」と異口同音に声を上げる現状に危機感を覚えたロルフは、この危機に立ち向かわなくてどうするという使命感に駆られた……らしい。
原文をそのまま読み上げるオレに、クラウスは軽くため息を漏らした。
「あいつも変わってんな……」
お前も将棋になれば似たようなもんじゃないかと思いつつも声には出さず。さしあたっては年末年始に振る舞うべく、上質な焼き菓子を作りますという力強い一文で手紙は終わり、オレはそれを封に戻しながら背もたれにもたれかかった。
そうかあ……。そうなると、今年はドライフルーツと木の実がたっぷり入ったケーキが食べられないのかと、少しだけ残念な気持ちになってしまう。年越しを祝うために、毎年、翼人族が作ってくれるケーキが年の瀬の楽しみでもあったんだけどな。
「自分で作ればいいじゃねえか、タスク。お前さん、なんだかんだ器用なんだし」
「自分で作るのと、人が作ってくれるのはまた違うんだよ」
「お前さんもアイラの嬢ちゃんと同じぐらいに食い意地が張ってるからなあ」
「こだわりが強いと言ってくれ」
雑談交じりのやりとりを交わしつつ、何気なく窓を見やったその時だった。空の彼方、遠くからでもわかる見事な漆黒の体躯をしたドラゴンの姿をオレはその視界に捉えた。
いつものように何の前触れもなく、ジークフリートがやってきたのだ。――いつものように、ちょっとした騒動を伴って。
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