327.鍛冶職人たちの結婚

 柔らかな陽光が降り注ぎ、穏やかな暖かさが冬の一日を包み込んでいる。この季節は毎日のように樹海から寒風が吹き抜けるのだが、今日に限っては無風で、記念すべき一日にさりげなく華を添えているようにも思えた。


 鍛冶工房などがひしめく一角では、ささやかながらも心のこもった祝宴が催されており、オレは招待客の一人として主賓席に腰を下ろしている。


 二人の鍛冶職人の来訪から十日後。おそらく大陸初であろう同性同士による結婚式が挙げられたのだ。


 主役であるランベールとリオネルは、故郷であるダークエルフの国の伝統衣装に身を包み、感動と興奮のない混ざった表情を浮かべては、披露宴を歩き回り招待客と言葉を交わしている。


 仲睦まじい光景を眺めながら、オレは領主邸の応接室で交わされたやりとりを思い返していた。


 ――いよいよ結婚式を挙げようと考えている。祝宴には領主殿をお招きしたいと思っているのだが。


 いつになく落ち着かない様子で切り出すランベールと、緊張の面持ちをしたリオネルを交互に見やって、オレはすぐさま来訪の意図を察し、そして即座に快諾したのだった。


 商業都市フライハイトは、大陸の中で唯一同性婚を認めている領地とはいえ、実績といえばいまだにゼロのままである。記念すべき一組目がこの鍛冶職人たちになるであろうことは明白だったのだが、それでも式を挙げるという行為には相当の勇気と覚悟が必要だったらしい。


 こちらの返事に安堵のため息を漏らすランベールとリオネルを見やりつつ、オレはとある提案を持ちかけてみせた。


「そうだ。せっかくだし、大々的な挙式にしようじゃないか。いつも世話になっているんだし、そのぐらいはさせてくれよ」


 一生に一度の晴れ舞台なのだ。華々しい挙式にしてあげたいと考えたのだが、二人はどちらともなく顔を見合わせては、申し訳なさそうにそれを断った。


「領主殿のお気持ちはありがたいのだが……」

「挙式には親しい人物だけを招いて、粛々と執り行おうと思っているのです」


 同性婚の制度が認められていることと、それを受け入れることは意味が異なる。自分たちが結婚することに嫌悪感を示す人は確実にいるだろう。


 鍛冶職人たちはそう理由を述べてから、それでも結婚できる喜びをかみしめるように、謝意の言葉を口にした。


「白眼視されていた我々が一緒になれる。受け入れてくださった領主殿には感謝しかない」

「そうです。ありのままの自分で日々を過ごせるのですから。ここにきてからは毎日が幸せで……」


 瞳を潤ませ、声を詰まらせるリオネルの肩を、ランベールがそっと抱き寄せる。ここに至るまでの二人の苦労がいかばかりのものか、オレには想像もつかないけれど、こうやってめでたい日に立ち会えることができるというのは感慨深いものを覚えるな。


「他には誰を招くつもりなんだ?」


 話題を転じるようにして尋ねるオレに、ランベールは恐縮した様子で続けるのだった。


「できれば領主殿の奥様たちにもお立ち会いいただきたいのだが……」

「妻たちも喜ぶと思うよ。ぜひ一緒に祝わせてくれ」

「ありがたい。他は親しい友人を招く程度になると思う」

「アルフレッドたちには声をかけなくていいのか?」

「うむ。それも考えたのだが……」


 思案するように呟くと、ランベールは語をついだ。


「……いや、止めておこう。領主殿にご参列いただけるだけで十分なのだからな」


***


 回想の海を漂っている最中、クラウスの陽気な声がオレを現実の岸辺へと引き上げた。


「よう、タスク。お前もよろしくやっているかい?」


 赤ワインの瓶と空のグラスを手にしたハイエルフの友人は隣の席に腰を下ろすと、オレの眼前にある透明に近い液体で満たされたグラスを見やった。


「白か。さっさと空けちまえ、こっちの赤は逸品だぞ」

「これはワインじゃなくてジュースだよ。今日は飲まないって決めているんでね」


 白海ぶどうから作られたジュースはハーフフットたちに頼んで作って貰った代物で、ワインとは異なる味わいが楽しめる。お酒が飲めない人たちに需要があるだろうと商品化を検討しているのだった。


「特産品の研究に熱心なのはいいけどよ、めでたい席だぞ? 飲まなくてどうする」

「リアが授乳中でお酒が飲めないだろう? オレだけ楽しむのは気が引けてね」


 言い終えると同時にオレたちは少し離れたテーブルに視線を向けた。姉妹妻たちが歓談する輪の中にはカオルを抱きかかえたニーナがいて、あやす姿は実の姉そのものに見える。


 父親よりも手慣れたその様子に、オレはコンプレックスではなく、むしろ微笑ましいものを感じ、思わず頬をほころばせるのだった。


「絵になるもんだな」


 クラウスは呟き、空になったグラスに赤い液体を注ぎながら話題を転じた。


「予想していたとはいえ、ダークエルフの国からのゲストはいないか」

「イヴァンを誘ってみたんだけどな。断られた」

「てめえらの国では、さんざん『名工』だなんだともてはやしていたってのに、薄情なやつだ」

「仕方ないさ。ダークエルフの国は同性婚を禁じているからな、立場上、イヴァンも顔を出せないだろう」


 ダークエルフの国の要職についている義弟が、故郷では禁止されている同性婚を祝うとなっては、その面目が潰れてしまう。実際、返答の手紙には「個人的にお祝いしたい気持ちはやまやまなのですが」という一文が添えられていたのだ。推して知るべしというやつである。


「あいつもいっそ俺みたいに、要職なんぞ辞めちまえばいいんだ。自由でいいぞ」


 ワイングラスを手に取ったハイエルフの前国王は、口に運びかけた手を止めると、再びテーブルに戻してあたりを見回した。


「アルが来ていないのも同じような理由か」

「まあ、な」


 ランベールたちは遠慮していたものの、オレは一応、アルフレッドに声をかけたのだった。二人の挙式を少しでも賑やかにしたいというお節介の気持ちが働いたわけだが、残念ながら龍人族の商人が首を縦に振ることはなかった。


「従来と異なる価値観へ賛同することに、難色を示す人々は多いでしょう。そしてそれは商いを行う上で致命傷ともなり得ます」

「挙式に参列するだけだぞ? それが同性同士だってことぐらいで、別に不思議なことじゃないと思うけど」

「お言葉ですがタスクさん。ここで問題となるのはタスクさんのお気持ちではなく、人々に及ぼす影響なのです」


 姿勢を正した龍人族の青年は、メガネの位置を直してはオレを正視した。


「フライハイトは極めて自由で開明的な都市といえます。とはいえ、ここで暮らす領民たちがそれらすべてを許容しているかといえばそうではありません」

「いろんな考えがあって当然だからな」

「交易商人たちも同じなのですよ。いくら制度として認められているからとはいえ、それを受け入れるような相手と商いをおこなうことに嫌悪感を抱く者は多いのです」


 断言したのち、自らの語気が強いことを察したのか、アルフレッドは慌てた様子で話を続ける。


「いえ、決してタスクさんのお考えや同性婚が悪いとかそういったわけではなく、対外的な事情を鑑みてですね」

「わかってるよ。難しい問題だからなあ」

「……そうですか。いえ、気分を害されたかと思いまして」

「なんでさ? さっきも言ったけど、それぞれに違う考えがあって当然だからな。そんなことじゃ怒らないよ」


 そもそも、元いた世界の現代社会においても複雑な問題なのだ。伝統主義が色濃く残る異世界とあっては、異端はむしろオレのほうだろう。


 しかし交易に支障をきたすとなると、領主が挙式に参列するのも問題になるのだろうか? 問いかけるオレに、アルフレッドは否と応じた。


「ご自身が制度として認めているからには、参加される分には問題ありません。大事なのは、多様性を許容できるかどうかという一点でして」


 これから国を興す上で、制度に反対する人々を強制的に従わせるような真似をしては、その器量に疑問符をつけられるだろう。反対の立場にいる者を咎めず、ありのままを受け入れることが大切である。


「僕が不参加を表明すれば、制度を受け入れられない領民たちも安堵するでしょう。もちろん声に出したりはしないでしょうが」

「重鎮が反対の立場にいれば安心する、か」

「はい。そしてそれは対外的に与える印象も同様です。その点、どうかご理解いただきたく」


***


 ……アルフレッドとのやりとりを打ち明けると、クラウスは空になったワイングラスを軽く指ではじいて応じた。


「アルの言うことももっともだ。あいつも面倒ごとは回避したいんだろうよ」

「面倒ごとって……」

「事実だろ。ランベールもリオネルもそれをわかっているから、控えめな挙式にしてるのさ」

「それは……」


 気付いてはいた。大々的な挙式を開こうと持ちかけた際、二人の表情には遠慮に混じって、忌避の色がにじんでいたのだ。


「まあ、そういうこった。わかっている上で、それでも式を挙げたかった。本人たちが望む形にしてやって正解だと俺は思うね」

「…………」

「新しい価値観を打ち出すのは大いに結構。だがな、タスクよ、それが人々に常識として広まるには相当の時間と覚悟がいるのを忘れるなよ」

「オレはみんなに幸せになってほしいだけなんだけどなあ」

「これから国を興そうっていうんだ、その心構えは立派さ。肝心なのは自分の意思を貫けるかどうかって話で」


 言いかけて口をつぐみ、クラウスはワイン瓶とグラスを持って席を立った。


「……やめだやめだ。お説教はガラじゃねえしな。国を背負えば、いやでもわかるようになるだろうよ」

「褒められて伸びるタイプなんだ。せいぜいアドバイス程度にしておいてくれ」


 わかったわかったと笑い声を立ててクラウスはきびすを返し、二人の新郎のもとへ足を向けた。意思を貫く、か。なかなかどうして重い言葉を残してくれたもんだ。


 誰も彼もみんながみんな、豊かで幸福な生活を送るためにはどうすればいいのだろう。国を治めるとは、とどのつまり理想と現実の折り合いをつけるということなのだろうか?


「難しいもんだな……」


 ぽつりと呟いた声は宴の中に消え、オレは軽く頭を振っては二人の鍛冶職人へと視線を転じた。ハイエルフの前国王からワインを勧められるランベールとリオネルは幸福そのものといった様子で、その光景は少なくともいま現在のオレを奮い立たせるに十分すぎる。


 ――やるだけやってみるか。


 軽く息を吐いてオレは席を立つと、ジュースで満たされたグラスを片手に、歓談に加わるべく三人がいる場所へと足を運んだ。

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