326.移民政策
移住希望者? いや、ニコニコ顔で提案してくれたところ、水をさすようで悪いんだけど。
「アルフレッド、お前、これ以上は移住者を受け入れないでくれとか言ってなかったか?」
「はい、以前、確かに申し上げました」
「事情が変わった?」
「ええ。可及的速やかに人口を増やさなければなりません」
アルフレッドは頷き、その理由を話し始めた。龍人族の国に属する一領地ではなく、独立国家として変遷しようとしている現状、組織の拡充に伴って人的資源の確保は
フライハイトの人口は二千人あまりで、国家体制を維持するにあたっては脆弱であると言わざるを得ない。労働力だけでも他国からまかなうことができれば、既存の住民に新たな職務を任せられる。
……とまあ、小難しく説明してくれたわけだが、要は移民政策ってことだよな? 人的資源という単語を使うあたりがいかにも商人らしくて、個人的にはちょっとモヤモヤしたものを感じてしまうけれど。
「移住者を募れば、それだけ“人材育成”も捗りますわ。将来は国の中枢を担ってくれる人物が現れると思われます」
龍人族の商人をフォローするように、ニーナが表現を変えて提案を後押しする。……不快感が表情に出ていたのだろうか? というより、十歳で空気を読める聡明さに感心するしかないんだが。
「財政面については問題ございません。食料の生産体制も整っており、受け入れに対して支障はありませんわ」
天才少女はそう結び、オレの反応を待っている。移民政策、ねえ? 言葉を変えただけで、いままで行ってきた移住者の受け入れと違いはないんだけどさあ。
「懸念がおありで?」
アルフレッドの問いかけに、オレはまあねと応じた。元いた世界で移民政策を積極的に取り入れてきた国々、特に欧米において生じている負の側面を知っているからだ。
価値観・文化・宗教その他諸々の問題は、やがて対立と分断の種となり、その芽を静かに育んでいく。憎悪と悪意にまみれた花が咲いた時、待ち構えているのは破局でしかない。
多種族・他民族の集合体であるフライハイトが現時点でうまくやれているのは小規模であるからだけで、爆発的に人口が増加した際、同じようにうまくやっていけるかどうかという不安が残る。
「もちろん、移住にあたっては段階を踏みます。一度に受け入れられる人数にも限度がありますからね」
メガネの位置を直しながら、アルフレッドは視線を横にずらした。
「まずはハイエルフの国、そしてダークエルフの国から希望者を募ろうと考えていたのです。イヴァンさんがお見えになったら、ご相談を持ちかけようと思っていたのですが」
「なるほど、好都合というのはそういうことでしたか。よくわかりました」
ダークエルフの青年は首肯し、長老会に持ちかけなければなりませんが、と前置きした上で続けるのだった。
「私個人としての見解を申し上げるのであれば、問題はないかと。国内にもこちらで新たな生活を始めたいという者が多くおりますし」
「フライハイトとダークエルフの国は、これ以上なく親しい関係を築いておりますわ。生活習慣もあまり違いはございませんし、兄様が心配されるような問題はないかと」
「ハイエルフの国も同様かと思われます。領内にはすでに多くのハイエルフが暮らしていますので、招き入れても支障はありませんよ」
うーん、三人がそれほどまでに力説するなら、オレも反対はしないけど。移住希望者が集まりすぎたら、今度はハイエルフの国とダークエルフの国に迷惑をかけないかな?
「その点はご心配なく。両国からの移住者は人数を制限しますので」
「……? 可及的速やかに人材を確保する必要があるんだろう? 人数を制限したら、その問題が解決しないぞ?」
「別の国からも移住を希望する声が上がっているのです。その人たちを受け入れます」
「別の国って?」
「獣人族の国ですよ」
そうか、ウチには猫人族がいるもんな。獣人族の国からまた猫人族を受け入れるつもりなんだな?
「それもありますが、今回は
「兎人族……。どこかで聞いた覚えが」
「お忘れですか? 以前にお話ししたのですが」
「……あっ。そういえば情報工作とかなんとか言ってたなあ」
交易商人たちの情報網を使って、獣人族の国内にフライハイトについて流布していく。善政を敷いていることが広まれば、自然と移住を望む人たちで溢れるだろう。
当面は兎人族をターゲットに情報工作を行っていく……確かにそう言ってたわ。すっかり忘れていたけど。
「忘れないでくださいよ」
「仕方ないだろう? ずいぶん前の話だし。……で? その口ぶりだと上手くいったように聞こえるけど」
「ええ、時間はかかりましたが、機は熟しました。兎人族は現在の体制に不満を抱いているとのことです」
こちらから移住について持ちかければ、二つ返事で承諾するだろう。アルフレッドはそう続け、獣人族の国を相手に情報工作を続けていくと結ぶのだった。
獣人族の国に対していい印象をもっていないけど、あんまり派手にやり過ぎないようにな? 敵対視されても困っちゃうし。
「もちろんです、慎重に進めていきますよ」
胸を張ってアルフレッドは応じ、当面の目標を宣言した。
「三年以内には人口を五千人以上にしたいですね」
***
いくらなんでも急すぎやしないかね?
アルフレッドの目標を聞いたオレの率直な感想である。いや、だっていまの人口の二倍以上だよ? それも三年以内とか、不安でしかない。
財務担当が宣言するぐらいだから、金銭面とかは問題ないんだろうけどさ。住民同士のコミュニケーションとか、そういったところの配慮はどうなのよ、と。
……まあ、多かろうか少なかろうが、こちら側がやれることに違いはないか。受け入れ体制を整えつつ、新たな仲間を迎えよう。
執務室の一角でそんなことを考えながら、オレが何をしていたかといえば、カオル用の玩具作りである。ほら、振るとガラガラーって音が鳴る赤ちゃん用の玩具があるでしょう? 木材を
というのも、お義父さんから贈られてきた荷物の中に、赤ちゃん用の玩具がなくてね……。せいぜい“ハイハイ”とか、歩けるようになってからでないと遊べないようなモノしかなかったわけなのさ。
貰った側としてこんなことを言うのは申し訳ないんだけど、もうちょっと、こう、何かなかったんですかお義父さんと言ってやりたい気分なのだ。おじいちゃんとして、孫の成長を楽しみにしているだろうけどね。
ガラガラを作り終えたら、今度は積み木でも作ろうかな。執務の休憩がてらの創作はいい息抜きになるし、かえって都合がいい。
黙々と作業に取り込んでいると、ドアのノックする音が室内に響いた。戦闘メイドのカミラが児童館に玩具を運び終えたことと、来客があった旨を告げにきたのだ。
「来客? 面会の予定はなかったはずだけど」
「はい。鍛冶職人のランベール氏とリオネル氏がお目にかかりたいと。お会いになりますか?」
どういった用件だろうかと思いつつもオレは頷き、二人が待つ応接室へと足を運んだ。
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