325.贈答品

 児童館が完成して間もなくオレとカオル宛に贈答品が届いた。差出人はもちろんお義父さんジークフリートで、それはもうやり過ぎなんじゃないかという量が領主邸の庭先を占拠したのだった。


 エリザベートから「来賓邸の応接室を埋め尽くす」と聞いていたので、ある程度は覚悟していたんだけど、どうやらそれも控えめな表現だったようで、次から次へと運び込まれる荷物の数にオレたちは揃って閉口した。


「待望の男の子が産まれたとあって、お父様も嬉しいんじゃないですかね」


 乾いた笑いでリアは感想を述べると、胸元に抱いたカオルへと視線を向ける。母親譲りの大きな瞳は庭先にある荷物を捉えているが、当然ながら事情を飲み込めているわけもなく、カオルはリアに眼差しを転じてしまう。


 そんな折、タスク様と声をかけてきたのは荷物整理にあたっていたカミラで、贈答品をどこに保管すればいいか指示を出してほしいと戦闘メイドは訴えたのだった。


「……? いや、保管するもなにも、玩具類は児童館に運ぶって決めていたじゃないか」

「存じております。しかしながら、中身を確認していただきませんと、我々としてもどれを運んでいいのか判断できませんので」


 聞くところによると、贈答品の中には玩具類だけでなく貴金属や装飾品といったものも紛れているそうだ。お義父さんからの出産祝いらしい。いやはや、そんなに気を遣ってもらう必要もないんだけどなあと思うと同時に、オレの脳裏に不吉な予感がよぎった。


「中身を確認する必要があるんだよな?」

「左様でございます」

「もしかして、これ全部?」


 庭先を埋め尽くした大小様々な木箱を指し示すと、カミラはうやうやしく一礼した。


「タスク様とカオル様宛の品々ですので。すべてをお目通しいただきたく存じます」


 ちょ、ちょっと待って。中身を確認するだけといっても、これはさすがに多過ぎだぞ。誰かしらに手伝ってもらって、分担して作業を進めたほうが効率がよくないか?


 助けを求めるように視線を横に動かすと、つい先ほどまで一緒にいた五人の奥さんたちは、ぞろぞろと領主邸の中へ引き返していく。おおい! キミたち、オレを置いてどこに行くつもりだいっ⁉


「助けたいのはやまやまなのですが、カオルの世話をしたままでは作業もしにくいですし」

「というか、いずれにせよ、おぬしにいちいち確認をとらねばならぬからな。二度手間じゃ」

「ご、ゴメンナサイ……。ワ、ワタシも原稿の締め切りが……」

「ウチもウチもー♪ 納期がちょっち厳しくてさー★」

「私はミュコランの世話をせねばならぬからな。心苦しいがここはひとつ、旦那様に任せるとしよう」


 おおぅ、そうか、そうなっちゃうかあ……。……はあ、仕方ない。こうなったら手早くかたづけることだけを考えて、集中して作業に当たるとしましょうかね。


 ――二時間後。


「なるほど、なにやら賑やかだとは思っていましたが、そのような事情があったのですね」


 端整な顔立ちに笑みを浮かべて応じるのは義弟でもあるダークエルフのイヴァンで、興味の色を瞳にたたえると贈答品の木箱を見やった。すでに八割方が検分を終えている状態で、戦闘メイドだけでなく、フットマンたちが玩具を児童館に運び込んでいる。


 いやー、大変だったけど、中身を確認しておいてよかった。マジで片っ端から目に付いたものを送りつけてきてるわ、あのお義父さん。


 だってさ、明らかに赤子は使えないであろう玩具が半分以上を占めてるんだもん。ワイバーンの形をした乗り物とか、ちょっとしたチャンバラごっこ用の剣と盾とか、四歳、五歳ぐらいにならないと使えないようなものばっかり。


 いまのところ、カオルが遊べそうなものと言えば、手押し車と車輪が付いている小さな木馬ぐらい――それでも当面先の話になりそう――で、他はといえば児童館に寄贈するのが最適といった感じなのだ。


 あとは大きな絵巻皿に宝石類とか。出産祝いにしては豪華すぎるだろといった金品が雑多に放り込まれていることにも驚いた。もらっておいてこんなこと言うのもなんだけど、もう少し丁寧に扱ったほうがいいと思うんだよなあ。


「ジークフリート王も張り切っていたのではないですか? いろいろなものを贈ってあげたい一心だったのですよ」

「そういうもんかねえ?」

「長老たちも、村に赤子が誕生するたび、我がことのように頬を緩ませますからね。赤子に対する愛おしさは大陸共通です」


 とはいえ、と、付け加えたイヴァンは苦笑交じりに続ける。


「これほどまでに豪華な品々を目の当たりにしては、持参した出産祝いを出しにくくなってしまいますね」

「あ、持ってきてくれたの? 悪いなあ、気を遣わせちゃって」

「いえいえ、家族ですから。このぐらいどうってことないですよ。つまらないもので恐縮ですが」


 そういって義弟が取り出したのは見事な銀食器のセットで、聞けばダークエルフの国では赤子が産まれた際に銀のスプーンを贈る習慣があるらしく、それにならってとのことだそうだ。


 使うにはもったいない食器類に感謝と感激を覚えていると、恐縮したのか、イヴァンはさりげなく話題を転じてみせる。


「そういえば、ミュコランにも雛が誕生したと伺いましたが」

「ああ、そうそう。ついこの間、産まれたばかりなんだ。よかったら様子を見ていってくれ」

「ええ、是非。雛たちが成長した際の結婚相手も探しておかなければいけませんしね」

「気が早いなあ」

「こういうことは何事も早いに越したことはありませんよ」


 雑談を交わしていた矢先のこと、新たな来訪者が庭先にその姿を現した。財務を担当するアルフレッドとニーナである。


「おや、イヴァンさんもお見えでしたか。これは好都合ですね」


 ダークエルフの青年を視界に捉えたアルフレッドはそう切り出して、何が好都合なのかというこちらの問いに答えるのだった。


「先ほどまでニーナさんと話し合っていたのですが」

「兄様。新たな移住希望者を募りませんか?」

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