317.王位継承権

「……いくらなんでも、冗談でしょう?」


 同意を求めるように視線を走らせた先には、首を左右に振っているリアとニーナがいる。もしかして、二人ともこういう展開を予想していたのだろうか?


「そういった可能性もあり得るかなって、考えてはいましたけど……」

「シシィ様から公言されるまでは信じたくなかったというのが実情ですわ」


 カオルを見つめる二人の眼差しはいつになく暗い。そりゃそうだ、生後間もない赤ん坊が王位継承権第二位とか、序列を考えた連中を集めて説教してやりたいぐらいだよ。


 身内から国王候補が現れるとか、王室関係者ならメデタイ話だろうけど、こちらとしては迷惑以外の何者でもない。……ああ、いや、一応は王室関係の立場にいるんだけど、そういったものとは縁遠い家柄というかね。


 こっちはこっちで平和によろしくやっているから、宮中のことは宮中で済ませてくれないかなあという心境なのだ。だいたい、カオルが国王候補とか、ややこしいことになるって、絶対。


「そうなのよねえ、実際、宮中は大騒ぎなのよ」


 深いため息がエリザベートの口から漏れる。後継者問題については、これまでも宮中で何度となく激論が交わされていて、主に二つの派閥が議論の中心にいるらしい。


 一つは男系継承を貫き通すべきという派閥で、保守派が大半を占めている。もう一つは女系継承を取り入れるべきという派閥で、こちらは夫人会を筆頭に開明派が多い。


 議論がまとまらない大きな要因は、それぞれの派閥に大きな影響力を持った人物がいることだ。すなわち、現国王と次期国王である。


 現国王ジークフリートは女系継承の支持を表明し、次期国王アーダルベルト殿下は男系継承の支持を表明していた……のだが。


 突如としてジークフリートが男系継承の支持に回ったことで、混乱が生じてしまったそうだ。


 カオルの誕生がきっかけとなり、ジークフリートは自らの考えを覆したのだろう。エリザベートは総括すると、肩をすくめるのだった。


「まあねえ、私だって、あの人の考えもわからなくはないのよ? 待望の孫、それも異邦人と末娘との間に男の子が産まれたとあっては、自分の後継者にしたいっていう気持ちが芽生えても仕方ないじゃない」

「だからってそんな簡単に主張を変えちゃっていいんですか?」

「良くないわよ。どっちの派閥も大慌てだもの」


 保守派にしてみれば自分たちの息が掛かっていない王位継承者を後釜に据えるわけにはいかず、夫人会は夫人会で男の子が産まれたからといって男系継承を続けるのはいかがなものかと、つまりはそういう話らしい。


 立場は違えど、意見は一致しているんだなと奇妙に思いつつ、オレは渦中の人物がどのような考えを抱いているのか知りたくなり、エリザベートに問いかけた。


「次期国王のアーダルベルト殿下はどうお考えなんです? 男系継承を支持しているんでしょう?」

「女系継承を支持するべきか迷っているみたいね。アーダルベルトには子どもが五人いるけど、全員、女の子だし」


 とはいえ、ここで立場を変えては、自分を支持している保守派との関係が悪化してしまう。なるほど、悩ましい立場なんだな。もっとも、悩ましい立場でいえば、こちらとしても同じなんだけどさ。


 カオルの父親として権限を行使させてもらうなら、その手の面倒な話は一切合切お断りであるっ! この子にはこの子の未来があるし、将来の可能性だって無限大なのだ。王位継承権とか、次の次の国王とか迷惑でしかない。


「でしょう? ここだけの話、この子が国王候補になるとか夫人会としても看過できないのよね」

「女系継承が反故ほごになってしまうからですね?」

「それもあるけれど。夫人会が権力を握る、またとない好機を潰されてはたまったものじゃないというか」


 王妃いわく、女系継承の話が進めば、自分たちの派閥の中から女王が誕生する可能性が高い。そうなれば、政治中枢に与える夫人会の影響力はますます大きくなる。


「そういった事情もあって、カオルが国王の座に就くのは猛反対ってワケ」

「……もう少し言葉を選んでもよいのでは?」

「聞こえの良い建前を並べても、それが真実だもの。隠してたって仕方ないわ」


 あっけらかんと言い放ち、エリザベートはぬるくなった紅茶を口に運んだ。ニーナはしかめっ面の一歩手前といった表情を浮かべると、テーブル越しに王妃を眺めやった。


「いずれにせよ、私たちの思惑は一致しているのですね。カオルが王位に就かないことを願う、その一点においてはですが」

「そのとおり。かわいい弟が権力闘争の道具に使われるのはさぞ不愉快でしょうけれど、貴女だってある程度は予測していたはずよ」


 だからこそ、あまり態度に出さないでくれるかしら。そう続けるエリザベートから視線を外し、ニーナは身体ごとこちらを向いた。


「お兄様だって、カオルが王位に就くのは嫌でしょう?」

「もちろん。勝手にそんな話を進められても困るしな」

「ええ。そう仰ると思って、腹案を練っていたのですが……」


 今度は明らかに苦々しい表情を王妃に向け、天才少女は重苦しそうに息を吐くのだった。


「……そのお顔を見る限り、私の腹案はシシィ様のお考えとほとんど変わらないみたいですわね」

「甘く見ないでちょうだい。悪巧みにかけては、貴女よりずうっと上手なのよ。私は、ね」


 エリザベートは微笑み、それからいたずらを思いついた子どものような口調で続けてみせる。


「ねえ、タスクさん。カオルを守るために、ちょっとしたアイデアがあるのだけれど……聞いてくれるかしら?」


 そうして語られたちょっとしたアイデアは、どう考えても権謀術数に属するものでしかなく。しかも、それ以外によりよい選択肢がないという時点で、半ば強制的に共犯の片棒を担がされることが決定していたのだった。


 オレが矢面に立つことで、カオルや家族を守れるんだったら何だってする。それはもちろん決まっているんだけど。まんまと王妃の口車に乗ってしまうのはなんとなくおもしろくないというか……。


 だいいち、この計画に加担したと知ったら、お義父さん怒鳴り込んでくるんじゃないかなあ?


 いまのところは、そうならないよう願うしかないか。

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