314.育児

 それはともかく。カオルの面倒は五人の姉妹妻と戦闘メイドたちが担当することとなった。……オレは?


「タスク様は領主としての執務がおありです。夜ならさておき、日中はカオル様の面倒を見られないでしょう?」


 そういってカミラは一蹴する。父親なんだし、自分の子供の世話をしたっていいじゃないかと反論したものの、執務に支障があってはいけないという一点張りで封じ込まれてしまった。ぐぬぬ……、いいもんね! 執務が終わったら親子の時間を作ってやるもんね!


 ……とまあ、意気込んでみたのはいいものの、待望の第一子とあって人気者なんですわ、オレの息子。姉妹妻と戦闘メイドで完全にローテーションが組まれてしまって入り込む余地がない。


 奥さんたちに頼み込んで、抱っこさせてもらったりおむつを替えたりするのが精一杯なんだもん。オレの子供だっていうのに不条理極まりない。


 でもねえ、奥さんたちや戦闘メイドが世話をしたいっていう気持ちもわかっちゃうんだよね。息子、めちゃくちゃ可愛んだもん。そりゃあ譲りたくないですよ。


 淡い桜色の頭髪だけじゃなく顔立ちもリアに似ているし、これは将来、イケメンコース間違いないね。親バカだと言われようが、これはもう確定路線だから仕方ないっ。


 そうそう、姉妹妻たちに混じって、ニーナもカオルの世話を手助けしてくれている。ややぎこちない手付きでカオルを抱きかかえる姿は、本当のきょうだいみたいで見ているだけで微笑ましくなる。


 いまのところ母子ともに健康そのものといった感じなので、まずは一安心かな。クラーラも何かと気にかけてくれているし、このまま健やかに育ってくれることを願おう。


 そんな調子で平穏無事に一週間が過ぎた頃、ダークエルフの国からイヴァンがやってきた。――数十頭の豚を引き連れて。


***


 新たに住民として加わるダークエルフたちが、建設を終えたばかりの養豚場に豚を移動させている。その光景を眺めながら、並び立つ義弟は口を開いた。


「改めてですが、ご子息の誕生おめでとうございます」

「ありがとう。気を遣わせて申し訳ないな。お祝いに豚を連れてきたんだろう?」

「そんなつもりじゃなかったんですよ。出発前に妖精が第一報を知らせてくれまして、タイミングが重なってしまったと言いますか。カオル様の誕生祝いは別にお持ちしますから」

「いいよいいよ。普段から良くしてもらっているんだし、十分すぎるぐらいさ」

「そういうわけにはまいりません。長老会から、くれぐれもよろしくお伝えするように言われておりますし」


 それはそれでお返しを考えなきゃいけないし面倒なんだよなあ。とはいえ、せっかくお祝いしてくれるっていう申し出を断るのも心苦しいし……。


 まあいいか。お祝いが来たら、改めて考えることにしよう。オレは気を取り直すと、放牧されたばかりの豚に視線をやった。


 ダークエルフの国から運び込まれた豚はゴルモク種というもので、全身、赤茶色をしているのが印象的だ。脂身と赤身のバランスが良く、連合王国では鶏肉と並んでポピュラーな食材らしい。


「病気にも強いと聞いています。その昔、我が国で飼っていた品種とは異なりますね」

「ああ、疫病で全滅したんだっけか?」

「ええ、ラタール種という赤身の多い品種でして。いまでも帝国の一部で生育しているという噂はあるのですが」


 講和が成立して時間が経っているとはいえ、連合王国と帝国の関係性は決して良好なものではなく。前者と積極的な外交を重ねているダークエルフの国としては、直接的に帝国と関係を持つわけにはいかないようだ。


「昔を懐かしむ気持ちはあるのですが、現実としては難しいとそういった次第でして」

「時間が経てば、それも良くなるだろ? それにフライハイトここは交易都市なんだ。ウチでやりとりする分には問題ないじゃないか」

「そうですね。ラタール種が恋しくなった時はお願いしますよ」


 ちなみに、ゴルモク種は生まれて半年も経てば成体になるらしい。イヴァンが連れてきてくれた豚のほとんどは大人なので、実際に豚肉が食べられるのはしばらく先になるのか……。


 すると、よほど残念そうにしていたようで、ダークエルフの義弟はオレを見るなり愉快そうに笑っては、パチンと指を鳴らし、空中に魔法のバッグを出現させた。


「義兄さんだったらそうお考えになると思いまして、用意してきましたよ」


 そういって中から取りだしたのは豚のロース部分のブロック肉で、見事なまでにカチコチに凍っている。


「精霊魔道士を同行させましてね、ここにくるまで定期的に氷の魔法をかけ続けました。鮮度は保証しますよ」

「ありがとう! むちゃくちゃ嬉しいよ!」

「魔道士からは呆れられましたけどね、魔力マナの無駄遣いだって。まあ、義兄さんが喜んでくれたので何よりです」


 受け取った豚のブロック肉は解凍し、みんなで味わうことに決めた。イヴァンも食べていくだろうと誘ったんだけど、長老会から急ぎ帰ってくるように言われているらしく、早々に帰ってしまった。うーん残念。


 とにもかくにも、待望の豚肉である! どうやって食べてやろうかとしばらく悩んでいたけれど、ここはやっぱり定番のトンカツかな? 生姜焼きや餃子は次の楽しみに取っておこう!


 ……と、口はすっかりトンカツ一色になっていたんだけど。受け取ったブロック肉がでかいのなんの。解凍するのに丸々一日かかりましてね。いやあ、思わぬところで焦らされたよねえ。


 で、翌日。いよいよ待望のロースカツですよ! ええ、ええ、サックサクに揚げてやりましたともっ! これがもう美味いのなんの! そして、白米が進む進む! 三十路半ばだけど、珍しくご飯をおかわりしちゃったぐらいだもんな。


 食生活を充実させていくために、いただいた豚をくれぐれも大切に育てていこう。

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