313.祝辞

 跡継ぎ騒動はもう少し先の話になるので、一旦おいておくとして。ここでは食堂でのやり取り後について話したい。


 朝食が済んで早々、ジークフリートは帰路に着いた。執務のほとんどは皇太子に任せているものの、いろいろと雑務が残っているとのことである。


「だがしかし、将棋が指せるのであれば、急いで戻る必要もないのだが……」


 名残惜しそうにチラチラとこちらを見てますけどね、なんと言われようとムリなもんはムリなんすよ、お義父さん。さっきも言ったけど、オレ、いま、すんげえ眠い。


 思わず片言になってしまうほどの語り口調で察したのか、力なく「そうか」と呟いて、ジークフリートは渋々と引き上げたのだった。いや、嫌々といったほうが的確だろうか? とにかく名残惜しそうだったのが印象的である。


 そんな義父の後姿を見送りながら、オレは解放感に浸っていた。これでようやく休める……! お言葉に甘えてクラウスに仕事を任せて、今日はゆっくりさせてもらおう。カオルの様子を見に行くのは、ひと眠りしてからだな。


 大きなあくびをひとつして、寝室にきびすを返そうとしたその矢先。領主邸の玄関が勢いよく開き、見慣れた面々がエントランスに現れた。龍人族の商人と二人の魔道士である。


「たぁくん、おめでとー!」

「ダメですよ、ソフィア様。あまり騒いでは赤ちゃんが驚いてしまいます」

「スミマセン、タスクさん。お祝いに伺うのはもう少し後にしようと言ったのですが、押し切られてしまいまして……」

「そういうあなたが一番に会いたがっていたじゃないですか」

「どっちでもいいわよぅ。めでたいことには変わりないんだからぁ!」


 ソフィアとグレイス、それにアルフレッドは三者三様といった様子で顔を覗かせては、矢継ぎ早に祝辞を述べるのだった。いやはや、三人ともありがとう。付き合いが長い友人たちからのお祝いは、喜びもひとしおだね。


 まあ、立ち話もなんだし、お茶でもどうだいと三十分ほど歓談していると、今度はガイアをはじめとするワーウルフたちが領主邸に押し寄せた。


「ハッハッハー! 聞きましたぞ、我があるじ! ご子息が誕生されたとか!」


 筋トレの指導はお任せくだされと続けたかと思いきや、滋養強壮に良い獲物を狩って参りましょうぞ! なんて具合に言い残すと、ワーウルフたちは樹海の中に消えていく。


 すると今度はロルフたち翼人族と、ダリルとアレックスを中心としたハーフフットが祝いに駆けつけて、かと思っていたら、あちこちに第一報を知らせに回っていた妖精たちが帰還し、さらに噂を聞きつけた猫人族の子どもが庭先に遊びにやってくる……などなど、文字どおり休む間もなく。


 見るに見かねたカミラたち戦闘メイド隊が訪問客を次々とさばき、ようやく静寂を取り戻したのも束の間、今度はファビアンとヘルマンニがやってくるんだもん。見事なまでに一睡もできなかったワケですよ。


「これ以上ないほどにメデタイ日なのだよ、タスク君っ! ベストフレンドであるボクが祝いに駆けつけなくてどうするんだいっ!」

「ワタクシも魔道国を代表して一言お祝いしたいと考えたのですな! もちろん、すぐにおいとまさせていただきますがな!」


 ファビアンはともかく、使者として滞在中のヘルマンニに気を遣わせてしまうのは申し訳ないな。


「いやいや、お気になさらずっ。ワタクシもちょうど国に戻る挨拶をしようと考えていたところでしてな」

「国に戻る?」

「左様ですな。美観地区計画も目処がつきましてな。一度、国に戻って準備を進めたいと思いましてな」


 聞けば施設建設をファビアンが担当し、ヘルマンニは魔道国で歌劇団の遠征をとりまとめてくれるそうだ。国に戻った際、カオルが生まれたことをマルグレットらに伝えてくれるらしい。


「フライハイトでの第一回公演が、ご子息の生誕祝いになりそうですな」

「恐縮してしまうね」

「遠慮することはないよ、タスク君! せっかくの機会だ、大陸中を巻き込んで盛大に祝ってもらおうじゃないかっ!」

「それだけはマジで止めてくれ……」


 せいぜい慎ましく見守ってくれるだけで十分ありがたいのだ。他所様を巻き込むのは止めておこう。もっとも、歌劇団の公演自体はありがたいので、こちらとしても歓迎の準備を進めなければいけないな。


 とりあえず色々と贈り物を預けてヘルマンニを送り出すことに。マルグレットへのお土産も入っているので、よろしく伝えてほしいところだ。


 騒ぎがようやく落ち着いたのは夕方近くになってからで、オレはフラフラの状態になりながらもリアとカオルの様子を見に行くのだった。


 寝室のドアの前では、ニーナがウロウロと右に左に行ったり来たりしている。……もしかしてカオルの様子を見たいのだろうかと声をかけると、天才少女はうつむき加減で遠慮がちに呟いた。


「その……、リアお姉様もお疲れでしょうし……。ご迷惑をかけるわけには……」

「迷惑なもんか。オレたちは家族なんだぞ? 遠慮せずに入れって」


 嵐のようにやってくる大人たちに比べたらかわいいもんだよ。それでもためらいの様子を見せるニーナの手を取って、オレは寝室のドアを開けるのだった。


「あっ、タスクさん。ニーナもいらっしゃい」

「お、お邪魔しますわ」

「ゴメンね、カオルってば、ついさっき寝ちゃって。本当だったらお姉ちゃんの顔を見せてあげたかったんだけど」


 カオルを抱きかかえるリアが切り出すと、ニーナは瞳に戸惑いの色を浮かべた。


「……お姉ちゃん?」

「おお、そうだな。歳も近いことだし、カオルのお姉ちゃんになってくれるとオレも嬉しい」

「そ、そうですの?」

「もちろん。さあ、ニーナお姉ちゃん。よかったらカオルの頭を撫でてあげて」


 恐る恐るといった感じでニーナは手を差し伸べると、触れるようにカオルの頭を撫ではじめた。陶器人形を思わせる白く小さな手のひらになにかを感じ取ったのか、ニーナは静かな決意をにじませて確かめるように呟くのだった。


「お姉ちゃん……。私が、あなたの……」


 ぎこちない手つきも微笑ましく、オレとリアは互いに顔を見合わせ、しばらくの間、その光景を眺めやった。

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