309.判断
謝罪と反省を続けていると、クラウスは一言、
「まあいいや。実際のところ、オレも嬢ちゃんもそんなに怒ってねえし」
と、簡単に話題を切り上げるのだった。怒ってないんかいっ。
「ただまあ、相手によっては気をつけておけよ? お偉いさんを前にこんなことをしたら、謝って済む話じゃなくなるからな」
「肝に銘じます……」
「それはそうと」
ウェーブがかった薄紫色のロングヘアを軽くゆらし、ニーナは再び報告書に視線を落とした。
「『
「品々? ああ、満月熊のことか」
「おうよ。皮、爪、魔石に肉。内臓や骨も売り物になるからな。満月熊は捨てるところがないぐらい、優秀な動物なんだぞ」
日本でいうところの鮭みたいなもんかと考えつつ、オレは若干の困惑を覚えていた。クラウスたちが狩ってきた満月熊なのだ、クラウスたちで分ければいいんじゃないかと考えたのである。
「ダメですわ」
「ダメだな」
才媛と軍のトップが異口同音で却下する。理由は明確で、領主に伝える軍隊が取得したものは、つまりは領主のものとなり、内々で処理することができないこと。樹海の領主であるオレの判断と許可なしに、樹海の資源を取り扱ってはならないということらしい。なんだそりゃ?
「アホらしい。その理屈でいったら、領民がキノコや木の実ひとつ採るにも、オレの許可が必要ってことになるじゃないか」
「その通りですわ。あくまで厳密にいえばという話になりますが」
大真面目にニーナが応じるので、思わず「……マジで?」と聞き返してしまった。聞けば、様々な権利を領民に分け与えるという名目で、過剰な税を課す不逞な領主も中にはいるらしい。
採取税・材木税・狩猟税・水税などなど……。生活に密接した、ありとあらゆるものに税がかかるそうだ。う~む、腐敗政治ここに極まれりって感じだな。
「あくまで他国の話ですわ。龍人族の国ではせいぜい『水税』程度ですわね」
「それも利用料程度だ。ジークのオッサンもそこらへんはさじ加減をわかっているな」
前置きはさておきといわんばかりにクラウスはこちらに向き直り、腕組みをしながら口を開いた。
「ひとまず、その話は置いといてくれ。軍隊が獲得した品々をどうするか、とりあえずは方向性を決めるだけでいいからよ」
「領民に分け与えるなり、商人に売り渡すなり、ご判断をいただきたいのですわ」
ニーナからリストの一覧を差し出され、オレはあたまをかき回した。方向性って言われてもなあ? 詳細にこれとこれは領民に、これとこれは売ってヨシとか、いちいち面倒じゃないか。
ただでさえ仕事量が増えているのに、そういったことまで気を遣うのは正直疲れる。いっそ、専門の部署でも作るかなと思っていた矢先、あるアイデアを閃いたオレは、陶器人形を思わせる美しい少女に視線を転じた。
「ニーナが決めてくれないか?」
「私が、ですか?」
「うん。アルフレッドの下についている分、財政事情にも明るいだろう? 領民が何を求めているかの把握もしているだろうし」
いわば決裁書のようなものをニーナに作成してもらい、その内容を把握した上でオレが署名だけ行うほうが、何かとスムーズに事が運ぶと思うんだよな。
そう言うと、ニーナは身体をもじもじとさせながら、恐縮した面持ちと声で呟くのだった。
「その……、信頼を寄せていただけるのは嬉しいのですが……。私、お兄様の意思に沿わぬ判断をしてしまう恐れがあるやもしれません……」
「ああ、その辺は気にしなくていい。大体な、ミスのない仕事なんてあり得ないんだぞ? オレなんてサラリーマン時代にどれだけヘマをやらかしたことか……」
「は? さらりー、まん?」
「元いた世界の話さ」
とにかく、だ。こちらにきてからというもの、みんなの力を借りて開拓生活が成り立ってきたのだ。人に助けを求めるのは少しも恥ずかしいことじゃないし、ましてや適任者がいるなら、積極的にその人を頼るべきである。結果、失敗したとしても責める気はさらさらない。
「ま、そんな話なんで、肩の力を抜いて気楽にやってくれい」
せいぜい気負わないようにねと言ったつもりだったんだけど、どうにも逆効果だったようで、天才少女は頬を紅潮させながら真剣な目つきでこちらを見やった。
「お兄様、いえ、領主様のご期待に添えるよう、精一杯努めさせていただきますわ」
そんなに大それた仕事じゃないんだけど……。まあ、やる気がある分にはいいかと思って頷いておく。
「お前さんはやっぱり面白いヤツだなあ」
やりとりを眺めていたクラウスが愉快そうに口を開くが、オレとしては納得がいかない。いまのどこに面白い要素があるのか問い詰めてやりたいほどだ。
「気付いてねえなら、それでいいじゃねえか」
「良くはないだろ、褒められてるのか馬鹿にされているのか、わかったもんじゃない」
「褒めてるんだよ。しかも最上級に、な」
そう言い残し、片手を挙げてクラウスは去って行く。後を追うように付き従うニーナを見送りながら、オレはクラウスの呟きに首をかしげるのだった。
***
ヘルマンニとファビアンによる美観地区計画は着々と進んでいた。
全身骨格標本と赤髪ロン毛イケメンという組み合わせは、ひいき目に見たところで"異様"の枠を超えず、屋外で談笑している姿にはさすがの領民たちも遠巻きに眺めるのがせいぜいといった感じだった。
もっとも、それは最初だけで、二日も過ぎた頃にはヘルマンニの周りに子どもが集まり、遊んでくれるよう催促する光景を目撃することとなる。
「ヘルマンニのにーちゃん、アレやってアレやって!」
「はいはい、アレですな」
何のことかと思い様子を伺っていると、ヘルマンニはこめかみの部分を両手で抑え、勢いよく顔を回転させた。
「ホレホレー! 顔が回りますぞー!」
「スゲー! ヘルマンニのニーチャン、カッコイイ!」
……カッコイイか、アレ? まあ、ヘルマンニに嫌がるそぶりがなく、子どもたちも懐いているようだし、仕事のジャマにならない程度だったらよしとするか。
一方で、相棒の龍人族はどうしているかというと。
「ハッハッハー! ちびっ子たち! ヘルマンニ君だけでなく、ボクに対するリクエストはないのかね!?」
「なんもなーい! ファビアンのにーちゃんに構うなって、カミラねーちゃんから言われてるから!」
「ハッハッハー! これは辛辣ぅ!」
……これはこれで、嫌がっているそぶりがないのが不思議なんだけど。大人の対応力と言えばいいのか、ドMと言えばいいのか悩ましいところだ。
ともあれ、そんな二人から美観地区について追加で作りたいものがあると持ちかけられたのは、それからさらに二日が経ったころで、オレはというと完成間近に迫った養豚場を前にして、話に耳を傾けたのだった。
「パン焼き場?」
「左様ですな。美観地区にそれを設けたいと考えましてな」
聞けば、その名の通りパンを焼くための設備を整えたものだそうで、それを美観地区に作ってはどうかということらしい。
「パンを焼く程度なら、各家庭でできるだろ?」
「どころがですな、各家庭で消費する燃料の費用を考えると、公共で用意したほうがよいのですな」
「これから冬を迎えるだろう? 暖房だけでも薪の消費量は相当なものさ。パンを焼く施設があれば、その分、家庭で消費する薪の量を節約できるし、さらには領民同士のコミュニケーションツールとしても活用できる。一石二鳥さ!」
「領民のための施設なら異論はないけど、美観地区を作るというよりも、複合公共施設を作る方向に切り替わってないか?」
「公共施設あっての美観地区なのですな。問題ないのですな」
「ウンウン。外観は整えるからねっ。心配しなくとも、ボクたちのように美しい施設になることを保証しよう!」
それが一番気がかりなんだよとは言うわけにもいかず。パン焼き場については了承する旨を伝え、引き続き計画を進めるよう頼むのだった。
しかしなるほど、公共で使えるキッチンか。決まった日に集まってパンを焼く文化は、元いた世界でも文献に残っているし、それが異世界にあったところで、少しも不思議な話じゃないな。
さて、そうと決まれば美観地区にかかる費用も算出しなければならないわけで、そこらへんの概算も二人に頼もうかなと思いつつ、この日の仕事は終了。
いつもどおりの平穏な日常が過ぎ去ろうとしていた、その矢先である。
とんでもない出来事がオレを待ち構えていた。
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