308.産卵

 結果から話そう。思いっきり勘違いをしていた。


 領主邸の庭先でオレを出迎えたのはお腹が目立つリアの姿で、こちらを見るなり、ぶんぶんと両手を振ってみせる。


「タスクさーん! 待ってましたよー!」

「あ、ああ……。だ、ダメですよ、リアさん。き、急にお身体を動かしては、お腹の子に良くないです」


 笑顔のリアを、ハラハラとした様子でエリーゼが見守っている。オレはオレで状況が飲み込めず、ゼエゼエと息を切らしながら問いかけるように呟くのだった。


「う、うまれ……うまれたって」

「ええ、そうなんです! ついさっきなんですけど、あんこが卵を産んだんですよ!」


 そっちかーい! いや、メデタイことには変わりないんだけどさあ、出産間近の奥さんがいたら、まずはそっちのほうを想像しちゃうだろ?


 ……ああ、なんだろう。一気に疲れ果てたな……。両膝に手をついて呼吸を整えていると、程なくしてアイラとベルが合流した。養豚場建設地から領主邸まで結構な距離を走ってきたにもかかわらず、二人とも息ひとつ切らしていない。


 オレがオッサンになったのか、そもそもの身体能力に差があるのか、あるいはそのどちらもだろうか。明確な答えを出せないまま、大きく深呼吸するオレを見るなり、アイラは猫耳をピンと立てて訳知り顔を浮かべるのだった。


「はは~ん。タスクよ、もしやリアの子が産まれたと勘違いしたのではなかろうな?」

「その通りだよ……」

「ヤだなぁ☆ タックンてば早とちりさん♪」

「早とちりもするだろ? こんなお腹なんだしっ」


 マタニティウェアに包まれた丸みのあるお腹は、今日にでも出産を迎えてもおかしくないほどの大きさなのに、本人はといえば、微塵もそんなことを思わせない様子で笑い声を上げている。


「アハハハハハっ。ボクのほうはもうちょっと掛かるんじゃないですかねえ?」

「他人事みたいに言うなよ……。当事者なんだぞ?」


 ごめんなさーいとペロリと舌を出す仕草は母親というよりも少女のそれに近く、オレはもう一度息をついてから、二匹のミュコランについて問いかけた。


「で? あんこもしらたまはどうしてる?」

「に、二匹とも健康そうもので、落ち着いていますよ。い、いまはヴァオイレットさんが側についています」

「たいてーの場合、産卵後は気が荒くなるっていっくんが言ってたけど♪ あのコたちはれーがいみたい☆」


 エリーゼに続き、ベルが感心の声を上げる。そもそもミュコラン自体が気性の荒い動物だと聞いていたので、そこらへんがちょっと心配だったんだけど、あんことしらたまは特殊なケースっぽいな。


 ともあれ、落ち着いている中、ガヤガヤと大人数で見物に行くのもどうかと考えたオレは、渋るリアを「母胎に何かあっては困る」となだめるように説得し、エリーゼを伴って領主邸へ戻らせることにした。落ち着いているとはいえ、産卵直後の動物が相手なのだ。予期せぬトラブルは回避したい。


 アイラとベルならそこらへん上手く対処できるだろうしね。そんなわけで、猫人族とダークエルフの奥さんに同行を頼み、オレは庭先に設けられたミュコランたちの住処へと足を運ぶのだった。


***


 寄り添うように腰を下ろすしらたまとあんこの前で、ブロンドヘアの美しい女騎士は嗚咽を漏らしている。


「え? どうしたんだ、ヴァイオレット?」


 不審に思って声をかけると、ヴァイオレットは振り返り、旦那様かと呟いてから、またさめざめと涙を流した。……まさか、しらたまとあんこに何かあったんじゃ!?


「私が側についているのに、そんなことが起きるわけないだろう?」

「じゃあなんで泣いてるんだ?」

「いや、ふと、感慨にふけってしまったのだ。私もついに母親になったのだな、と……。私の子どもなのだ。私が命がけで守り抜こうと、そう思ってしまってな」

「そなたの子どもではないがのう」

「アハッ☆ 子どもっていうか、まだタマゴだしねえ☆」


 アイラとベルがツッコミを入れるものの、女騎士は目を見開いて反論してみせる。


「あんこたんとしらたまたんの子なのだぞ! それはすなわち、私の子と言っても差しつかえなかろう!」

「あるわ。落ち着け」


 まったく、この二匹の事になると自分を見失う性格はなんとかならないのかね? ほら、あんこもしらたまも奇怪なものを見るような目を向けているだろう?


 ……コホン。何を言っているのかわからないヴァイオレットはひとまずおいておくとして。


「卵を産んだんだって? しらたまもあんこもよく頑張ったな」

「みゅ~……」


 優しく頭を撫でてやると、二匹ともうっとりと目を細めてみせる。人懐っこく優しい性格は産卵後でも変わらず、オレはほっと胸をなで下ろした。


「みゅっ」

「みゅー」


 どちらともなく鳴き声を上げた二匹は、わずかに身体を動かして、恐らく体温で温めていたであろう代物を見せてくれた。野球ボールほどの大きさをしたクリーム色の卵が全部で五個、その姿を覗かせている。


「愛おしい……。私の子……」

「違うって☆」

「真に迫ると狂気を感じるの」


 賑やかな三人はさておき、卵を披露するあんことしらたまからの表情からは「ひと仕事やってやったぞ」みたいな達成感がうかがえて、オレはその労をねぎらった。


「お疲れ様。見せてくれてありがとな」

「みゅ」


 鳴き声を上げて、あんことしらたまは卵を身体の下に戻した。イヴァンの話によれば、ここから二ヶ月間、夫婦が交代しながら卵を温め続け、ようやく雛が孵るらしい。人も動物も、子どもを産むのは命がけなんだなと思いながら、オレはこの二匹のためにできることは何でもしてあげようと決めたのだった。


「名前考えなきゃネ☆」


 ベルの呟きにオレは頷いて応じた。そうだな、あんことしらたまの子どもだったら、やっぱり和菓子系の名前がいいかなあ。


 さまざまなお菓子の名称を脳裏に思い起こしている最中、「……そういえば」と、思い出したような口調でアイラが口を開いた。


「すっかり忘れておったが。あの二人はいいのかえ?」

「二人って?」

「クラウスとニーナじゃ。二人とも養豚場に残っておるぞ」

「……あ」


 完っ全に忘れてたよね。いやー、てっきり一緒に来るもんだと思ってうっかりしてたわ。


 ……数分後。


 ハイエルフの前国王からこれでもかというほどの文句をぶつけられましたね。「友だちを置いていくとは酷いヤツだ」とか、散々な言われようですよ。メデタイことがあったんだから、置いてきぼりにしたぐらい、大目に見てもらえないかなあ。ニーナだって、そう思うだろう?


「酷いですわ、お兄様」


 ゴメンナサイ。反省してます……。

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