307.変身と初仕事

 ヘルマンニはしばらくの間滞在し、オペラ座建設を含めた美観地区の計画に携わることになった。宿泊には来賓邸を使ってもらおうと思っていたけれど、「自宅に招きたい」というファビアンからの強い要望があり、結局は龍人族の残念イケメンの家に寝泊まりするそうだ。


 それはいいんだけど、ファビアンの奥さんでもあるフローラが驚かないかな? 気立てのいい子だけど、お客さんは骸骨で、しかも食事も摂らないとなったら、もてなし方がわからないだろうし。


「たぁくん、アタシにまぁかせてっ! こういう時に役立つスペシャルにエクセレントな魔法があるんだからぁ!」


 どこで話を聞きつけたのか、そう言って登場したのはヘルマンニと同じ魔道国出身のソフィアで、ツインテールの魔道士を見るなりヘルマンニはうやうやしく頭を下げるのだった、


「マルグレット嬢の妹君であられますな。ワタクシ、姉君には大変にお世話になっておりましてな!」

「いやぁん、こちらこそぉ。姉がご迷惑をお掛けしていないかと心配で心配でぇ……」

「とんでもないのですな。マルグレット嬢は歌劇団創設以来の逸材なのですな。看板役者の名に恥じない天賦の才でしてな、むしろこちらが助けてもらう一方なのですな」


 あくまで社交辞令として応じたものの、思っていた以上に実の姉を褒め称えられたことが内心面白くなかったのか、ソフィアは口角を微妙な角度でひくつかせながらも、なんとか笑顔を保っている。


「それで? スペシャルにエクセレントな魔法ってなんなんだ?」


 話題を戻すように口を挟むと、ソフィアははっと表情を改めて、思い出したかのように呟いた。


「そうだったぁ。アタシィ、変身の魔法が使えるのよぉ」

「変身の魔法というと、見た目を変える的なヤツか?」

「そうそう、まさにそれぇ」


 そういう便利な魔法もあるのかと思うと同時に、わざわざそんなことをしなくてもいいんじゃないかと、若干モヤモヤしてしまう。聡明な子でもあるし、事前に説明すればフローラだって理解してくれるとは思うんだよな。


「その変身の魔法、ワタクシからも是非お願いしたいですな」


 いまいち渋るオレとは対照的に、ヘルマンニは意外にも乗り気である。


「滞在中、ワタクシの外見で領民の皆さんを不安がらせるのは申し訳ないですからな。変身の魔法で対処できるのであれば、それでよいとおもうのですな」

「それはこちら側の都合だろ? ヘルマンニが領民に気を遣う必要はどこにもないんだぞ?」

「いえいえ、お邪魔するのはワタクシですからな。せめてそのぐらいはさせて欲しいのですな」

「は~い、決まりねぇ! それじゃあ早速やってみましょ~!」


 オレの返事を待たず、ツインテールの魔道士はブツブツと詠唱を始め、ヘルマンニに右手を向けた。程なくして骨人族の振付師の全身を白い光が包み込んだかと思いきや、十数秒ほどの時間をかけてゆっくりと消え去っていく。


 完全に光が消え去ったのち姿を現したのは、獅子のたてがみを彷彿とさせる、背中まで掛かったまばゆいばかりの金髪と、白く整った顔に青い瞳と長いまつげをした美貌の持ち主で。


 はい、どう見ても『ベルサイユのばら』のオスカルです。本当にありがとうございました状態なワケですよ。「薔薇はっ! 薔薇はっ! 美しくぅ散る~」という音楽がいまにでも聞こえてきそうな雰囲気なワケですわ。


 歌劇団の関係者だからこういう姿になったのか、それともソフィアが意図してこうして見せたのかはわからないけれど。ただひとつだけ言えることがある。


 こっちのほうが領民たちはビックリするって。「誰だ!?」ってなるもん、絶対。


 そういったわけで、ソフィアには悪いけれど、ヘルマンニには本来の骸骨姿のまま滞在してもらうことに決めた。いずれにせよ、これからフライハイトにやってくる機会が増えるのだ。その都度、変身の魔法使うよりも、いまから骸骨姿を見ておいてもらって、領民たちに慣れてもらったほうが手っ取り早い。


 フローラにはオレから直接説明することにしよう。あと、滞在中の食事として妖精鉱石も差し入れておかないとな。


***


 初仕事を終えたついでと言って、養豚場建設地にクラウスが姿を現したのは、それから二日後の話である。


 軍服姿のままのクラウスはニーナを伴っており、端整な顔立ちのハイエルフと陶器人形を思わせる美少女の組み合わせは、親子に見えても不思議ではないなとか、オレはそんなことを考えながら作業の手を休めた。


「初仕事……。ああ、街道警備か」

「どっちかってぇと、新兵訓練を兼ねた害獣駆除といったほうがいいだろうな。連中には相当の場数を踏ませてやらにゃならん」

「こちらで『漆黒シュバルツ幻影ファントム樹海ヴァルトメーア 軍』からの結果をまとめました」


 一片の書面を取り出したニーナは、秘書さながらに淡々と報告を読み上げていく。幼さが残る愛らしい声で聞くには、文面が硬すぎるなと思いつつ、オレはその内容に耳を傾けた。


「ダークエルフの国方面における街道沿いの森林警戒、並びに害獣駆除において。結果としては大型の満月熊一匹、中型の満月熊四匹を駆除。途中、マンドレイクチキンと遭遇し、鳴き声を上げられたものの鼓膜が破れるなどの被害はなし。死者ゼロ名、軽傷者ゼロ名」

「けが人がいないのは幸いだな」

「あったり前だろう? 俺が統率してんだぞ? ガキんちょどもにケガさせるわけねえだろうが」

「それにしては」


 書面をくるくると丸めながら、ニーナは半ば呆れがちに呟いた。


「初仕事で満月熊を相手にする行為は危険だったのではないのですか? 大型ともなれば一個小隊でも全滅の可能性があるかと」

「そんなに危ないのか?」

「満月熊の大型というのは、全長、四メートル以上のものを指しますわ。常人、ましてや狩りに疎い新兵などが相手にしてよいものではごさいません」


 視線を転じた先では頭の後ろで両手を組んだクラウスが、空を見上げながら口笛を吹いている。


「……おい」

「しょうがねえだろ、出会っちまったんだから。放っておけば、交易商人が危険な目にあるかもしれねえし」

「そりゃわかるけど。とにかく、くれぐれも慎重に進めてくれ」


 へいへいと応じるハイエルフの前国王をため息交じりで眺めていると、小さな咳払いの音が耳元に届いた。


「お義兄様。折り入ってご相談があるのですが」

「どうした、ニーナ。改まって……」

「クラウス様の報告を受けて考えたのですが、街道沿いに宿場を作っていただけないかと思いまして」

「宿場?」

「はい。現状、交易商人のほとんどが護衛を伴ってフライハイトを訪れます」


 それはオレも知っている。商人たちの国からここまでは距離があり、中には野盗が出没する危険な地域もある。金目のものを積んだ荷台が標的になるのは当然で、交易商人と護衛は切っても切り離せない関係なのだ。


 しかしながら、護衛を付けたところで不安を完全に拭うことは出来ない。彼らは長距離移動のほぼすべての行程で野宿をしなければならず、休息の間はどうしても警備が薄くなるからだ。


 そこに満月熊やスピアボアなどの害獣が襲ってきたら……。待ち受けているのは悲惨な結末である。


「そこで宿場建設です。警備の整った宿泊施設を街道沿いに設ければ、交易商人の信頼を向上させるだけでなく、結果としてフライハイトへの往来が増えることにも繋がるでしょう」

「泊まれば泊まるだけ、収入カネも入るしな。いいアイデアだと思うぜ」

「悪くないとは思うけど、結構な数の街道があるぞ? 一気に全部作るわけにもいかないだろ」

「ええ、まずはダークエルフの国との間を結ぶ街道沿いに作られるのはいかがかと。ダークエルフの国との関係性は良好で、宿場建設にも協力してくれるはずですわ」


 ダークエルフの国にもいくつかの宿場を建設してもらい、収入を得させることで、双方にメリットが生じるでしょう。ニーナは話をまとめると、返答を待つようにこちらの様子を伺っている。


「うん、いい考えだな。早速、イヴァンに使者を送って長老会に話を持ちかけてもらうとしよう」

「ありがとうございます」

「さて、そうなると誰を使者にするかだけど……」


 思案を巡らせようとしたその時だった。遠くから二人の人物が慌てた様子で駆けてくる姿を視界に捉えたのだ。


「お~い、タックン☆ 大変っ、大変っ!」

「タスクや、一大事じゃ!」


 ギャルギャルしい格好をした褐色のダークエルフと、猫耳をピョコピョコと動かす猫人族は息を弾ませ、目の前で立ち止まった。


「どうしたんだ、ベルもアイラも。そんなに慌てて」

「う……」

「……う?」

「産まれたのっ!」

「はぁ?」

「そうじゃ、産まれたのじゃ!」


 全員の視線がこちらに集中する。オレは真っ先にリアの顔を思い浮かべ、その後に続く声も待たず、領主邸に向かって走り出した。

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