299.軍隊編成協議
滞留した空気のように、執務室の中を沈黙の時間が漂っている。
ズレ落ちそうになったメガネを慌てて押さえると、アルフレッドは忙しく頭をかき回した。並んで座るニーナは平然とその様子を眺めやり、紅茶を口元に運んでいく。
テーブルを挟んだ向かいには腕組みをしたまま考え込むガイアと、不遜な面持ちを浮かべて足を組むクラウスがいて、"四者四様"と例えるのがしっくりくる光景を見やりながら、オレは執務机の上を音もなく指で弾いた。
――弓矢のお披露目から二日後。
フライハイト首脳陣と治安警察代表であるワーウルフのガイアを集め、新たに発足される軍隊の規模について協議する。……そう決めたまではよかったのだが。
軍隊のトップの座につく予定にあるハイエルフの前国王が、協議が始まって早々に機先を制すると、それがきっかけとなって、場の空気は冷え切ってしまったのである。
ちなみに首脳陣の中にファビアンの姿はない。ことさら邪険にしているわけではなく、技術提携の使者としての任務を担ったファビアンは、昨日のうちに魔導国へ出立したのだ。
出立直前、意気揚々としていた龍人族のイケメンは、ハンスがお目付け役で同行することを知るやいなや、空気の抜けきった風船のようにやる気をしぼませていた。
そんなに嫌がらなくてもいいのにと内心思っていたものの、義務感と使命感に瞳を輝かせる老執事の顔を見やってしまっては、若干、ファビアンが気の毒になってしまう。
とはいえ、ブレーキ役は必要なので、これもお前のためを思ってなんだよと強引に言い聞かせては、ガックリと肩を落とした残念イケメンの後ろ姿を見送ったのだった。
一方、カミラは久しぶりにドSの要素を刺激されたのか、ほとほと弱りきったファビアンを見ては嬉々としていたようだ。
少しぐらい、いたわってやってくれよと思わなくもないんだけど……。
っと、いけない。本題に戻ろう。軍隊についての協議についてだ。
どうして部屋中を沈黙が支配しているのか? それは開口一番、クラウスがこんなことを言い放ったからである。
「最低でも二百人は欲しいところだな。多いにこしたこたぁねえが、とりあえずはそのぐらいの規模でいいだろ」
二百人といえば、フライハイト領における人口の一割を占める。さすがのアルフレッドも鼻白んだようで、「二百人……?」と呟いたきり、口を開こうとしない。
治安警察のトップであるガイアも目をつぶっては考え込んだ様子をみせている。それもそのはず、急増する人口と交易商人の出入りに対処すべく、増員について相談を受けていた最中なのだ。
ガイアにしてみれば、軍隊に回す人員があるなら、その分を治安警察に割いてほしいという心情なのだろう。オレとしてもなんとかしてやりたいけど……。
クラウスの態度からして、「譲る気は一切ない」というのがひしひしと伝わってくるのだ。はてさてどうしたものかねと考えていると、微妙な角度に眉を動かし、アルフレッドが重い口を開いた。
「クラウスさんのご提案は、いささか過剰ではないかと思うのですが……」
「過剰なもんか、軍隊だぞ、軍隊。そこらへんの私兵団とはわけが違う」
「お気持はわかります。しかしながら、人的資源にも限りがあるのです。一部の組織へ極端にリソースを割いたとなっては、それを支える社会基盤が成り立ちません」
「フライハイトが置かれている環境を考えてみろよ。三カ国との国境に面しているんだぞ? 自衛力を保持してこそ、安全な社会基盤が築かれるってもんだろうが」
「三カ国とも、交易によって良好な関係を築きかけているのです。軍事力の強化は、双方にとって、いらぬ緊張感を作り出すとは思われませんか?」
……どちらの言い分にも理がある。ハイエルフの前国王も、財務担当者を説き伏せることが難しいと察したのか、その視線をわずかに横へ動かした。
「ニーナのお嬢ちゃんはどう思う?」
財務担当補佐を務める天才少女に話題を振って、クラウスは微笑みを浮かべる。
「明晰な嬢ちゃんなら、オレの話している内容を理解すると思うんだがな」
「私はあくまで補佐の立場。財務を任されているアルフレッドさんのご意見を尊重いたしますわ」
「……構いませんよ、ニーナさん。ご自身で思うことがあるのなら、遠慮せずに仰ってください」
アルフレッドが息を漏らしながら呟くと、ニーナは静かに語りだした。
「経済交流都市という大陸でも稀な要所でありながら、フライハイトの抱える弱点は、まさに自衛力の欠如と言わざるを得ません」
「その通り」
「しかしながら突発的な自衛力の強化は、周囲に悪影響を及ぼす危険性もはらんでいます。ここを緩衝地帯にするような未来予想図は回避してしかるべきかと」
「仰る通りですね」
二人の意見に同意を示しつつ、天才少女はこちらに視線を転じた。
「お義兄様。ここは防衛力と自衛力が釣り合うよう、調整を図るべきだと思いますわ」
「つまるところ、軍隊と警察とのバランスを取れってことか?」
コクリと頷き、ニーナはガイアに問いかけた。
「治安を維持する点で、現状、かなりの負担を強いられていると聞き及んでおります。可及的速やかに増員する必要があるのでは?」
ようやく目を開けたワーウルフは、ニーナの識見に感嘆の意を示し、腕組みを解いて声を上げた。
「左様。現状、治安警察には五十人が所属しておりますが、これを倍にしていただきたいのが本音ですな」
「百人、か」
「良質な筋肉は、適度な負荷から作り出されるもの。マッチョ道を探求する者として、筋肉を痛めつけるような過重労働を見過ごすわけにはいきますまい」
てっきり、「なんとかなりますぞー!」とか精神論を展開すると思っていたんだけど、上に立つ者として、意見する時は意見するというのを心得ているようだ。
ガイアの話に耳を傾けて、オレはアルフレッドに問いかけた。
「ざっとでいいんだけど、どのぐらいの人数だったら支障がないんだ? 警察と軍隊に割り振るとしても、人数を把握しておかないと」
「そうですねえ……。あわせて七十人から八十人といったところでしょうか」
「少なすぎる!」
抗議の主は言うまでもなくクラウスである。
「戦争ごっこをやるのとは違うんだぞ? フライハイトの正規軍なんだ! その人員でどうやって領地を守れる!?」
「とはいえ、アルフレッドの意見を無視するわけにもいかないだろう? 軍を維持するのにも
制するように声をかけると、ハイエルフの前国王はたまらずといった具合で立ち上がった。
「軍隊を結成するのに絶好の機会なんだ! これを逃すと、あとあと厄介なことになる」
「厄介? 段階的に増員させていっても特に問題ないと思うけどな」
「甘いな、タスク。そりゃ、いまだから言えることであってだな……」
クラウスは呼吸を整えるようにため息を漏らし、一拍の後に話を続けた。
「……
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