297.弓矢開発(前編)
「そういや、前にそんなことを言ってたな」
領地の防衛力を強化するため、軍組織は必須だとクラウスだけじゃなくてアルフレッドにも言われてたっけ。……ということはだ。
「この弓矢が、軍隊の装備品になるわけか」
「半分正解で、半分はハズレだ。このうちのいくつかは商品として他国に売り出すつもりだからな」
特に、いまクラウスが手にしている弓こそ目玉商品となりうる代物らしい。見た目には普通の弓とまったく変わらないけど、性能とか、使いやすさとか、わかりやすい特徴があるのだろうか?
ハイエルフの前国王は、よくぞ聞いてくれたといわんばかりに会心の笑みを浮かべ、従来では成し得なかった強度と耐久性、弦の反動の少なさ、この弓専用に作られた矢の威力について饒舌に語り始める。
そして、「優れた武具には、それ相応の名称がついていなければダメだ」と断言し、期待の眼差しでこちらを見やった。……なるほど、どんな名前をつけたのか聞いてほしいわけだな?
「……で? その弓にはどんな名前がついているんだ?」
「お? やっぱり気になるか? そうだよなあ、気になっちゃうよなあ?」
「いや、実を言うとそんなに気にならないんだけ」
「よしよし、お前さんがそこまで言うなら教えてやるよ!」
ガン無視を決め込んで、クラウスは軽く咳払いをすると、軽く息を整える。言いたくて仕方ないなら早く教えろって。
「いいかよく聞けよ? この弓の名称はだな……ズバリ! 『クラウス型
仰々しく言い放つと、ハイエルフの前国王はドヤ顔を浮かべてみせる。……えーと? クラウス式……なんだって?
「『クラウス型
あ~、そう……。お前の名前がついているような感じがしたんだけど、やっぱり聞き間違えじゃなかったか。
これから売り出そうとする武器にまで、自分の名前をつけたがるほど、承認欲求が強いタイプだったっけかな? と、友人の性格に疑問を抱きかけたその矢先、補足するようにランベールとリオネルが口を挟んだ。
「この弓の大きなウリは、クラウス殿のお名前を冠している、その点につきるのですよ」
どういうことだと首をかしげるオレに、二人の鍛冶職人は続ける。
「達人が扱う武具には相応の価値が生じます。つまり、最初から武具を達人仕様にしてしまえば、売り出す際にそれだけ付加価値がでるという話なのですよ」
「達人の名前を冠することで、自身が実際にそれを扱っていると公言なさるわけですからな。同じ道を志す者にとっては垂涎の的になるかと」
……ああ、わかった! 元いた世界でいうところの、各スポーツメーカーが販売している、『トップアスリート仕様アイテム』みたいなヤツだわ、これ。
大谷翔平モデルのグローブとか、久保建英モデルのスパイクとか、大坂なおみモデルのテニスラケットとか、いわゆるそういうやつ。へぇ~、世界は違えど、商品を売り出す手法は同じなんだなあ。なかなかに興味深いね。
……ん? ちょっと待てよ。
「達人の名前を冠するのが重要なんだよな?」
「左様です」
「クラウスって、弓の達人だったの……?」
「……マジかよ、タスク……。冗談きついぜ……」
オレの質問に相当なショックを受けたのか、ハイエルフの前国王はガックリとうなだれた。
「タスク殿……。私が言うのもなんですが、クラウス殿は大陸でも一、二を争うほどの弓の名手ですぞ」
「それも類い稀な、と、表現するのがふさわしいほどの技倆ですよ。知らない人のほうが珍しいと申しましょうか」
呆れ半分に呟く二人の鍛冶職人。……え? マジで? クラウス弓の達人だったの? ……あ、それで落ち込んでたのか!?
「お前さんが知ってる前提で説明してたんだぞ……? ショックも受けるわ」
「知るわけないって。教えてくれなかったじゃんか」
「あのなあ……。『いやあ、実は俺、弓の達人なんスよ?』とか自分から言うはずねえだろ? 想像しただけでメチャクチャ恥ずいわ」
ハイエルフの前国王は、わずかに赤面し、半ばヤケクソといった具合に胸を張った。
「あー、はいはい! そうでーす! 俺が大陸一の弓の達人のクラウスでーす! これでいいかっ!? ……たく」
恥ずかしそうに視線を逸らし、クラウスは艶のない銀色の頭髪をかき回している。なんか……ゴメンな? お前がそんなに凄いヤツだって知らなかったんだよ……。
「しみじみ言うなっ。もっと傷つくだろうがっ」
「いや、悪い悪い。これからは記憶に留めておくからさ」
そうかあ。それだけ名が知れ渡っているなら、クラウスの名前がついているだけで、欲しがる人がたくさんいるって話に繋がるワケね。なるほどなあ。
「クラウスの名前がついている理由はわかったけど、その後に『疾風』ってつけているのも、何かしらの意味があるのか?」
いまさら説明されなくても、クラウスの二つ名が『疾風』であるのは知っている。オレが言いたいのは、クラウス自身の名前だけを全面に打ち出して売るだけで十分じゃないのって話で、わざわざ二つ名までつける理由がどこにあるのかという点なのだ。
そんな素朴な疑問に対し、ハイエルフの前国王は、まず、軽いため息で応じるのだった。……ええ? まだ何かあるの?
「いや、もう……、ガッカリだわ」
「なにがだよ?」
「お前さんのセンスなら、俺の意図を汲み取ってくれると思ってたんだけどなあ」
「ご期待に添えなくて悪かったな。……で? 疾風までつけた理由は何なんだ?」
「そのほうがカッコいいからだよ」
クラウスは言い放った。キッパリと、明快に、である。
「……え? マジで?」
「マジで」
「ガチでそれだけ?」
「ガチでそれだけだぞ?」
視線をやった先では、二人の鍛冶職人がよくぞ言ってくれたとばかりに、ウンウンと頷いている。……カッコ悪くない? と、思ってしまった自分の感覚に自信が持てなくなるんだけど。カッコいいの? 本当に?
いや、それならそれでいいけどさあ……。なんだろう、この疎外感。まあ、感性は人それぞれですし? ぶっちゃけてしまえば、売れたらもうそれでいいっていうか。
とにもかくにも、この中二病じみた名称の弓が在庫の山とならないように願うばかりである。
テーブルの上には、紹介を待つ弓矢たちが出番はまだかとばかりに存在感を放っている。オレは視線を動かすと、残りの弓矢についての説明を三人に求めたのだった。
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