296.コーヒーと依頼品

 フライハイトが誇る鍛冶職人に呼び出されたのは、とある夏日のことだった。


 二つの太陽がいつにも増して激しく自己主張し、大地を照りつける。湿度はないが暑いという事実に変わりなく、オレは空に向かって「せめて片方だけでも、おとなしくしてくれないかなあ」とか、異世界ならではの自然現象に文句を漏らすのだった。


 ……やれやれ、こうやって言語化してしまうと、こちらの世界のでたらめさっぷりに改めて気付かされるな。まあだからといって、元いた世界のように太陽が一つになったところで、いまさら違和感を覚えてしまうんだけどさ。


 結局は環境に適応できるかどうかが重要なんだろうな。一秒でも早く涼を求めるために結論付けると、オレは集会所に向かって歩き出した。


***


「タスク殿。お待ちしておりましたぞ」


 集会所の扉を開けると、魔法石でこしらえた冷風機の微風とともに、よく通るバリトンの声がオレを出迎えた。


 声の主は隆々とした長身と錆色の短髪をしたダークエルフで、名前をランベールという。『名工』の称号を持つ凄腕の鍛冶職人であり、ここ最近は若手職人の育成にも力を入れている。


「ご依頼いただいていた品、ようやく完成しましたよ」


 ランベールの後ろから現れたもう一人のダークエルフは、青色の短髪をした細マッチョの男性で、名前をリオネルという。ランベールと同じ鍛冶職人であり、また公私にわたるパートナーでもある。


「いやはや、簡単に作れるかと思いきや、なかなかに苦労しましたな」


 リオネルの腰に手を回しランベールが呟くと、青色の短髪をしたダークエルフは身体を預けるようにしてパートナーにもたれかかった。


「そうなんですよ~? ランたんってば、領主様のお願いだからって張り切っちゃって。ボク、軽くジェラシーを感じたんですから!」

「おいおい、それは言いっこなしだろうリオたん。『お世話になっている領主様のため頑張ろうね!』、そう言っていたのはそっちじゃないかあ!」


 眼前にオレがいるのもお構いなしに、ダークエルフの大男二人が互いの身体をくにゃらせながらイチャつき始める。いつものことながら、仲がよろしいようでなによりだ。


 そういえば、今年中に式を挙げたいって言っていたし、その時が来たら派手にお祝いするとしよう。なにせ、大陸初の同性婚になるのだ。これが他の同性愛者たちにとって、よいきっかけとなることを願おうじゃないか。


 ……それはさておいて、だ。


「なんでお前がいるんだ?」


 二人の鍛冶職人の肩越しに、ハイエルフの前国王の姿が見える。


 テーブルの一角に陣取ったクラウスは、優雅に紅茶を堪能していたようで、ティーカップを受け皿に戻すと、わざとらしく足を組み替えるのだった。


「なに、俺もこの二人に依頼してたモノがあってよ。完成したって聞いたんで、お前さんにも見せてやろうと思ったわけだ」


 そう言って、斜め向かいに視線を転じてみせる。いや、まあ、これみよがしに大きな布で覆い隠された、”何か”があるのには気付いていたけどさ。


「……一体何を作ってもらったんだ?」

「そいつはあとのお楽しみってヤツだ。とにかく、お前さんの用事を済ませてからだな」


 もったいつけた口調で呟き、クラウスはランベールたちに話を進めるように促した。何なんだ、一体?


「……ゴホン。失礼しました、タスク殿。本題に移りましょうか」


 気を取り直したようにリオネルから離れると、ランベールは空中に魔法のカバンを出現させてを、中から二つの品物を取り出してみせる。


「ささ、直接、手にとって御覧ください。タスク殿からご依頼いただいた、コーヒーミルと焙煎機になります」


 鍛冶職人から受け取ったそれは、上部についたハンドルを回すタイプの手挽き用コーヒーミルと、まごうことなき回転式の焙煎機――コーヒーロースター――である。


 小型ながら本格的なコーヒーロースターを実際に見るのは初めてだ。バーベキューに使われるコンロをした土台部分の上に、取っ手のついたメッシュ状の車輪がセットされている。


 仕組みとしてはこうだ。メッシュ状の車輪の中に生豆を入れ、コンロに炭火をくべる。あとは取っ手を回し、車輪を回転させることで、むらなく生豆を遠火で焙煎できる。


 簡単なイラストと口頭による解説だけで、これほどまでに完成度の高い代物が出来上がったもんだな。職人の力量に感動と感心を覚えながら、オレはランベールとリオネルに礼を述べた。


 さてさて、ここまで話を聞いていたなら、さぞかし疑問に思われるだろう。「いまさらどうしてコーヒーミルとコーヒーロースターを依頼したのか?」と。「美人のメイドが淹れてくれる美味しい紅茶があるんだし、不満はないだろう?」と。


 確かにね、そう思わなくはないんだけどさ、たまには美味しいコーヒーを飲みたくなるときがあるのよ。


 事の発端は二年前。ハイエルフの国から薬用として取り寄せていたコーヒーの生豆を、嗜好品として楽しむため、コーヒー同好会を結成したまではよかったものの。


 ああでもないこうでもないと試行錯誤と研究を重ねた結果、オレはとある真理に辿り着いたのだった。


「……味を安定させるためには、ちゃんとした道具が必要だな……」


 こちらの世界でお茶といったらイコール紅茶であり、他の飲み物が入る余地もないほどに、それは覆せない常識である。そういった事情もあって、コーヒー用の道具が存在するはずもなく。


 頼りになる鍛冶職人が来てくれたこともあり、せっかくならばとコーヒ-ミルと焙煎機の製作を依頼したのだった。いやはや、これでようやく美味しいコーヒーが飲めるようになるのだ。感慨無量ってヤツですな。


 ……そうだ! せっかくだし、お礼を兼ねてランベールとリオネルにもコーヒーをご馳走しようじゃないか。紅茶に強いこだわりを持つダークエルフも、美味しいコーヒーなら受け入れてくれるはず!


 心からの感謝を込めて、そう持ちかけてみたのだが……返ってきたのは引きつったような笑顔と、見事なまでにハモった「遠慮しておきます」という一言だった。……そっか、そうだよな。ショックを受ける話でもないか……。紅茶党の壁は分厚く、なおかつ高いってわかってたもんな?


「タスクよぉ。お前さんの気持ちはわかるが、あんな真っ黒で気味の悪い飲み物、たとえ善意だったとしても、人に勧めるのはどうかと思うぜ?」


 紅茶党という政党が立ち上がったら、間違いなく党首を務めるであろうハイエルフの前国王は肩をすくめてみせる。そういう一方的な批判と、飲まず嫌いはよくないと思うぞ、オレは。


 だいたい、クラウス自身、美味しいコーヒーを飲んだことがないだろう? 今度、ちゃんとしたコーヒー淹れてやるから、一度飲んでみてだな、お前も『違いがわかる男』になってみろって。


「いらんいらん。そんなことよりも、だ」


 半ば話題を打ち切って、クラウスはテーブル上の大きな布に手をかけた。くっそ~……、いつの日か美味しいコーヒーを飲ませてやるからなと思いつつ、これ以上の説得はムリそうなので、不本意ながらもハイエルフの前国王の話に乗ってやることにする。


「……ああ。なんか頼んでたんだっけ?」


 意識していなかったが、結構ムカついていたらしい。やけに突っかかった返事になってしまった。オレのその口調に、クラウスは微妙な表情を浮かべ、「悪かったよ」と声に出して詫びると、機嫌を取るかのように話を続けた。


「そう怒りなさんなって。お前さんにも関係のある、とってもいいものを作ってもらったんだからよ」

「いいもの?」

「おうさ! 見て驚け!」


 ジャジャーンという効果音を自分自身の口から発し、クラウスは除幕式さながらの大仰さで手にしていた布を取り払った。


 そうして出てきたのは大小様々な形状をした弓矢の数々で、そのうち一つを手に取ったクラウスは、得意げな面持ちでオレに見せつけた。


「どうよ?」

「どうよって言われてもな。弓だろ?」

「はぁぁぁぁ……。お前さんはこれだからなあ。これだけの逸品、ロマンを感じないでどうする」


 ロマンはさておき、これだけの弓矢をどうするつもりなのか? 尋ねるオレにハイエルフの前国王は不敵に応じた。


「決まってる。軍隊を作るぞ」

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