291.新事実

 ダークエルフの国からイヴァンがやってきた。エリザベートと魔道士一行の来訪から十日後のことである。


 リアの懐妊を祝う名目で派遣されたそうで、長老たちからの贈答品を携えてやってきた義弟は使者としての体面を守ってか、堅苦しい挨拶に終始している。


 長老たちから遣わされた以上、公的な役割を担うのはわかるけど、久しぶりに顔を合わすのだ。オレとしてはいつも通り、ざっくばらんに振る舞って欲しいところである。


「ですが……」

「オレとお前の仲じゃないか。他所の国に赴いたわけでもなし、身内同士、気楽に話そうぜ」

「そう、ですね。義兄さんが仰るなら」


 執務室のソファをイヴァンに勧めてから、テーブル越しのソファへと腰を下ろすと、識者として知られるダークエルフが気遣わしげな眼差しをこちらに向けていることに気付いた。……なんだ? なんか顔についてるか?


「いえ、そういうわけではないのですが。お疲れのように見えたので」

「そうか?」

「ええ、なんとなくですけれども」


 うーん……。ダークエルフの国の外交を担っている人物だけあって、鋭い観察眼だなあ。まあ、正直に言ってしまうと、ここ最近は確かにお疲れモードなのだ。


 例の技術提携でやらなければいけない仕事が一気に増えてしまい、貴重な昼休憩を早めに切り上げて執務にあたるという有様である。昼食後の午睡ができないとか、カンベンしてもらいたいんだけどね。


 あ、言っておくけど、領主の特権で昼寝をしているわけじゃないからな? 領内における一日のライフスタイルとして、全員に昼休憩を長く取ってもらう仕組みになっていることだけは知っておいてもらいたい。


 オレがここに来たばかりの時は一日八時間労働とかやっていたけど、こちらの世界の人たちにしてみたら「長すぎる!」と言われてしまったので、それならばと一日五~六時間働けば良しという法を作ってしまった。もちろん残業は禁止だ。


 そういった事情もあって、「上に立つ者が法を遵守しなければ示しがつかない」と、率先して一日六時間労働をしっかり守っていたのだが。


 ここ十日間ほどは不道徳の極みと罵られても甘んじて受け入れるしかないといった具合で、いやいや八時間働いているといった次第なのである。その代わり、残業はしない。残業は悪い文化だからなっ。お前だけは存在を認めんっ!


 ……おっといけない、話が逸れたな。


 とにかく、だ。推察が当たっている旨をイヴァンに伝え、ため息交じりで応じておく。外交上の問題もあるので、エリザベートとマルグレットの一件はぼやかしておいたけど、仕事量が増えたことぐらいは愚痴をこぼしてもいいだろう。


「なるほど、ジゼルがはりきっていたはずですよ」


 イヴァンの話では領主邸に来る直前、白衣をまとったダークエルフの少女と久しぶりの再会を果たしたそうだ。


 ジゼルはやる気と熱意に満ちた声で「領主様に飲んでいただく栄養剤を作るのですっ!」と言い残すと、マンドラゴラを片手にむんずと掴んだまま病院へと向かったらしい。ありがたい話じゃないか。


 もっとも、ジゼルのことだから、掴んでいたマンドラゴラはセクシーな形状だったんだろうなと想像できてしまうあたり、イヴァンにしてみたら複雑な心境かもしれない。


 で、その想像はどうやら正解だったようで、知的な面持ちを一瞬だけ曇らせると、イヴァンは表情とともに話題を切り替えるのだった。


「それにしても驚きましたよ。龍人族と人間族の間で子どもが出来るなんて。聞いたことがありません」

「らしいな。でもさ、それって単に龍人族と人間族との交流がなかったからって話じゃないのか?」


 人間族が統治する二つの国家、帝国と連合王国は、双方とも龍人族の国との国交が樹立されていない。いまでこそフライハイトの市場で取引を行う関係だけど、それ以前は顔を合わせる機会すら皆無だったはずだ。


 であれば、龍人族と人間族との混血など産まれてくるわけがない。ま、それも交流の場が増えれば、珍しい話でもなくなるだろう。


 それよりも、以前から気になっていたことがある。


「ダークエルフの国って、人間族の国に面しているんだよな?」

「ええ、その通りですが」

「それなら人間たちと関わる機会が多いだろう? ダークエルフと人間との混血はいないのか?」


 こちらの世界に来てからというもの、様々な種族に出会ったけれど、『ハーフエルフ』という種族を耳にしていないことがずっと引っかかっていたのだ。


 隣国同士繋がりはあるだろうから、そういった存在が少なからずいるのでは? ……と、考えていたのだが、義弟は微妙な角度に眉を動かして、慎重に言葉を紡いだ。


「お考えはもっともなのですが、こればかりは天の思し召しといいましょうか……。そういった関係になった者たちが子を成したという例は……」

「……ないのか?」


 こっくりとイヴァンは頷いた。


「ダークエルフとハイエルフとの間では珍しくないのですが、相手が人間族となると知っている限りでは皆無かと」

「そうか」


 相づちを返すと、室内の温度が下がったような感覚に陥った。つまるところ、ベルとの間に子どもが出来ないとも受け取れる事実に、それでもイヴァンは真摯に話を続ける。


「で、あるからこそ、俺としてはむしろ義兄さんに期待しているのですよ」

「期待?」

「兄さんとベル姉さんとの間に子どもが産まれるなら、我々ダークエルフの一族にとっても明るい希望となります。是非ともこれまでの定説を覆していただきたいところですね」

「そんなに上手いこといくかなあ?」

「人間族とはいえ、義兄さんは異邦人ですし。相手はあの姉さんですよ? 変わり者同士相性も良いのでは?」

「はっきり言ってくれるじゃないか。ええ、イヴァン君よ?」


 軽口とも受け取れる冗談を会話に織り込むと、オレたちは顔を見合わせて笑った。こればかりは考えていたところで仕方ないし、暗い話題で終わるよりかはいいだろう。


「なにはともあれ、リアさんが無事にご出産なされるよう、大地と風の精霊に祈りを捧げておきます。ご予定はいつなのですか?」

「マルレーネの話では秋口らしいけど」

「そうですか、それではおめでたが重なりますね」


 ……おめでた? え? 他に誰か妊娠してたっけな?


 首をかしげるオレを見て、イヴァンは苦笑気味に付け加えた。


「人ではなくて、ミュコランですよ。二匹ともそろそろ繁殖期を迎えますし」

「ああ、あんことしらたまのことか」


 繁殖期っていうからには、あのきょうだいの相手を探してくれるとか、そういう話かと思ったのだが、どうやらそういうわけではないらしい。今度はイヴァンが首をかしげて、不審の色を瞳にたたえている。


「きょうだいとは?」

「いや、あんことしらたまのことだろ?」

「え?」

「え?」

「……?」

「……?」


 お互いに首をかしげ合って無言になること数秒後、機先を制したのは義弟のほうで、納得の表情を浮かべては何度も頷いてみせた。


「なるほどなるほど、そういうことでしたか! ようやく理解できましたよ」

「理解できたって、何がだ?」

「そもそも、俺の説明が至らなかったのが勘違いの原因と言いましょうか」

「はあ……」

「あの二匹、きょうだいではありませんよ」

「……は?」

「もとより親が違いますし」

「そうなの?」


 マジか~……。今更ながらの新事実だわ。あんなに仲がいいのは、きょうだいだからだとばかり思ってたよ……と、オレが率直な感想を述べるよりも早く、続けざまに義弟の口からは衝撃の事実が発せられた。


「仲がいいのは、つがいだからでしょうね」

「……は?」

「あんこはメスで、しらたまはオスですから」

「……え? もしかして夫婦ってこと⁉」

「ええ。二匹の関係性から見て、まず間違いないですよ」

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