286.技術提携と交換条件

 ……ガラクタ。ガラクタときましたか……。


 構築ビルド再構築リビルドを駆使して作り上げた代物を、ガラクタ呼ばわりされてしまってはカチンとくるな。単なる木材を、薄い円筒状にする技術はなかなかに立派なものだと自分でも自負があるだけにね。


 文句のひとつでもつけてやろうかと口を開きかけると、反対側から「お待ちください」と声が上がった。


「『魔法石ドライヤー』は、ここにおわすタスク様が最高の技術を駆使して作り上げた品にございます。いくらマルグレット様でも、お言葉が過ぎるかと思うのですが」


 恐縮の色を滲ませながらも、そう抗議したのはグレイスで、マルグレットをまっすぐに見つめては反応を伺っている。


「なるほど。確かに木材の加工技術は見事としか言い様がありません。その点については撤回しましょう。……ですが」


 そこまで言い終えたマルグレットは、テーブルのドライヤーに手を伸ばし、円筒の後ろの部分をカチャリと取り外した。そして、炎の魔法石と風の魔法石がはめ込まれたアタッチメント部分を見せつけるように披露しては、なおも続ける。


「この魔法石だけはいただけません。これならば、三流の付与術士が錬成した魔法石のほうが、はるかにマシというものです」


 付与魔術の大家たいかとしての矜持が許さないのか、マルグレットはドライヤーに付属していた魔法石についての欠点を、実に十六個も挙げ連ねてから、ソフィアとグレイスに向かって言い放った。


「魔法石の精製に携わっていた者として、このような欠陥品を世へ送り出すなど、恥ずべきことだとは考えなかったのですか?」


 クールビューティとして知られるグレイスも、この"口撃"に対しては為す術もなかったようだ。反論に窮したといった様子で額に流れる汗をハンカチで拭っている。


 それならばと横にいるソフィアへ視線を移すも、議論に対してまったくといっていいほどの無関心さを態度で示すかの如く、大きなあくびをひとつすると眠そうに目元をこするのだった。……お前、一応当事者なんだから、ちょっとぐらい何か言ったらどうなんだ?


「だってぇ。アタシぃ、魔法石の出来映えなんてぇ、どうでもいいって思ってるもーん」


 火に油を注ぐような言動は止めてくれと内心ヒヤヒヤしていると、ソフィアは企みを含めた眼差しでこちらを見やった。


「そんなことよりぃ、たぁくんこそ何か言ったらどうなのよぅ?」

「……領主殿に対してその口の利き方はなんです。はしたない」

「あ、お姉様はちょっと黙っててぇ」

「だ、だまっ……!」


 まあまあと一方をなだめながら、もう一方へと視線を戻す。ツインテールの魔道士は姉の怒気などお構いなしに、話を続けた。


それぇドライヤー。たぁくんがぁ、苦労して作ったんでしょう? ガラクタとか出来損ないとかポンコツだなんて言われてるんだよぉ?」

「そこまで言われてねえよ」

「とにかくぅ、ヒドいと思わないのぉ?」

「そりゃあ……」


 ヒドいとは思うよ、オレだって。でもなあ、木材の加工技術はあちらさんも認めているみたいだし。それに、本家本元から魔法石についてクレームを入れられると、正直、オレとしても反応に困ってしまうんだよなあ……って。


 ……あれ……? ……何か、引っかかる……ような……?


 マルグレットの発言をまとめると、「木材の加工技術は見事、魔法石は欠陥品」ってことを言っているだけだよな……? ……と、すると……?


 あることを閃いたオレは、とある提案をマルグレットに対して持ちかけた。


「このドライヤーに使われている魔法石にご不満がある、つまりはそういう話なんですよね?」

「そのように申し上げております」

「そこでです、あくまでこれはご相談なのですが……」

「……?」

「今後、魔法石の精製に関しては、技術面で提携しあうというのはどうでしょう?」


 遅かれ早かれ『魔法石ドライヤー』は大陸に普及していくだろう。であれば、魔法石の大家に監修してもらった方が箔がつくし、性能面に関しての不安も払拭できる。


 国の貴重な交易品である魔法石を取り扱う名門に対して持ちかける提案じゃないけどさ。このまま黙っていてもラチがあかないし、なんとか事態の打開ができないかと思っての発言は、結果として意外な人の賛同を得ることとなった。


「あら、いいじゃない、技術提携。素晴らしい考えだと私は思うわよ」

「馬鹿なっ! 何を仰るのですか、エリザベート様!」


 穏やかな王妃の声に重なるようにして、マルグレットの荒々しい声が部屋中に響き渡る。


「魔法石は我が家の秘伝ともいうべき貴重な品なのです! 国の財産ともいえる技術をたやすく他所へ伝えるなど」

「貴女はそう言うけれど……」


 テーブルの上の魔法石を指して、エリザベートはにこやかに続けた。


「出来はどうであれ、貴女の家の助力がなくてもタスクさんたちは魔法石を作った。その事実は覆りようがないわ」

「……このようなもの、魔法石など……」

「宝石と同じ、違いなんて素人目にはわからないものよ。現にこのドライヤーだって、魔法石があしらわれたものだって考えたもの。"私"は、ね?」


 私、という言葉を強調するエリザベートに、ほんの一瞬だけたじろいだ様子を見せるも、マルグレットはすぐに表情を消してみせる。


「……わかりました。エリザベート様がそこまで仰るのであれば、私もこれを認めざるを得ません。……ですが、技術提携となれば話は別です」

「お堅いわねえ」

「いわば国家の知的財産なのですよ? それを無償で提供するなど論外も甚だしい」

「もちろんよ。タスクさんだって、タダで魔法石の作り方を教えてもらおうだなんて考えてないでしょうし」


 ねえ? という言葉とともに振り向いた王妃は、オレを見るなり、いたずらっぽくウインクした。


「技術提携を持ちかけるぐらいだもの。この領地で培った知識や技術を魔道国に伝えるつもりなのでしょう?」

「え? ええ、それはもちろん」


 魔道国の貴重品に釣り合うものが、この領地フライハイトにあるのかなと考えるよりも早く、「そうだわ」とエリザベートは声を弾ませて、両手をあわせてみせる。


「貴女の好きな『妖精桃』。あの果物の栽培方法について、教えてもらうのはどうかしら?」

「桃、お好きなんですか?」

「ええ、ええ。ほら、この前来たときに、いくつか分けてもらったでしょう?」


 ……あ~、言われてみれば……? 大事なお友達が来るからとかなんとか。そのお友達がマルグレットだったのか?


「そうなのよ。マルグレットったら、こんな果物食べたことがない、美味しい美味しいって子どもみたいに喜んじゃって」

「エリザベート様っ!」


 王妃の言葉を遮って、マルグレットはまくしたてる。


「『妖精桃』が大変に魅力のある果物だというのは認めます。だがしかし! しょせん果物は果物! 技術提携をするにしても、魔法石と釣り合いが取れるとは思えませんっ」

「確かにそうねえ。バランスが悪いわねえ?」


 視線をこちらに移し、ニコニコとした表情を崩すことなく、エリザベートは言葉を継いだ。


「タスクさん、どうかしら? 私の大事な友人でもあるマルグレットもこう言っていることだし、交換条件として他に提供できるものはないかしら?」


 うん、ここまできたら後に続く言葉が自然とわかってしまうね。――王妃わたしの顔を立ててね――ってことを言いたいのだ、この人は。いやはや、怖い人だよ、本当に。


 とはいえ、魔法石と『妖精桃』で取引が成立するかって言われてしまえば、こちらとしても首を横に振らざるを得ない。偶然できた奇跡の産物だとしても、マルグレットの指摘するとおり、桃は桃。果物に違いないし。


 あちらさんが納得するような技術や知識を渡さない限り、この場はまとまらないだろう。ここは思い切って決断するべきだな。


「ではこういうのはいかがでしょう? 魔法石についての技術提携を結んでいただいた暁には、『妖精桃』だけでなく、いくつかの交易品についての技術をそちらへ供与します」

「……領主殿。重ね重ねで恐縮ですが、魔法石は我が国家において重要な交易品です。非礼を承知で申し上げますが、この領地に魔法石と見合うだけの品があるとは思えません」

「ご心配には及びません。こちらが提供しようと考えているものはこの領地内でのみ生産され、その上、龍人族の国だけでなく他国においても希少品として取引されている品ですから」


 視界の端に、アルフレッドがぎょっとした表情を浮かべているのがわかった。オレが何を言おうとしているのかを理解したのか、ずれ落ちそうになるメガネを慌てて手で押さえている。


「それほどまでに希少な品とは、一体なんでしょう?」

「マルグレットさんもご存じかと思います。『遙麦はるかむぎ』と『七色糖ななしょくとう』ですよ」

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