285.魔道国の姉妹
――空気が重い。
来賓邸の応接室兼食堂には長テーブルがあって、その両端を陣取るように二つのグループが対峙していた。片方はマルグレット率いる魔道国一行六人で、もう片方はソフィアとグレイスWith旦那たちである。
両者見合って待ったなしといった雰囲気の中、オレはといえば、長テーブルの中央にエリザベートと並んで腰を下ろしているのだった。
カミラが紅茶を運んできてから五分は経っただろうか? 沈黙の中、ニコニコとした面持ちでティーカップを口元に運ぶ王妃の姿たるや、それはもう堂々としたもので、その精神力の強さに思わず感心を覚えるほどだ。
だってさあ、これだけ長く無言の状況が続いていようものなら、普通、会話を取り持つとかするじゃんか。ましてやお友達なんでしょ? 多少は気を遣ってくれたっていいと思うわけだよ。
もう、ひとっ言も発する気配すらないんだわ、これが。優雅な手つきで紅茶の香気を楽しみながら、「お茶菓子はいつ出てくるのかしら?」とか言い出しそうな
ちなみにニーナには席を外してもらった。ずっと憧れていた"推し"がすぐ側にいる事実に興奮冷めやらぬといった様子の天才少女も、会談が重苦しいものになるのを察してか、流石に自重したようだ。
もっとも去り際に「……サインがいただけたのなら良かったのですが」と、名残惜しそうな呟きを残していったので、彼女としても泣く泣くといった気持ちが強かったのだろう。
一方、入れ替わるようにしてやってきたソフィアはといえば、原稿明けで眠りについていたところを連れてこられたのか、珍しくノーメイクで、そばかすの残る顔に気だるさの微粒子を漂わせている。……緊張感がないなあ。
対照的なのはグレイスで、チョコレート工房で仕事中だったところを連行されてきたのか、あちらこちらに焦げ茶色の汚れがついた作業服姿のまま、全身を緊張の糸で締め付けられたかのように硬直している。
「こうして顔を合わせるのは数年ぶりですね。ソフィア、グレイス」
オレンジ色をしたベリーショートの髪を持つ麗人が、二人を見据えたまま切り出した。
「元気そうで何よりです。……もっとも、その様子を見るに、好き勝手に過ごしているみたいですし、嫌でも健康そのものでしょうが」
う~ん、第一声から毒があるな。まあ、グレイスはさておき、ソフィアはわりと好き勝手にやっているので否定はできないけれど。
「いやぁん、ご挨拶痛み入りますぅ。マルグレットお姉様もぉ、
オレンジ色をしたツインテールの妹が、これまた毒で応じ返す。単なる姉妹ゲンカなら他所でやって欲しいんだけど。
……というかね?
そもそもの話、二人とも仲がいいのか悪いのかすら知らないんだよな。付与魔道士としての際だった才能から、ソフィアは一族の中でも妬まれていたという話は覚えているけど。実際、そこらへんはどうなんだろうか?
オレの疑問を察したのか、並んで座るエリザベートが耳打ちしてくれた。
「安心して。特段、仲が悪いとかそういうわけではないのよ」
「あ、そうなんですか?」
「そうそう。ただ、ちょっとだけ馬が合わないっていうか、価値観が違うっていうか、そういう感じ?」
「……余計な話は無用です、エリザベート様」
たしなめるようにマルグレットがコホンと咳払いをすると、王妃は軽くおどけてみせる。
「だってえ、久しぶりに実の姉妹が再会したっていうのに、貴女たち、ちぃっとも打ち解ける様子がないんだもの。タスクさんだって困っちゃうわよ。ねえ?」
「はあ、まあ……」
「妹恋しさにこの地を訪ねたのではありません。どうか、誤解しないでいただきたい」
「そうですよぉ、タスクさぁん。マルグレットお姉様ってばぁ、一年前に家督を継がれたとかでぇ、ものすっっっっっっっごく、ご多忙の身なんですからぁ。わざわざ時間を割いてまでぇ、アタシに会いに来るなんてあり得ない話ですよぉ?」
言葉の端々にチクチクとしたものを混ぜつつソフィアが口を開くと、エリザベートが補足してくれた。
「魔道国には国政を担う五つの家柄、『
……で、マルグレットと並んで座るのが、『五名家』の三番手と四番手の家柄のお嬢様だそうで、これまたお偉い人だそうだ。
そんな人たちがなんでまた、事前の連絡もなしにここに来たのかと考えていた矢先、それまで硬直の二文字を体現していたグレイスが、突如として席を立ち上がったと思いきや、くの字を描くように上半身を折り曲げてみせた。
「当主就任おめでとうございます、マルグレット様。聞き及んでいたのですが、直接お祝いすることがかなわず、申し訳ありません」
「気にせずとも良いのです、グレイス。少しもめでたくないのですから」
無感動に応じたマルグレットは、ようやくティーカップに手を伸ばし、一息つくように喉を潤している。……めでたくない? 国政を担う家柄、しかもその筆頭で、その上、当主なのに?
「ええ、領主殿。私が家督を継ぐ事になったのも、いわば貧乏くじを引かされたようなものなのですよ」
マルグレットの話によれば、マルグレットとソフィアの家は、唯一『魔法石』の精製が出来る家系として、それはそれは権勢を誇っていたとのことで、誰が次の当主になるかという権力闘争が激しかったらしい。
「しかし、数年前のとある不祥事により、我が家柄の信用は失墜。『五名家』筆頭と呼ばれてはおりますが、それももはや
「とある不祥事?」
「ええ。身内が無断で他国に渡航し、禁書である同性愛を描いた書物を製作、頒布していた事実が露呈しまして」
全員の視線がソフィアに向けられるものの、当の本人は涼しい顔で、むしろ青ざめているのは隣にいるグレイスである。……まあ、ソフィアをBL沼にはめ込んだ張本人みたいなものだしねえ?
マルグレットはさらに続ける。
「あまつさえ、夜逃げ同然で他国に亡命したとなっては、家の面目は丸つぶれです。厄介事には巻き込まれたくないと考えたんでしょう、それまで跡目を争っていた者たちも、次々と手を引いていく始末」
眉間に深く縦皺を刻んで、マルグレットはかぶりを振った。なるほど、どちらかといえば損な役目を押しつけられたと解釈した方がいいのか。
しっかし、なんというか。皮肉だよなあ。
だってほら、数年前にグレイスから聞いたのは、ソフィアを追放するために、わざと無断で他国に渡航していたという情報を流された可能性が高いって話だったし。
それを考えると、故意に火を付けた張本人の思惑以上に炎上しちゃったのかなとか考えたりするわけだよ。とはいえ、そういう卑怯な手段を用いる時点で同情の余地はないんだけどね。
「――ともあれ、家族には変わりません。愚妹に代わり、誰かが責を負わねばならぬのです」
マルグレットの強い口調が、オレの意識を現実に引き戻した。ぼんやり考え事をしている場合じゃなかったな。
「お姉様のぉ、立派な志はわかったんですけどぉ」
挑発とも受け取れる声の主はソフィアで、無関心と不熱心と無気力を見事に融合させた態度を実の姉に向けている。
「まさかぁ、そんな演説を披露するためにぃ、わざわざお見えになったんですかあ?」
「それこそまさかです。私もそんなに暇ではありませんので」
キッパリと否定し、マルグレットは宙に魔法のバッグを出現させると、中からとある代物を取り出して、長テーブルの上に置くのだった。
……円筒に取っ手のついた木製の道具。数日前に『夫人会』に送った『魔法石ドライヤー』である。
「魔道国『五名家』筆頭として、また魔法石を精製する家の代表として通告します」
テーブルの上のドライヤーに一瞥をくれて、マルグレットはさらに声を強めた。
「このようなガラクタ、断じて認めるわけにはいきません」
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