282.魔法石ドライヤー
ドライヤー作りのためにアルフレッドが用意してくれたのは、樹海でもよく見かける広葉樹の一種で、
その名の通り耐火性に優れた樹木で、主として住居建設に用いられるそうだ。へえ〜、そうなのか。こっちの世界に来て以来、
「……ご存知なかったのですか?」
あんぐりと口を開けて、アルフレッドはこちらを見やった。知るわけないじゃん。こちとら身近にあった樹木を片っ端から木材にしていっただけなんだぞ?
そもそも樹木に対する知識なんか皆無なんだしさ、と続けるオレに、なるほどどうりでと龍人族の商人は一人うなずいている。
「いえ、不思議に思ったのですよ。住居の木材に焼防樹だけでなく、他の樹木も使われてたので。なにか特別な理由があるのかと」
苦笑いを浮かべるアルフレッド。その表情に一瞥をくれて、オレは憮然となった。気付いた時点で教えてくれよ。
なんでも、この広大な樹海の三割は焼防樹で占められていて、そのおかげもあってか森林火災は少なく、また発生したとしても被害は最小限にとどまるそうだ。
知らず知らずのうちに、耐火性に優れた樹木を住居作りに用いていたのは幸運である。それだけ丈夫だったらドライヤーにも安心して使えるだろう。
まずは焼防樹を再構築して木材にする。なるべく薄く、それでいてひび割れたりしない程度の厚さに。
次にこの木材を使って円筒を
木蓋には火と風、二種類の魔法石を埋め込んで、ガッチリと固定させる。円筒の片方にそれを装着させて、さらに取っ手部分となる木材を取り付けたら『魔法石ドライヤー』の完成だ。
『魔法石ドライヤー』は短い詠唱が電源代わりになる。容易にオン・オフの切り替えが可能になるよう、グレイスが工夫をしてくれた。例えるなら、「OK、Google」とか「ヘイ、Siri」みたいな感じの短い言葉である。
アルファベットでいうところの"T"の縦棒部分が中心よりずれたようなフォルムに、そうそう、ドライヤーってこんな形だったなと一種の懐かしさを覚えていると、不意にアルフレッドが口を開いた。
「……なんです、これ?」
「作る前にも話しただろう? ドライヤーだよ、ドライヤー」
こうやって筒の中から温風が出てきてな、濡れた髪を乾かすんだよと実演してみたところで、龍人族の商人の怪訝そうな眼差しは変わらない。
作る前にも身振り手振りで説明したのだが。どうにも的を射ていないといった様子だったので、試作品がてら目の前で作ってみせたんだけど、こうも無感動だと虚しくなるね。
売れるんですか? これが? 本当に? と、目で訴えるアルフレッドはさておいて。こういうのは女性の声を聞いたほうが早いと、オレはグレイスに意見を求めた。
「間違いなく需要はありますね」
美しい紫色のロングヘアを持つ魔道士は、瞳をキラキラさせながら、ドライヤーの温風を髪に当ててみせた。
「髪の手入れに苦労している女性は多いですし。ましてや美しく保てる助けになるのであれば、人気が出ること疑いようがありません」
「そういうものですか?」
「そういうものですよ、アルフレッドさん。私だって常日頃から、髪の手入れには苦労しているのですから」
あなたの視界に入らないところで、色々ケアをしているのですと口にするグレイスに、アルフレッドはたじろいだ様子である。……黙っていると延々と続きそうなので助け舟を出すとするか。
「そんなわけだ、アルフレッド君。女性のための商品だと考えてもらえば、その価値が理解できるだろ」
「いえ、むしろエルフたちに人気が出るかもしれません」
視線の向きを変えて、グレイスが応じる。
「ハイエルフもダークエルフも、命と同じぐらいに髪を大切にしています。手入れのための道具となれば、喜んでお金を出しますよ」
「なるほど、エルフたちか……」
言われてみれば、ベルもエリーゼもヘアケアには人一倍こだわっているもんなあ。
風呂上がりには『
かと思えば、アイラなんかは特段これといってなんの手入れもしてないとか言ってたから、わかんないもんだよなあ。
その話を聞いた途端、ベルだけでなくエリーゼもその美しい栗色の長い髪を手にとって、
「は? これで手入れしてないとかマジで?」
「ち、ちょっと何言ってるかわかんないです……」
なんて具合に、アイラを羨ましがっていたっけ。
おっと、いかんいかん、話題がそれた。
グレイスの率直な感想から、女性陣には受けるだろうというのはわかった。ハイエルフやダークエルフにも需要が見込めるのなら、商品化しても問題ないだろう。
あとは製造する工房の確保と、販路を見つけるだけだなと思っていると、ようやく納得したらしいアルフレッドが「商品化するとして、まずはどこに卸しますか?」と口を挟んだ。どうやら同じことを考えていたようだ。
「そうだなあ……」
髪にこだわりがあるハイエルフやダークエルフ相手に売ってもいいけど……。
脳裏にとある人物の姿を思い浮かべたオレは、まずはその人に試供品としてドライヤーを寄贈しようと思い至った。
ルビーを思わせる、真紅の長い髪を持った女性。王妃エリザベートである。
なにせ夫人会の代表だ。女性たちにドライヤーを広めてくれるのにこれ以上の人選はない。
最初のうちは製造数も限られるだろうし、その点、夫人会が相手なら、当面の間、受注生産という形でまかなえる。
とりあえずは十個、ドライヤーの試作品を構築して、エリザベートに送り届ける手配を整えた。後々製造する分は、図面に起こして工房で作ってもらうとしよう。
温度調節や風量調節といった機能はないけど、ま、それはご愛嬌だ。売り物にならない魔法石を消費できるだけヨシとしようじゃないか。
ちなみに。
領内の女性たちにもと思い立ち、それから数個ほどドライヤーを構築したのだが、またたく間に大人気の品となってしまった。
いままで濡れた髪を乾かすのに相当苦労していたようで、私も私もという声をあとを絶たず、執務の空き時間にドライヤー作りに勤しむ毎日である。
構築は楽しいし、何より奥さんたちが喜んでくれるからな。このぐらい安いもんだ。
領内でこの人気っぷりなら、夫人会にもさぞかし好評だろう。……そんな風に考えていたのだが。
この『魔法石ドライヤー』が、後日、とある騒動を巻き起こすことになる。
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