281.欠陥品

 軍隊には資金カネと時間が必要だ。実働面は俺が引き受けるから、お前とアルは金の工面を頼む。


 クラウスは役割分担を決めると、あとは飲むことに徹したいようで、オレとアルフレッドに赤ワインを勧めるのだった。


 お金、ねえ? 新種の作物の増産も取り掛かったばかりだからなあ。収入源としてはいささか心もとないんだよなあ。牛の購入で結構な額を使ってるしねえ。


 うーんと腕組みしていると、囁くようにアルフレッドが口を開いた。


「タスクさん、実は僕もご相談したい案件があるのですが」

「新種の出荷量を増やせとかだったら断るぞ。肉体労働にも限度があるんだ」

「それは追々お願いするとして」

「するんかい」

「いずれですよ。残念ながら今回は別件です」


 詳しい話は明日にでもと付け加え、龍人族の商人はワイングラスを傾ける。なんだなんだ? 随分と思わせぶりじゃないか。


 一体どんな相談事を持ちかけられることやらと、心持ち身構えつつ迎えた翌日。


 執務室を訪ねてきた人物に、オレはいささか意表を突かれた。


 アルフレッドが、自身の奥さんでもあるグレイスを伴ってやってきたからだ。


***


「いきなり押しかけて申し訳ありません、タスク様」


 一礼するグレイスとアルフレッドにソファを勧めると、オレは新鮮な気持ちで二人を見やった。


「夫婦揃っては珍しいな? もしかすると挙式以来じゃないのか?」

「言われてみれば確かに……」

「領内では個々の仕事が多いですからね」


 そうなのだ。この二人と顔を合わせる時は、どちらかひとりだけという機会が多く、夫婦揃って姿を見せるのはなかなかに貴重な光景なのである。


 しかしながら改めて揃っているところを見ると、なかなかに絵になる光景だなと思う。美貌の魔道士とやり手の龍人族という二人なのだ。収まるべくして収まった取り合わせというべきだろうか。


 とはいえ、出会って間もない頃の身だしなみに無頓着なアルフレッドでも、グレイスの隣だったら、それはそれできっとお似合いなのだろうなと、ちょっとした空想に浸りつつ、オレは対面のソファに腰を下ろした。


「それで? 夫婦揃ってやってきたってことは、それなりに重要な相談なんだろう?」

「ええ。早速なのですが、こちらをご覧いただけますか?」


 宙に魔法のバッグを出現させたグレイスが、その中からいくつかの球体を取り出して、テーブルへと並べ始める。


 ピンポン球より一回り小さい透明な丸い石。オレの記憶が確かなら……。


「これ、魔法石だよな?」

「はい、猫人族の皆さんがお作りになった魔法石になります」


 様々な魔法の効力を閉じ込めた球体、『魔法石』。これを作れるのは、付与魔術師という特殊な魔道士のみだったのだが。


 移住してきた猫人族たちにその素質があることを見抜いたグレイスは、学校の一部を魔法教室にすると、付与魔術師育成の場として指導にあたっていたのだ。


 グレイスとソフィアの出身地である魔導国では、高価かつ貴重な交易品として知られる代物である。それがこんな辺境の一都市で作れるようになるなんてなあ。


 テーブルに並んだ中からひとつを手に取って、感慨深く眺めていると、申し訳無さそうな口調でグレイスは呟いた。


「実を申しますと、そちらは欠陥品でして」

「……は? 欠陥品?」

「はい。魔法石が本来持つべき効力に比べれば、微々たる物にしかすぎません」


 実際に体験してもらったほうが早いといわんばかりに、グレイスはひとつを手にとって、ブツブツと何かを呟いた。


 瞬間、球体の中心にオレンジ色の明かりが灯る。グレイスはそれをオレに手渡した。


「どうぞ。火傷をする危険はございませんので」


 言われるがままオレンジ色の球体を受け取ると、じんわりとした温もりが手のひらから伝わってくるのがわかった。


 これはあれだな、魔法石というよりもカイロに近いなという感想を思い浮かべていると、グレイスはふうっとため息を漏らした。


「猫人族の皆さんは立派な素質をお持ちなのですが……。現状の成果はまだまだでして」


 聞けば、品質のバラツキが激しいそうで、強力な魔法石ができたと思いきや、普通の水晶玉となんら変わらない失敗作もできあがると。


 で、今日持ってきたのは、そのどちらでもない中途半端なもので、今のところ、最も多く作られるのがこの品質の魔法石らしい。


「正直にお話しますと、売り物にはならないクオリティと言いましょうか……」

「財務担当として申し上げるのであれば、魔法石の生産は中止するべきかと」


 アルフレッドが悩ましげな面持ちで口を挟む。付与魔術師として鍛錬を積むには、とにかく数をこなすしかない。


 しかしながら、魔法石の媒体となる結晶体はタダではない。それなりのコストが掛かっているのだ。相応の収支を見込みたいところだが、現状だと赤字――それも結構な額――が続くのだという。


「……そんなにヤバいの?」

「先行投資の枠を遥かに超えていますよ。これ以上は過剰投資になります」


 ずれ落ちそうになるメガネを直しつつ、龍人属の商人は微妙な表情を浮かべてみせる。財務担当としての責務と奥さんを応援したいという葛藤がせめぎ合っているのだろう。


「そこでご相談なのですが」


 ずいと身を乗り出して、グレイスが口を開く。


「異邦人であるタスク様のお知恵をお借りできませんか?」

「オレ? 何でまた?」

「異世界に住まわれていたのですから、異なる知識や文化にも造詣が深いでしょうし」

「何かしらのアイデアをいただければ、これらを商品として売り出せるのではないかと思いまして」


 アルフレッドがそれに続いた。なるほど相談というのはこれかと頷くオレに、美貌の魔道士はテーブルに広がった魔法石もどきを一斉に機能させる。


 球体から風を放つもの、冷気をまとうもの、光を灯すもの、様々な効果を放つ魔法石は、ファンタジー好きなオレにとっては非常に魅力的な一品だ。


 ……でもなあ。確かに、前に見せてもらった魔法石と比べちゃうと見劣りするよなあ。


 いま手にしているカイロみたいな魔法石は、恐らく火の魔法の効果が込められているんだろうけど、グレイスやソフィアに作ってもらった『こたつ』用の魔法石にするにはちょっと威力が弱いっていうか。湯たんぽ代わりにするとしても季節じゃないしなあ……。


 とりあえず、一旦は保留ってことで、別の魔法石に視線を向ける。うーん、そうだなあ……。


 あっ、この風の魔法石だったらコンパクト扇風機として使えるんじゃないかな? そこそこの風量もアルし、夏になってきたら、暑さ対策の商品として売り出せると思うぞ。


 それこそほら、この氷の魔法石と組み合わせてちょっとした冷房みたいにしたらいいんじゃないかと、そこまで口にしたオレは、あることを閃いた。


「なあ、グレイス。この火の魔法石って、木に近づけたら燃えたりするのか?」

「……? いえ? お手にとって頂いて分かる通り、人体に危険が及ぶ威力ではありませんので、燃え移る可能性はありませんが」

「うんうん。それならいいんだ」


 首を縦に振るオレへ、アルフレッドが怪訝そうな眼差しを向けている。


「タスクさん? どうかされましたか?」

「ひとつで売れないなら、セットで売っちゃえばいいんだよ」

「はい?」

「だからさ、これをこうするじゃん?」


 声に出しながら、オレはもう片方の手で風の魔法石を掴み、火の魔法石の後ろへやった。


 間もなくして程よい熱を持った風が宙に漂い始める。この分なら"アレ"も作れるだろうと満足感を覚えながら、オレは念の為、アルフレッドに熱に強い木材はないかと相談を持ちかけた。


「それはもちろんありますが……いったい、何を」


 戸惑う二人を前に、オレは微笑んで応じる。


「ドライヤーを作るんだよ」

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