280.軍隊
夕食後、隣接するハイエルフの友人宅へと場所を移したオレたちは、アルフレッドを呼び出して、ささやかな酒宴を開くことにした。
「軍隊を結成するぞ」
ワイングラスを片手に私室へ現れたクラウスは開口一番そう言うと、チーズやナッツなどのつまみが広がったテーブルを眺めやった。オレはといえば、突然に何を言っているんだコイツは? と、いった心境で、思わずアルフレッドのほうへ視線を向けた。
発言の真意がわからなかったのは龍人族の商人も同じだったようで、どちらともなく顔を見合わせては小首をかしげる。とにかく話の続きを聞こうと構えるオレたちを気にすることなく、クラウスは酒の肴に対して不満の声を上げた。
「おいおい、タスク。から揚げがねえじゃん。つまみにあると思って期待してたんだぞ?」
「急に用意できるわけないだろ。ヤクの燻製で我慢してくれ」
いや、そんな話をしてる場合じゃないんだ。いきなり物騒な話題を放り込まれたんだぞ? 多少なりとも説明があってしかるべきなんじゃないか?
手慣れた様子でコルクを抜き取ったクラウスは、それぞれのグラスに赤い液体を満たしてから、乾杯を待たずに一杯目を喉に流し込むと、満足の吐息を漏らしながら語を継いだ。
「別に驚くほどのことでもねえだろ? 軍事力を持つのは防衛の基本だぜ?」
表面張力の実験よろしく、二杯目をなみなみと注ぎ終えたハイエルフの前国王は、グラスに口を近づけて行儀悪く赤ワインをすすった。あくまで雑談の域を出ないといった様子に、ワイングラスを持ったままのアルフレッドが応じる。
「確かに……。市場も盛況ですし、その分、人口も増えました。軍組織を編成するにはちょうどよい機会かと」
「よし、さっそく布告を出して若い連中を集めるぞ」
「待て待て待て」
お前ら二人で話を進めるなっての。オレだって防衛対策はやってしかるべきだと思ってはいるけど、このタイミングで軍事力を持つ意味がわからないんだって。
チーズをかじった後にナッツを口に放り込んでから、クラウスはつまみを掴んでいた手を開き、指を三本立ててみせる。
「理由はみっつある」
ひとつ目。領内の治安は警察組織でまかなえるが、交易路などの治安維持に軍事力は必須である。盗賊対策や野獣対策など、街道の安全保障はそのまま商人たちへの信用問題に直結する。
ふたつ目。辺境とはいえ、各国の国境に面した交易都市の存在価値は極めて大きい。龍人族の国から庇護を受けているとはいえ、外部勢力に対する防衛力は必須である。
みっつ目。定期的に樹海を巡回し、魔獣や野獣を駆除しなければ、田畑が荒らされるだけでなく家畜が襲われる危険が生じる。領内の資産を守る意味でも、軍事組織は編成しなければならない。
「火事が起きてから井戸を掘り始めても遅いって話でな。備えあれば憂い無しってヤツだ」
「話はわかった。だけどさ、一体誰がそれを取りまとめるんだ?」
作るのは軍組織なのだ。規模の大小にかかわらず、専門的な知識が必要になるだろう。フライハイトでその手の分野に精通しているのは、元・帝国軍のヴァイオレットとフローラだけど、危険が伴う仕事を任せるわけにはいかない。
なにかつてはあるのかと尋ねるオレに、クラウスはかぶりを振るうと、呆れるように呟いた。
「おいおい、忘れるんじゃねえよ。お嬢ちゃんたち以上にうってつけの人材がいるじゃねえか」
「はあ? 誰のことだよ?」
「俺だ、俺。軍隊のまとめ役には、これ以上ない人選だろうが」
不敵に笑うハイエルフに反応したのはアルフレッドで、驚きのあまりにワインを詰まらせたのか、ゲホゲホとむせかえっている。
「大丈夫か?」
「ゲホッ、し、失礼しました……。あまりにも突拍子のない話だったもので……」
涙目を浮かべる龍人族の商人を、不本意そうに眺めやってクラウスは肩をすくめた。
「素人に任せるわけにはいかねえだろ。その点、こちとらプロフェッショナルだしな」
「だとしてもです。一国の主だったお方が、発展途上である一都市の軍隊を率いるなんて前代未聞ですよ」
「先駆者ってわけだ。光栄な話じゃねえか」
ケラケラと愉快そうに笑ってから一気に赤ワインをあおったクラウスは、まっすぐにこちらを見やった。
「で? どうするんだ、タスクよ。お前さんさえ良ければ、俺がまとめ役を引き受けるが」
「そりゃ、願ってもない話だけど……。いいのか?」
「何がだ?」
「軍組織の代表となったら、おちおち旅にも出られないだろ?」
大陸中を放浪するのが生きがいみたいな男なのだ。一カ所に留まる仕事を任せていいのか気がかりだったのだが。
「自分の人生だし、楽しみたいって言ったろ? こいつもなかなかに楽しめると思ったんでな。お前さんが気にするこたぁねえんだよ」
「だったらいいけどさ」
「決まりだな。明日から編成に取りかかるとしようや」
手のひらに拳をあてて小気味いい音を鳴らしたハイエルフの前国王は、祝杯とばかりに、空のグラスに三杯目となる赤ワインを注いだ。
「で、ここからが大事でよ。極めて重要な相談なんだけどな」
空になったワイン瓶をテーブルに戻し、クラウスは真剣な表情を浮かべてオレとアルフレッドを交互に見やった。
「軍隊に名称を付けにゃならん。何かいい案はないか?」
……は? 名前? 名前なんて適当でいいじゃんと思ったオレとは対照的に、アルフレッドは腕組みをしてすっかりと思案顔を浮かべている。
「そうでした。名称は大事ですからね。しっかりと考えなければ」
え゛っ……? ひょっとしてマジなの? 普通にフライハイト軍とかそういうのでいいんじゃと率直な感想を呟くオレに、クラウスは怒気交じりの声を上げた。
「バカ言うな。軍隊名ってのは、命と同じぐらいに大事なんだぞ? そんな安易なモンにできるかよ」
「怒らなくてもいいじゃんかよ。っていうか、そんなにこだわる必要あるのか?」
「名称がそのまま軍隊の強さに繋がるといいましょうか。耳にした相手が戦わずに引くような、威圧感のある名前をつけるのが、こちらの世界では慣例となっておりまして」
いわく、規模の大小に関わらず誇張された名前のついた軍隊がほとんどだそうだ。龍人族の国でいえば、『北方龍騎士連隊』とか『真紅龍重騎士旅団』がそれで、ハイエルフの国でいえば『
まあ、なんというか、戦隊とか言われたところでだ、オタクの身としては日曜日の朝にやっているスーパー戦隊モノぐらいしかイメージできないのが悲しいね。『怪盗戦隊ルパンレンジャー』とか『警察戦隊パトレンジャー』とかさ。あ、最近だと『騎士竜戦隊リュウソウジャー』があったけど、そういった感じのやつがいいんだろうか?
とはいえ、聞いている限りでは、中二病的ネーミングのほうがウケがいいっぽい感じもするし。これはあれだな、『幽遊白書』でいうところの『邪王炎殺黒龍波』みたいなヤツがいいんだろうかと、冗談交じりに「『邪王炎殺黒龍軍』とかどうだ?」なんて呟いたところ、
「「採用」」
という返事とともに、目を輝かせた二人から感嘆の眼差しを向けられてしまったので、慌てて前言を撤回するハメに。採用しちゃったら最後、「後戻りはできんぞ、巻き方を忘れちまったからな」という台詞とともに、右腕を犠牲にしなきゃいけなくなるでしょうが!
とにかく、軍隊の名称については後日再検討し、協議の上で決定するということになった。……この流れだと、中二病全開の名前からは逃れられないんだろうなあ、きっと。
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