277.お土産と雑談と

「以前、お土産でいただいた『妖精桃』。あれをいくつか譲って欲しいの」

「それならいくらでもご用意できますけど……」

「本当に? 嬉しいわあ! 夫人会のみんなが、すっかり『妖精桃』の虜でね、次はいつ届くのかって話しているぐらいなのよ」


 そんなものでいいんですかと聞き返すオレに、エリザベートは頷いた。


 なんでも、イチゴ以来の大ブームが起きているとのことで、入手する機会があったら譲って欲しいというリクエストが後を絶たないらしい。それほどの人気がでるなら、アルフレッドが鼻息荒く売り込みに行きたいと言っていたいたのもよくわかるな。


 以前も聞いたけど、大陸では甘味の強い果物は相当に貴重だそうで、「近々やってくる友人に食べさせてあげたいの」と、エリザベートは声を弾ませる。


「あの子もきっと喜ぶと思うわ。果物に目がない子でね、イチゴをご馳走したときも目を輝かせていたのよ」


 イチゴも『妖精桃』も偶然の産物とはいえ、美味しいと言ってもらえるのは生産者としても嬉しい限りだ。『構築ビルド』したかいがあるってもんだね。


 とにもかくにも、帰るまでには準備を整えておかなければということで、カミラに『妖精桃』を手配するよう頼んでおいた。お友達用と『夫人会』の皆さんへ配る用に、まとまった量の『妖精桃』を木箱へ詰め込んでもらう。


 ついでに『灼熱の実』と『空色スイカ』、『クッキーポテト』の新作三種類も持って帰ってもらおうかなと考えたけど、見た目も味も規格外過ぎるので、今回は止めておいた。生産体制も整っていないし、『妖精桃』並に人気が出ても困る。お披露目は当分先でいいだろう。


 ……で。


 お土産の用意が終わるまでエリザベートがどうやって過ごしていたかといえば、図書館でただただ談笑していただけである。……マジで雑談しにきただけなの? 城を抜け出すというリスクに見合ってないんじゃ?


「そうかしら? 私は満足しているのだけれど」


 猫耳の感触がすっかり気に入ったようで、アイラの頭上を両手で撫でながら、エリザベートは楽しげに呟いた。


「だってほら、ここなら気兼ねなくお話を楽しめるでしょう? 宮中は人目もあるから、なかなかね? ……それにしてもフワフワしてるわねえ。気持ちいいわあ」

「う、うぅ……」


 アイラはアイラで、もぞもぞと落ち着かない様子である。嫌がっているというより、気恥ずかしそうな表情はなかなかに新鮮だ。「このまま連れて帰ろうかしら」とか言い出した際には流石に声を上げたけど。


 ともあれ、王妃様はすっかり満喫したようで、つやつやと血色の良い表情を浮かべると、今度はリアのお腹に手をやって「男の子かしら、女の子かしら?」と想像の翼を広げている。


「生まれてくる子には、『シシィおねえちゃん』って呼んでもらうよう、いまから言い聞かせておかないと」


 おばあちゃんと呼ばれることには抵抗があるようで、他のお孫さんたちにもそう言い聞かせているらしい。面倒だなとは思ったけれど、口にすると後が怖いので黙っておく。


 視線を横にずらすと、肩をすくめるゲオルクの姿を視界に捉えた。ゲオルクもオレに気付いたようで、軽く視線を交わし合う。「何も言わないのが賢明だよ」と表情だけで語っているみたいだ。押忍、そうします。


 それから短い滞在時間を過ごしたエリザベートは、用意した『妖精桃』をゲオルクに持たせると、「それではまたね」という言葉を残し、慌ただしく帰路についたのだった。


 ……やれやれ嵐のようなひとときだったな。次回以降の来訪は事前に連絡をもらいたいところだけれど、今日の様子から察するに、ムリなんだろうなあ、多分。


 ようやく解放されたアイラは疲労の色を滲ませると、二体のドラゴンが飛び去っていった方角に目をやった。


「またと言い残しておったが……。よもや明日もくるという話ではあるまいな?」


 よほど気疲れしたのか、尻尾をだらりと垂らしては、オレの身体にもたれかかる。


「公務がありますから……。明日もというのは考えにくいかと……」


 申し訳なさそうに応じたのはリアだ。


「ごめんなさい。エリザベートお母様、昔から可愛らしいものとかフワフワした愛くるしいものが大好きで……」


 それはさぞかしヴァイオレットと気が合っただろうなあ。ヴァイオレットも隙あらばアイラの猫耳やら尻尾やらを触りたがるし。何かにつけて猫の姿になってくれとか言い出すもんな。


 次回以降、王妃様がやってくる時はアイラに席を外してもらうのも手かもしれないなと考えつつ、オレたちは一度領主邸に帰ることにした。畑作業の途中だったけれど、流石に疲れたし、作業に戻るのは一休みしてからでもいいだろう。


 急な来客対応で午前中がドタバタと過ぎ去ってしまった分、午後はちゃんと仕事をしなければ。……と、そんな風に考えていたのだが。


 突発的なイベントというのは重なるもので、午後は午後で別の人物の来訪がオレを驚かせることになる。いや、この場合は、驚きというより、喜びのほうが勝ったというべきだろうか。


 旅に出ていたクラウスが帰ってきたのだ。

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