番外編集
【書籍第一巻発売記念SS】再構築(リビルド)の可能性(38.5話)
途方に暮れていた。
様々な形にカットされたフルーツが器に盛られ、果実から絞りとったジュースで満たされた木製のコップがテーブル上に並ぶ光景は、ちょっとしたパーティでも催すのかといった様相だが、あいにく出席者はオレとアイラの二人だけである。
「そんなに難しく考え込む必要もなかろうて」
言い終えるやいなや、アイラはフルーツを手に取って、大きく開けた口へと放り込む。テーブル越しに無感動な表情を浮かべながら、ふたつ目のフルーツをひょいと摘まんだ猫人族は、興味もなさそうに呟いた。
「キチンと食せているのじゃ。別段、問題もないじゃろ」
「そうは言うけどさ、法則性がわかんないんだぞ? もやもやするじゃんか」
もやもやの原因。それはオレが持つ
樹木は樹皮や木材に、岩石は石材に、苗木は種子に……と、様々な素材を作り出してくれるチート級能力であるにも関わらず、オレはこの『再構築』をいささか持て余しているのだった。
いや、『
それでも用途がはっきりしている分、オレとしても使いやすいっていうか。
その点、『再構築』はちょっと違うんだよなあ……。「物体を分解して、様々な素材を作り出す」のは理解できる。わからないのは、その影響範囲なのだ。
以前、アイラが仕留めたスピアボアの解体を『再構築』で試みた際、皮だけしか剥ぎ取れなかったのが、疑問を抱いたそもそものきっかけである。肉と内臓なども別々になってくれるだろうと思い込んでいただけに、ショックが大きかったというか。
かと思えば、『遙麦』や『七色糖』は綺麗な粉末状になるんだよ? 変化の差があまりにも激しい! なんなんだ、この能力!?
先々を見据えれば、できることとできないことはハッキリさせておいたほうがいい。そんな理由もあって、『再構築』を使いこなすためにも、ひとつの仮説を立てたのだ。
それが「動物類の解体はできない、作物類は粉末状に変化する」ってヤツだったんだけど……。
仮説を証明するため、いくつのかの果物を取ってきて『再構築』をしてみたところ、この仮説はもれなくハズレだという事実が判明した。
同じ果物でも『再構築』をするたびに、異なる結果になってしまうのだ。ある時は八等分に切り分けられ、ある時は皮だけが綺麗に剥きとられ、ある時は果物が瞬時に液体と化してジュースになってしまう……などなど。
一向に共通点を見いだせない状況に、オレとしては徒労交じりにため息を漏らすしかできない。で、試行錯誤を繰り返した挙げ句、テーブルの上には色とりどりの果物が並んでいると、そんなわけなのである。
中でもビックリしたのはジュースに変わった瞬間だなあ。果物に触れて「再構築」って呟いた瞬間、ボタボタボター! ってな感じで液体が流れ落ちていくんだもん。メチャクチャ慌てるわ。
そんな折にやってきたのがアイラで、「何をやっとるんじゃ、おぬしは?」と怪訝そうな声を上げながらも、テーブルに広がる果物を目の前にして、もれなく腰を落ち着けるのだった。
「むっ! タスクよ、この絞り汁はなかなかイケルぞ!? 素材の味が引き立っておるっ!」
絞り汁じゃねえ、ジュースだっての。ともあれコップに満たされた液体を喉へと流し込んで、猫人族はご機嫌に頭上の猫耳をぴょこぴょこさせている。そりゃあそうでしょうねえ、果物自体がジュースになったわけだから、美味しいに決まってるよ。
やがて、ぷはぁと満足の声を漏らしたアイラは、空になったコップをテーブルへと戻し、再びカットフルーツに手を伸ばす。
「というかの。私が思うに、仮説を立てるだけムダじゃな」
「なんでだよ?」
「おぬし、異邦人であろう? 異邦人の存在自体がそもそも不可思議なのじゃし、その能力の限りを証明させるのは無意味ではないか」
ひでぇ言われようだな、おい。自分がレアキャラだっていうのは認めるけどさ。
「そんなことよりも、じゃ」
憮然とするオレを気にも留めず、アイラはいたずらっぽい笑みをたたえて語を継いだ。
「せっかくなのじゃ。おぬしの能力、もっと有意義なことに使えるかどうか、試してみるのはどうじゃ?」
「……有意義なことってなんだよ?」
「そうじゃのう、例えばじゃが……」
自らの胸元に手を添えて、艶っぽくアイラはささやいた。
「おぬしのその能力を使えば、私が身にまとっている衣服が布きれになってしまうか、とか」
「……は?」
「分解して別の素材を作り出す能力なのであろう? であれば、衣服はほどけて、単なる布きれになってしまうのは道理というもの」
「……」
「そうなってしまったら、もれなく私は、お主の前で裸体をさらしてしまうが……」
「…………」
「もっとも、おぬしにそれを試す度胸があればの話じゃがな。いやいや、出来もしない話を持ち出して悪かったな」
一方的に話題を切り出したかと思いきや、猫人族の美少女は一方的に話題を終わらせる。いつものようにからかって、オレの反応を楽しむつもりらしい。なるほど、そうきたか。
だが、しかーし、甘かったなアイラ!
「よし、アイラがそう言ってくれるなら、一回やってみるか」
「……はぇ?」
オレの返答に目を丸くし、猫人族は素っ頓狂な声を上げた。悪いな、その提案はオレとしても実に興味がわくところでね。衣服に『再構築』を使うとどういう風に変化するのか、試してみようと考えていたのだ。
……いや、わざわざ着用している衣服で試してみる必要性はどこにもないんだけどさ。アイラにはからかわれてばかりだし、たまにはやり返すのもいいんじゃないのかなと、多少の意地悪さからそんな風に応じてみたのだ。
「や、やるのかえ……? ほ、本当に……?」
こちらの想像通り、アイラは慌てふためいている。完全に予想の範囲外だったといわんばかりに、しどろもどろに「あー」とか「うー」とか繰り返す様は見ていて新鮮な気持ちになるな。
とはいえ、あんまりからかうのも良くない。
やっぱり止めようと口を開きかけると、それよりも先に、アイラは席を立った。
「……ん。ど、どうぞ……」
「……はい?」
「た、試すのであろうっ? じゃ、じゃから……ほ、ほら……」
期待と不安の交じった声を漏らしながら、一歩、また一歩と、アイラはオレに歩み寄る。頬だけでなく、猫耳まで紅潮させる猫人族を前に、オレは思わず生唾を飲み込んで、均整の取れた美しい身体をまじまじと眺めた。
「あ、あまり、み、見るでない……」
「わ、悪い……」
いや、悪いってなんだよ!? 寝ている時に裸で抱きついてくるとかザラにあったろうが! そんなわざわざ謝るほどのことじゃ……!
ハッとなった。アイラが動揺するオレの手を取って、おずおずと胸元に運んでいくのがわかったからだ。覚悟を秘めた表情から、色気を伴ったため息が漏れ、オレの耳元をくすぐった。
「アイラ……」
「た、タスク……」
どちらともなく名前を呟く。程なくして、布越しに伝わる柔らかな感触と鼓動。後者はアイラのものなのか、オレのものなのかわからない。
わかるのは、うるんだ眼差しがはっきりとオレの顔を捉えているということだけで……。
たまらずある衝動に駆られたオレは、もう一方の手を伸ばす。そしてアイラの背中へと腕を回した、その瞬間――。
「たっだいま~☆」
陽気な声とともにリビングへ姿を見せたのはベルで、ギャルギャルしい格好のダークエルフは硬直したオレたちを見るなり、ニヤニヤとした眼差しを向けるのだった。
「あっれー♪ もしかして、ウチお邪魔だったとかあ?」
「ち、違うぞ、ベル! これはそういうんじゃなくて!」
「そ、そうじゃぞ! か、勘違いするで」
「た、ただいま帰りました……って、ど、どうかされたんですか?」
さらにエリーゼが加わることで、事態はいよいよ収拾がつかなくなっていく。結局は、いつもと同じ騒がしい光景が繰り広げられるのだった。
「あっ☆ タックンさえ良ければ、ウチも一緒に参加したいっていうかー」
「参加ってなんだ!?」
「そ、そういうことでしたら、わ、ワタシもご一緒に」
「ご一緒にじゃない!」
……『再構築』の話題はどこへいってしまったのか、オレ自身にもよくわからない結末を迎えたのだが。
後日談として、ロングテールシュリンプは『再構築』を使うと簡単に殻剥きできるという事実だけは追記しておこうと思う。へえ、背わたも一緒に取れるもんなんだねえ。
……しょうもないオチに逃げたとか、
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