最終話.開拓生活
柚子桜の花びらが風に舞い、目の前を通り過ぎていく。
まもなく満開を迎えそうな木々に視線をやってから、雲ひとつない青空を仰いだ。
異世界に来てから三度目の春。
我が領地、商業都市フライハイトでは先月開かれた市場が相変わらず盛況で、毎日のように商人が訪れては、珍しい品々を店頭に並べている。
個人的には人間族が飼育している豚肉が手に入ると期待してたものの。
豚の長距離輸送が困難であり、生肉にしたところで腐ってしまうということで、悲しいかな、まだお目にかかれていない状況だ。
正しく言えば、塩漬けやオイル漬けになった豚肉は市場に並んでいたけど、そういうのじゃないんだよなあ……。
オレが欲しいのはあくまでノーマルな豚肉であって、保存用の豚肉じゃないのだ。
とんかつ、生姜焼き、それに餃子……。日本で食べていた懐かしの料理も豚肉さえあれば作れるというのにっ! あと豚汁っ!
保冷剤代わりに、氷の魔法を閉じ込めた魔法石を、いくつか人間族の商人へ融通してやろうかとも考えたけど、公私の分別は弁えなければとギリギリのところで留まった。
食べ物のために貴重な魔法石を渡すとか、アルフレッドから本気の説教を食らいそうだし。怒ったら怖いもんなあ、アイツ。
……おっといけない、食べ物の話題はおいといて。
市場が開かれた相乗効果なのか、ここ最近、領地自体も活気を増している。
領民のみんなが懸命に仕事へ取り組んでくれるおかげで、作物や交易品が途切れることもないし、大陸各地から続々と移住者がやって来るようになった。
そんなわけなので、『おっ、タスク君。三年目ともなると、領主として執務に忙しい毎日を送っているんじゃないの?』……と、賢明な皆様はそうお考えでしょう?
甘いっ! 実に甘いですなあ……。
三年目ともなると、執務室での仕事が窮屈に感じるっていいますかね? むしろ、開放的な外で仕事をしたいっていいますか?
具体的に言えば、領地にほど近い森林を切り開き、『
……ええ、異世界転移した当初とまったく同じ作業内容だけど、なにか問題でも?
いやいや、これにも深い事情があるんだって。
とにかく、説明をさせてくれい。
***
市場が開業してから、数日後。
「市場ができれば人も物も出入りが激しくなります。新天地を求めて、移住を希望する者がやってくるでしょうね」
アルフレッドはそう切り出して、新たな住宅街の整備の必要性を訴えた。
「そうだな。オレの『
書類仕事よりかは、物を作る作業が好みなので、半ば浮かれ気分で応じ返したのだが、アルフレッドは首を左右に振ってみせた。
「ダメです。タスクさんは手出ししないでください」
「なんでさ? オレがやった方が早く終わるだろ?」
「効率や時間の問題ではないのです。領民のための家であれば、領民が作らねばなりません」
いわゆる面子や体裁といった類の問題だそうで、領地のトップ自ら作業に加わるのはけしからんと、つまりはそういう話である。
「これまではオレが作ってきただろ。今更なんで?」
「人の往来が激しい商業都市ですよ? 情報だって行き交うのです。領主自ら肉体労働に汗を流すなど、他の土地の人々が知れば仰天します」
正直、仰天させておけばいいと思ったけど、龍人族の商人は頑ななまでに首を縦には振らない。
結局、新たな住宅街の建設は天界族と翼人族が担当することになったのだった。
……と、ここまでは良かったのだ。
問題は、アルフレッドが想定していた以上に移住者が急増という点である。それもいきなり。
天界族と翼人族は懸命に住宅街を整備してくれていたが、移住者が押し寄せるペースには間に合わず。
さらに人口が一気に増えたことで食料の備蓄が底をつきかけ、領民総出で農業や家畜の世話をしなければ追いつかないという状態に。
移住者の中には流民や棄民も混じっており、追い返すわけにもいかないため、アルフレッドは苦渋の決断を下したのだった。
「タスクさん……。大変申し訳ないのですが……、その、移住者の住宅作りをお手伝いしていただけないかと……」
頭を下げるアルフレッドに、オレはあえて軽く了解を伝え、そしてこう付け加えた。
「気にするな、アルフレッド。身体もなまってたしな、ちょうどいい」
「しかし、先日あのようなことを言った手前……」
「いいんだよ。そうそう、いい機会だし、オレの故郷に伝わる格言を教えておくよ」
「なんでしょう?」
「『立っている者は親でも使え』」
***
……と、経緯はこんな感じだ。最後の最後までアルフレッドは申し訳無さそうにしていたけど、クラフトゲーが大好きな自分としては、むしろ望むところである。
『再構築』した資材を台車に載せて、あんことしらたま、二匹のミュコランと共に建設予定地まで運び終えると、オレは早速作業に取り掛かった。
この世界へやって来た当初は、自分の能力の使い方がわからないまま、真四角の『豆腐ハウス』を作るしか芸がなかったが、いまでは設計図なしで二階建て住宅ぐらいは余裕で作れる。
それもこれも『構築』と『再構築』というチートなスキルのおかげなのだが、それでもやはり手助けが必要になる時もあってだね。
「具体的に言えば、昼寝をしてないでお前も手伝えよって話なんだがな」
木陰で休む二匹のミュコランへ背中を預け、アイラはウトウトと眠たそうな表情を浮かべている。
「ふあぁ……。んぅぅぅ……なにを言い出すかと思ったら……。私が手伝いに加わったら、誰がおぬしの護衛を務めるのじゃ?」
「いま間違いなく寝てたよな? 護衛とかしてなかったよなっ!?」
「阿呆ぅ。私ほどの実力者なら、瞬時に目覚めて身体を動かせるに決まっておろう? 抜かり無いから安心せい」
そう言うとアイラは目をこすり、頭上の猫耳をぴょこぴょこと動かした。ホントかよ……?
「……しかし。なんじゃなぁ。こうしていると、昔を思い出すの?」
「うん?」
「出会った頃の話じゃ。おぬしが作業をしているのを、よくこうやって眺めておったなと、ふと、そんなことを思い出してな」
そしてアイラは愉快そうに笑い声を上げる。
「そういえば。おぬし、パンツ一丁のまま、汗だくで水汲みしていたことがあったのう」
「嫌なことを覚えてるな、お前……」
「当然じゃ。おぬしとは酸いも甘いも知り尽くした仲じゃからの」
「そういうアイラも、出会った当初は全裸でベッドに忍び込んできてたけどさ」
「に゛ゃっ!? に゛ゃにをっ……!」
「最近は服を着たまま寝室に来てるじゃん。何か心境の変化でもあったのか?」
「そ、それは……、そのう、なんじゃ……。つ、妻として、は……、恥ずかしくなった、というか……」
頭から蒸気が立ち上っているんじゃないかという勢いで、アイラは顔を真っ赤にさせた。
妙に素直でカワイイところは、いつまでも変わんないよなあ。いつもそうならいいのに。
「……なんか言ったか?」
「べっつにぃ?」
そして相変わらず耳がいい。まったく、下手なことは言えないな。
思わず肩をすくめそうになるのを堪え、再び建築作業へと戻る。木材をつなぎ合わせ、外壁を隙間なく埋めていると、再び背後から声が届いた。
「……安心するの」
振り返った先ではアイラが穏やかな表情を浮かべている。
「ここがどんなに発展しようが、どんなに偉い爵位をもらおうが、おぬしは以前とちっとも変わらん。それが心地よい」
「そういうもんか?」
「そういうものじゃ」
進歩がないみたいな感じにも受け取れるけど、優しい口調も相まってか、アイラの言葉は胸に響く。
「どうか、いつまでもそのままの、私の大好きなタスクでいておくれ……」
「アイラ……」
「そして、今後もできる限りの美味しいものと、睡眠時間を捧げてくれれば、私は他に何もいらん……」
「結局はそれかよっ! ったく、真面目に聞いて損したわ……」
「ぬふふふふ、相変わらずウブな奴め。この程度のことで狼狽えおって」
そう言うアイラの顔はどことなく気恥ずかしいといった感じで、もしかすると照れ隠しをしていたんじゃないかと勘ぐってしまうのだが。
問い詰めたところで認めないだろうからなあ。
……ま、いいか。
「睡眠時間はさておき、美味しいものなら用意してくれたみたいだぞ?」
視線をやった先にはエリーゼとベル、それにリアとヴァイオレットの姿が見えた。
どうやら昼食の準備が出来たらしい。口々にオレたちの名前を呼んで、大きく手を振っている。
「帰ろうか?」
「そうじゃな」
異世界にきて三年目。
様々なものが目まぐるしく変化していく中で、変わらずそばにいてくれる最愛の人たちを大切に思う。
そんなかけがえのない日々を絶やさないために。
これからも、個性が過ぎる仲間たちとのステキな開拓生活を続けていこう。
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