252.偉業

 ……感慨深い? なんで?


「タスク君。きみの活躍は、かつての異邦人を彷彿とさせるのだよ」

「我が親友ハヤトも、そなたと同じく偉業を成し遂げた。今日という節目にそれを思い返してな。つい懐かしくなってしまったのだ」

「いやいやいやいや。ちょっと待ってくださいよ」


 偉業って、アナタ。オレ、大した事してないって!


 ハヤトさんみたいに破滅龍と災厄王を倒したわけでも、世界を救ったわけでもないし。単に樹海を切り開いて市場を開いただけだぞ、おい。


「十分過ぎる偉業ではないか」

「どこがですか!?」

「多種族が集まり、共存して平和に暮らせる領地など、大陸中どこを探しても存在せぬ。それらが集う市場もな。これを偉業と言わずしてなんと言うのだ?」

「付け加えれば、この樹海は今までに何度も開拓団が訪れては、その都度、災害に見舞われ撤退を余儀なくされた未開の地なのだよ。それはきみも知っているだろう?」


 いつの間にか真剣な眼差しへと変わり、ゲオルクは続けた。


「ハヤトは間違いなく救世主だよ。が、そのハヤトですら、種族の壁、偏見の壁を完全に取り除くことはできなかった」

「それをわずか三年足らずで解決しようとしておるのだ。そなたは認めぬかもしれぬがな、そなたの周りにいる人々がその偉大さを証明しておるよ」

「いいこと言うじゃねえか、オッサン。俺もその通りだと思うぜ?」


 クラウスはいたずらっぽく笑い、それからこちらを見やった。


 気がつけば、アイラ、ベル、エリーゼ、リア、ヴァイオレットも真っ直ぐな眼差しでこちらに向けている。


 ……まいったな。褒められることに慣れてないせいか、どう反応していいか困ってしまう。


「で、でもほら。オレひとりだけではなにもできなかったというか、みんながいてくれたおかげでここまでこれたというか……」

「それで良いではないか」

「は……?」

「武を誇ることなく、知を驕ることなく、周りと手を取り合う尊さを知るからこそ、今日のそなたがいるのだ」

「……」

「ひとりではなにもできない、大いに結構! 逆に言えばな、非力な身でここまでやってこれたのも偉業と言えるのではないか? のう、タスク?」


 うーん、こうなってしまうと、どう否定しても聞く耳を持ってくれそうにないな。


 戸惑いと困惑が頭の中で広がっていき、どういう顔をすればいいのかわからないオレに、なおもジークフリートは続けた。


「なに、そんな難しく考える必要はないのだ。そなたの特殊能力。なんと言ったか? び、びる……」

「『構築ビルド』と『再構築リビルド』ですか?」

「そう、それだ。そなたが樹海の開拓を通して、領地を『構築』し、大陸の既成概念を『再構築』した。そのように考えれば、いささか気持ちも楽になろう?」


 上手いことを言ったとばかりに、ジークフリートは得意顔を浮かべてみせる。


 いや、まあ、確かにね。オレの能力になぞられたつもりの発言なんでしょうけれど……。


「……なんつーかよ。上手く話をまとめやったぞみたいな、してやったり顔がムカつくな?」


 オレの気持ちを代弁するかのようにクラウスが口を開く。


「だな。ジークよ、そういうところは直したほうがいいぞ」

「なっ……! クラウス、ゲオルク! おぬしらっ……!」


 ショックを受ける賢龍王に、追い打ちをかけたのは奥さんたちだ。


「途中まで真面目でいい話だったんじゃがなあ……」

「ウチもガッカリだヨ、おじーちゃん……」

「じ、実際、あんまり上手くもないですし……」

「そういうの、お母様から嫌がられると思います!」

「龍人族の長として、いかがなものかと思うぞ……?」


 “総口撃”に耐えられなくなったのか、ジークフリートは、「う、うるさいっ!」と声を上げ、そして強引に話題を転じた。


「……そうだ! そろそろ花見の季節であろう!? 今年も盛大な宴席を設け、桜を愛でようではないかっ!」

「それは構いませんけど。……あ! それならぜひ王妃様も誘ってもらえませんか? 遊びに来たいとお手紙を頂いてましたし、オレも直接お礼を伝えたいので」

「……むっ? おっ、王妃かっ? 誘うのはやぶさかでないが……。ここへ来るのは難しいというか……」


 王妃が外出するとなれば警備も手厚くしなければならぬし、前もって予定も抑えねばいかぬし……と、柄にもなく焦った表情を浮かべ、ジークフリートは言葉を濁す。


「つまりだね」


 賢龍王の言葉を遮り、ゲオルクは切り出した。


「ジークはこう言いたいのさ。『妻がいてはハメを外せない。誘うのは別の機会にしてくれ』と」

「お、おいっ! ゲオルク……!」

「事実だろ? 奥方の顔色を伺いながらでは、飲める酒の量も限られるからな」

「お父様、最低です!」


 そしてリアを筆頭に沸き起こる奥さんたちのブーイング。弁明に追われる国王の姿は、どこにでもいそうな普通の父親そのものだ。


 おだてに近い賞賛の数々も、国王からの言葉ではなく、父親からの言葉としてなら気楽に受け止められる。そもそも、偉業なんて柄じゃないしね。


 それに、開拓自体が終わったわけじゃない。


 お褒めの言葉はありがたく胸の中へとしまっておいて、明日からの活力に繋げよう。

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