268.妖精たちとの合作(後編)
……と、覚悟を決めたまではよかったものの。
いざ目の前にしてみると、その存在感に若干引いてしまうというか。土の上にゴロンと転がる無数のそれらは、もはや禍々しい光景でしかないんだよな。
恐らく皮の部分であろう青色の表面は、光沢があってツルツルしている。中身が詰まっているのか、ずっしりと重く、両手でなければ持つのは厳しい。
重量感といいサイズといい、さすがにこのままかぶりつくわけにもいかず、中を確認するためにも包丁を持ってようかなんて考えていた最中、ニーナがオレの袖を引っ張った。
「あの、お兄様……。もしよろしければ、私が切り分けますが」
「……? ああ、包丁を持ってきてくれるってことか。せっかくだけど、刃物は危ないからさ」
「いえ、そうではなく。そのぐらいの大きさであれば、手刀でいけるかと思われますので」
気合いを入れた「そいやっ」というかけ声も可愛らしく、優雅に手のひらを縦へと振り下ろして少女は微笑んでいる。……えーと? オレの聞き間違いかなあ?
「……手刀?」
「手刀ですわ」
「……ニーナが?」
「はい、私めが」
龍人族ですのでそのぐらいはできますわ、と、ニーナは付け加えた。聞けば、リンゴ程度は軽く握りつぶせるらしい。……どうなってんだよ、龍人族の身体能力。
とはいえ、勢い余ってドレスを汚すかもしれないし、ここは断っておこう。しかしそうか、手刀かあ……。天才少女なのに腕力がスゴイとか、これもいわゆるギャップ萌えというヤツなのだろうね。知らんけど。
いずれにせよ、一度、キッチンへ足を運ぶべきだろう。その必要性に迫られたのは、両手に抱える青色の作物というよりも、むしろ三つ目の作物を収穫した時だった。
土の中で生育を遂げていたこの作物は、サツマイモを彷彿とさせる形状で、土を払うとほんのり黄色く、表面はゴツゴツしている。直感的に生では食べられない印象だ。
必然的に加熱調理をしなければ試食ができない状況になったわけで、謎の青色をした作物も、ついでに切りわけてしまえばいい。収穫した三種類の作物を手に意見を一致させると、オレとニーナは領主邸へ戻ることにした。
***
結論から言おう。なんかもう、ムチャクチャだった。
キッチンに足を運んだオレたちは、手始めに青色をしたラグビーボールの作物を切り分けることにした。すると、厚さ一センチ程度の皮の中から姿を覗かせたのが、オレンジよりも鮮やかなオレンジ色をした可食部だったワケだ。
混沌としか言い表せないコントラストに混乱するオレを気にも留めず、ニーナは「今度こそ私が試食をしますわ!」と、止める間もなくオレンジ色の可食部へかぶりついた。
「えぇ……? マジですか……ニーナさん?」と、ドン引きするこちらをよそに、ニーナは口の中でシャリシャリと小気味よい音を響かせながら、ゴクリとそれを飲み込んで、ワナワナと身体を震わせ始める。
ほらぁ、いわんこっちゃない。オレが毒味をしてからでも試食は出来るだろう? 天才少女の好奇心に半ば呆れながらも、口直しのための水を用意するため、コップを取りに向かおうとしたその矢先。
十歳とは思えない力強さで、ニーナはオレの腕をぎゅっと掴んだ。えっ? えっ!? ど、どうした? そんなに不味かったのか?
「……いです」
「ああ、やっぱりまず」
「美味しいです! お兄様!!」
「……は?」
「こんなに美味しい果物……いえ、野菜なのでしょうか? とにかく食べたことがありませんわ!」
満天の星空を思わせるように瞳を輝かせ、ニーナはさらに一口オレンジ色の可食部へかぶりついた。……マジで?
「マジもマジ。大マジですわっ!」
興奮のあまり、言葉遣いがおかしくなってるぞ、おい。とはいえ、普段おしとやかな天才少女がここまでの反応を見せるのは、オレとしても興味を引かれてしまう。
「ん~! 美味しいですわ~!」と頬に手を当てながら、なおも食べるのを止めようとしないニーナに続けとばかりに、オレンジ色の可食部を一口頬張ってみる。
シャリシャリとした食感、ジューシーとも言えるみずみずしさ、ほどよい甘味。食欲を減退させる青色の実からは想像もつかない、旨味のハーモニーが次々と口の中で繰り広げられる。えー! いい意味で期待を裏切る美味しさじゃんか!?
……というか。この味、どこかで食べたことがあるような……?
脳内に眠る味覚の辞書からページをめくっていき、ようやく該当する果物の項目へ辿り着いたオレは、感嘆交じりの声を上げた。
「わかったっ! スイカだわ、コレ!」
「すい……か? すいか、とはなんですの?」
「あ~……、そうか、こっちの世界にはスイカがないのか」
考えてみればイチゴや桃ですら存在していなかったのだ。スイカがなくても不思議じゃないのか。日本の夏の風物詩である果物を教えてあげると、ニーナは半分に切られた青色の作物をまじまじと眺めやった。
「お兄様のいた世界では、このような不思議な果物が日常にあったのですね……」
「こんな変な色じゃなかったけどね……」
もっとも、これならリアも食べられるかもしれない。先ほどの激辛ショックから幾分立ち直ったオレは、最後のひとつである黄色のサツマイモへ手を伸ばした。
まずは包丁で真っ二つに切ってみる。断面は芋類を彷彿とさせる乳白色で、切り口からはほんのりと甘い香りが立ち上がった。
これなら激辛になることもないだろうと安堵を覚えつつ、とりあえずは一口大に切り分けてから、鍋で煮て様子を伺ってみる。
で、火を通すことしばらく。鍋からは芋とは似ても似つかない匂いが漂い始め、キッチン中へ広がっていった。例えるならホットミルクとかバターとか、そういう感じの甘い香りというか、お菓子っぽい匂いというか。
「クッキーのような匂いですわね」
鍋に鼻を近づけつつ、ニーナが呟いた。あ~、言われてみれば確かにね。ジャガイモとかサツマイモっていうよりも、クッキーとかビスケットとか、そういう匂いだよなぁ、これ。
えぇ? 焼き菓子の味がする芋とか、そんな奇妙なもの、いくら何でも
……はい、スイマセン。味はクッキーそのものでした。めちゃくちゃ甘いでやんの。うわー、マジか、妖精の祝福の力半端ないな……。
感心するのも束の間、オレは閃いてしまった。煮ただけでクッキーの味にそっくりの芋なのだ。輪切りにしたものをオーブンで焼いたら、芋からクッキーが出来るんじゃないかって。
思いついたら実行に移すのみである。一センチ幅に切り分けた黄色い芋をオーブンで焼くこと約七分。香ばしい匂いはクッキーのそれと変わらず、焼きあがった見た目だけでなく、味もさっくりサクサクなクッキーそのものだった。
焼き菓子特有の甘い香りを漂わせる代物は、食いしん坊のアイラを思わず引き寄せるほどで、「菓子を作っておるなら一声かけよ」と注文をつける猫人族の妻に、オレは事情を説明した。
「阿呆ぅ。芋から焼き菓子ができるわけなかろう。幻覚でも見ておるのか?」
「デスヨネー」
「でもまあ、でたらめなものを作るのがお主の取り柄でもあるからのう」
褒めているのかけなしているのかわからない感想を漏らしてから、アイラは焼き上がったそれを口へ放り込んだ。猫耳をぴょこぴょこと動かして、満足の吐息を漏らしている。どうやらお気に召したらしい。
オレはといえばアイラほど素直に感動を覚えることは出来ず、構築という能力の不可解さと、妖精たちの不思議な力に首をかしげるしかできない。
……できてしまったものは仕方ないとはいえ、こんな不可解な作物が果たして存在してもいいんだろうか?
とはいえ、栽培しないと、この味を知ってしまったアイラから何を言われるかわかったもんじゃないしなあ。いやはや、どうしたもんかねと思い悩んでいる最中、一通りの試食を終えたニーナは興奮の面持ちでオレを見やった。
「お兄様っ! お兄様は、本当に不思議な作物をお作りできるのですねっ!」
「いや、まあ、なんというか……」
「私、感動しました! 作物からお菓子が出来るなんてっ!」
このままだと構築の能力について、ものすごい誤解を与えそうなので、早めに誤解を解いておこう。あとアイラ、試食はそこそこにしておくように!
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