266.妖精たちとの合作(前編)
「――新種の果物を作る?」
「そうそう。できれば爽やかな感じのヤツを作ろうと思ってな」
「それはかまわないけれど……」
ココはふわふわと宙を漂いながら、ロロとララと視線を交わし合った。
「新種の果物なら、『妖精桃』があるじゃない。あれじゃあダメなの?」
「そうっスよ、ご主人。『妖精桃』は、なかなかの逸品っスよ?」
「もも……おいしい……」
ココに同意する声が湧き上がるも、オレは首を横に振ってみせる。
「桃はダメなんだよ。あれだと甘すぎる」
「……? 果物は甘いほうが美味しいじゃない」
「一理あるんだけどな。甘すぎるとリアが食べられないんだよ」
朝から嘔吐を繰り返していたリアは、結局、食事を摂ることができなかった。しかしながら、何も食べないというのは身体に良くない。
食欲がない中でも、何か食べられそうものはないだろうか。ベッドでぐったりと横になる龍人族の妻へ聞いたところ、「……酸味のある果物なら、少しは食べられるかもしれません」という声が返ってきたのだった。
オレンジが真っ先に思い浮かんだけれど、果肉の粒々が虫の卵を連想させて気持ち悪くなってしまうらしい。それなら、多少甘みはあるけど爽やかなイチゴはどうだろうと聞いたら、やはりあの表面上の粒々が雪虫に思えてしまうそうだ。
妖精桃は甘すぎるということで却下。何かないかと思案した末、ハーフフットのアレックスとダリルに頼んで、ワイン用の『海ぶどう』を分けてもらい、とりあえずはそれを食べてもらうことに。
ただ、このままの状況はよろしくないだろうと考えたオレは、いっそのこと、新種の果物を作ろうと思い立ったのだった。
「……つまりはこういうこと? つわりで苦しむリアのためだけに果物を作りたい。そういう話なの?」
頷くオレに、ココは深いため息で応じた。
「呆れた。そんな理由で新種を作ろうとか、度が過ぎているんじゃなくって?」
「愛が深い男だからな、オレは」
冗談交じりに返したものの、成功したとは言えなかったみたいだ。ココは腰に手をやって、
「……そうね。貴方はそういう人だったわね」
と、苦笑いを浮かべている。……マジメに返されると、こっちが照れくさくなるんだが……。
「いやぁ、ご主人、相変わらずラブラブっすねぇ!」
「あいしあう……いい……」
ココとララが追随し、いても経ってもいられなくなったオレは、コホンと咳払いをひとつした。
「理由なら他にもあるんだ。これが上手くいけば、妊婦さんが食べられるものの選択肢が増えるだろう?」
つわりの苦しみやつらさはわからないけれど、負担が軽減できるなら、やれることはやっておきたい。食欲がない中でも、食べるという楽しみがあれば、少しは気も休まるのではないかと考えたのだ。
「そうね。妊婦はリアだけではないものね」
「だろ? 今後を見据えれば、用意した方がいい」
「なにせご主人は五人も奥さんがいるっスもんね! いやあ、愛されてるっスねえ!」
「いや、オレが言いたいのは大陸中の妊婦さんにだな……」
「らぶらぶ……いい……いいね……らぶらぶ……」
ああ、ダメだ。完全に聞く耳持たないモードに入ったな。オレとしては純粋に、大陸中の妊婦さんたちへ広まればいいなあと思っていたんだけどね。
というか、さっきから気になっているんだけど。
「なあ? 妖精って、滅多に人前へ姿を現さないんだよな?」
「そうよ。いまさらどうしたの?」
「いや、ニーナが驚く様子もなかったからさ。珍しくないのかなって」
「……言われてみれば、確かにそうね」
視線を一身に受けたニーナは静かに微笑んでみせる。
「国にいた頃、皆様とはお目にかかる機会がございましたので」
「そうなのか?」
「お目にかかるといっても、こちらから一方的にという話ですが」
情報伝達としての役目を帯びて、ジークフリートやゲオルクのもとへ向かう妖精たちを、何度か見かけたことがあるらしい。
「見目麗しい皆様とはぜひ一度お話ししたいと思っていたのです。このような機会が訪れるとは、望外の喜びですわ」
「あら、貴女。幼いのに
「恐縮ですわ」
うやうやしく頭を下げるニーナ。う~む、十歳にしてこの社交性の高さよ。将来が恐ろしいね。
心の底からの言葉なのか社交辞令なのかはわからないけれど、ニーナの丁寧な挨拶は、妖精たちのやる気を引き出すに十分な効力を発揮したようだ。
ココたちはオレの肩へ腰掛けると、作業を始めるよう促した。
「私たちの力を見せてあげるいい機会じゃない。さあ、タスク、早く構築の支度にかかりなさい」
「わかったから、そう急かすなって。どの種子を掛け合わせるか考えているんだから」
そんなわけで、種子を手に取りつつ、同時にニーナへ構築のスキルがどのようなものかを説明することに。ニーナ自身、ジークフリートやゲオルクからある程度の話は聞いていたみたいだけど、実際、自分の目で確かめるまでは半信半疑だったようだ。
「お兄様は本当にそのようなことができるのですね……」
「成功するかどうかは運次第だけどね。ま、今回は上手くいくんじゃないかな」
「当然よ! 私たちが手を貸しているんですもの。美味しい果物が作れるに決まっているわ!」
ココの過剰なまでの自信はさておいて。
今回の構築は妖精桃とイチゴの種子を中心に、様々な種を組み合わせる方針で決定。甘みと酸味のバランスが取れる果物の誕生を願うばかりだ。
とはいえ、とんでもない樹木や作物が誕生した例も少なくないわけで。妖精による祝福の力がプラスに働くことを期待するしかない。
そんなこんなで、試行錯誤を繰り返しつつ、構築を行うこと実に数十回。できあがった種子はたった三個で、それぞれ赤・青・黄色と色合いも異なる。いや、赤と黄色はまだいいよ。青い種ってなんだよ、青い種って。ヤバい新種が出来たんじゃないだろうな?
その上、植えたところで、無事に育つかどうかもわからないときてる。いつも通りなら三日間で生育して収穫できるけど、どうなることやら。
「大丈夫、きっと上手くいくわ」
「そうっスよ、ご主人。自信を持って欲しいっス!」
「ふぁいと……タスク……」
妖精たちの励ましを聞きながら、できあがった種子を庭先へ埋めていく。ここなら結果がすぐわかるし、急な変化にも対応できるからな。危険な代物だったら、ソフィアに頼んで燃やしてもらおう。
とにかく。
美味しい果物じゃなかったとしても、せめてリアが食べられそうなものが出来ますように。そんなことを願いつつ、妖精たちの労を果実水でねぎらうため、オレは領主邸へ踵を返した。
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