264.義妹
あ、言っておくけど、何かに目覚めそうになったっていうのは、ロリとかそういうんじゃないからなっ!? 庇護欲というか、父性というか、そういうやつって話なだけで、そこだけは断じて違うと声を大にして言っておきたいっ!
ていうか、十歳でしょ? そのぐらいの娘がいてもおかしくない年齢になっちゃったからなあ、オレも……。だからといって、『お兄様』呼びを止めてもらおうだなんて、ちっとも思いませんけど!
……なんだろう、この手の話題を続けていると、墓穴を掘りそうなんだよな? そろそろ止めておくか……。
とにかく。
図書館建設は明日以降に取りかかるとしておいて、まずは部屋の準備を整えるべく、オレはカミラを呼び寄せてニーナを案内させることにした。奥さんたちへの紹介は食事の時でいいだろう。
領主邸の外では一仕事を終えたゲオルクが佇んでいて、ニーナが領主邸で暮らすことになった旨を伝えると、赤髪の龍人族は安堵のため息を漏らした。
「それはよかった。ここへ来る前は、ひとり暮らしをするんだと言っていたからね」
「ニーナのご両親はなんて?」
「もちろん大反対さ。天才とはいえ、生活能力が備わっているかといえば、それはまた別の話になるからね。勉強へ夢中になるあまり、食事を摂らないのもざらだったという話だったし」
もっとも、タスク君と一緒ならそれも問題ないだろうねと笑い、ゲオルクはさらに続ける。
「何にせよ、あの子をよろしく頼むよ。しっかりしていても、まだまだ子どもだからね。いろいろ面倒を見てやってくれ」
「もちろんです。本人はどうか知りませんが、せいぜい健やかに過ごしてもらいますよ」
労働への意欲は買うけど、負担をかけるつもりはさらさらない。当面はアルフレッドの補佐へついてもらおうと決めたばかりなのだ。ま、しばらくは様子を見ながらって感じになるかな。
「むしろオレとしては、労働なんかより、遊びへ情熱を注いでもらいたいんですけどね。あの子ぐらいの年齢なら、体力の尽きるまで友だちと遊び倒すのが普通なんじゃないですか?」
「ここなら同年代の子どもたちがたくさんいるだろう? そのうち友だちもできるだろうさ」
「だったらいいですけどねえ。ほら、ウチって、ちょっと特殊な大人たちがいっぱいでしょう? 感化されないか心配なんですよ」
「キミを筆頭に、かい?」
そういってゲオルクは苦笑する。……否定はしませんとも、ええ。
「すまない。からかうつもりはなかったんだ」
「自覚はあるので、気にしないでください」
「そう卑下しなくてもいいじゃないか。私自身、あの子にとって、ここはいい環境だと思っているのだよ」
「そうですかあ?」
「枠にとらわれない人々がいた方が、あの子ものびのびできるだろうからね。……っといかん、ついつい長話をしてしまったな」
聞けば、十八人いる奥さんのひとりが誕生日だそうで、急ぎ帰ってパーティの準備をしなければいけないらしい。それはおめでたいじゃないですかと、先日ジークフリートにも手渡した『妖精桃』をお土産に用意することに。
礼を述べて飛び去っていく真紅のドラゴンを見送った後、オレは庭の一角へと視線を動かした。
「……しっかしなあ。これ全部が本なのか……」
山積みとなった木箱は圧迫感すら覚える。早々に図書館建設へ取りかからなければと思いながら、オレは領主邸へ踵を返した。
***
五人の奥さんへニーナを紹介したのは、夕食の時である。
程度の差こそありはすれど、『義妹』ができたことを五人とも歓迎くれたようだ。
中でもひときわ喜んでいたのは、服装デザイナーとしての知名度を高めつつあるダークエルフで、早くも『なっちん』というあだ名をつけては、親しげに話しかけている。
ウェーブがかった薄紫色のロングヘアと、コバルトブルーの瞳が印象的な陶器人形を思わせる才媛に興味津々といった様子で、矢継ぎ早へ質問を浴びせるのだった。
「ねえねえ☆ なっちんってばおじょーさまなんでしょ? いま着ているドレスみたいなの、いっぱい持ってきてたりとかしちゃうワケ?」
「……え? ええ。母が熱心に揃えてくれておりましたが、私自身、服装にはあまり興味がないといいましょうか」
「またまたー★ そんなこといってー♪ お庭に衣装箱がたくさんあったの、ウチちゃんと見てるんだからね☆」
「あー……。ベルさんや」
「なぁにぃ、タックン?」
「期待しているところ悪いんだけど、あの中身、全部本だからな」
「……ほぇ?」
「はい。お兄様が仰るとおり、あれらはすべて書籍でございますわ」
頷くニーナを見やると、一瞬のうちにベルはガックリと肩を落としてみせる。そんなにか、そんなにドレスが見たかったのか……?
ただね、ここは考え方次第なんじゃないかな。衣服を用意していない分、ニーナに似合うドレスをベル自身の手で作ってあげればいいじゃないかと。モデルがいい分、創作意欲も沸き立つってもんでしょ?
慰め半分にそう声をかけると、ベルは表情をコロッと変えて、「アハッ☆ それもそうだねー♪」と朗らかに声を上げた。
「でもでも、その前にぃ、リアっちのマタニティウェアを作んなきゃね☆」
「へ? ぼ、ボクの、ですか?」
「そうだよー! これからお腹もおっきくなるんだし、準備はちゃんとしておかなきゃ★」
アイラもエリーゼもヴァイオレットも、揃って首を縦に振っている。むしろ、当事者であるリアだけが戸惑いの色を浮かべているといった具合だ。
「うーん……。そんなに準備を急ぐ必要ありますかねえ? まだまだ先の話ですよ?」
「何言ってるんだ。むしろ今のうちからきちんとしておかないと」
「タスクさんまでそんなこと言って……」
気遣いの言葉がむしろ傷つくといった具合に、リアは拗ねた表情を見せる。何がそんなに気に入らないんだ?
「だって、ほら、寝室も一階になっちゃいましたし……。タスクさんのお部屋へ行く機会も減っちゃうじゃないですかあ」
「いや、それは仕方ないというか……」
「皆さんとも離れちゃう感じがして、ボクとしては寂しいというか……」
疎外感を覚えるその声に、オレは席を立つと、リアの肩へ手を置いた。
「心配するなよ。オレからリアの部屋へ遊びにいくからさ」
「……ホント、ですか?」
「もちろん! っていうか、みんなも放っておかないと思うぞ?」
「そうじゃぞ、リア。そなたをひとりきりにするなど、姉妹妻としてありえん話じゃ」
「は、はい……。お、お邪魔でなれば、ワタシもお部屋へ伺いたいです」
「うむ。カードや将棋へ興じる程度なら、身体にも負担はかからないだろう。お相手つかまつろうではないか」
こみ上げてくる波動を堪えながら、リアは頬を紅潮させて「ありがとうございます」と繰り返している。結婚してからしばらく経つけど、五人の仲の良さは相変わらず変わらない。
できればこのまま、出産までは平穏無事に過ごしてもらいたい。そんな考えも束の間、変化は急に訪れた。
リアのつわりが始まったのだ。
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