番外編・マンドラゴラの活用法(168.5話)

 リアから手作りサラダをごちそうしてもらった、その翌日。


 オレはサラダの主たる材料となった、マンドラゴラ畑へ足を運んでいた。一面には青々とした葉が広がっていて、さながら大根畑を思わせる。


 というか、実際、食べてみた感じも大根そっくりだったしな。このまま品種改良を進めていけば、本当に大根へ進化するんじゃないだろうかと思わなくもなかったりする。今のところ、見た目は食欲を減退させる、能面の不思議野菜でしかないけどね。


 ま、それはさておき。


 マンドラゴラの味が大根そっくりだという知見を得たものの、オレはちょっとした落胆を覚えていたのだった。


「……葉っぱの部分も食べられるって思ったんだけどなあ」


 根菜の葉や野草などを食べる習慣は、こちらの世界でも共通して存在する食文化なんだけど。意外にも、マンドラゴラの葉っぱについては食べる機会がないそうだ。


「それはそうですよ」


 昨日、マンドラゴラのサラダを作ったリアはその理由を説明してくれた。


「マンドラゴラっていったら野生のものが普通ですし。そのほとんどがお薬として使われますから」

「そっか。食材というより、薬草みたいな扱いなんだな」

「です。こうやって栽培していること自体が珍しいというか、食用のマンドラゴラなんて奇跡の代物ですよ?」


 そう言いながら、リアは「はい、タスクさん、あーんしてください!」と、生のマンドラゴラをオレの口元へ運んでいく。そういった話を聞いてしまうと、この光景も違和感しか覚えないんだよなあ。


 もぐもぐと口を動かしつつ、キッチンの方へ視線を移してから、オレはゴクリとマンドラゴラを胃の中へ収めた。


「葉っぱの部分はどうするんだ? キッチンへ残しておいたままだろ?」

「乾燥させて、お薬にしようと思ってます」

「あれだけ青々と立派に育っていたんだし、葉っぱも食べられないかな?」


 だってさ、サラダにしている白い部分がこれだけ美味しいんだぞ? サッパリしてるし、大根そのまんまっていうか。それなら葉の部分も十分美味しいと思うんだよ。


 酒のつまみに浅漬けとか、塩もみして菜飯というのもいいよね。素朴な味わいが好きなんだよなあと故郷にほんの味を脳内で再現していた最中、リアは口を開いた。


「食べるんですか? 葉っぱを?」

「ダメなのか?」

「いえ、そういうわけではないんですけど……」

「?」

「多分、タスクさんが思っているような料理にはならないかなって」


***


 なるほどなるほど。リアが話していた意味はこういうことだったのか。


 キッチンへ残されたマンドラゴラの葉を片手に、オレは軽い衝撃に襲われていた。


 見た目は大根そっくりで、味も大根そのまんまだったのに、葉っぱの部分に関してだけはまったく異なる性質だったからだ。


 包丁で切った途端、葉の部分からは粘り気のある透明な液体が生じ、まな板の上へ広がっていく。


 アロエに近いといえばわかりやすいだろうか? 野菜でいえばオクラとか、そんな感じ。試しに塩もみしてみたら、粘り気のある液体がさらに出てくる。


 恐る恐る試食してみたものの、無味無臭、葉っぱ自体にはなんのうまみも感じないのだ。うーん、イケると思ったんだけど、こうも何も味を感じないとガッカリしちゃうよなあ。


「とんでもない! 十分すごいことですよ!」


 肩を落とすオレにリアは語りかけた。野生のマンドラゴラの葉は苦みが特に際立ち、薬用として扱うのも難易度が高いらしい。


「そんなわけなので、無味無臭の葉っぱとか貴重でしかないというか」

「そういうもんか?」

「そういうもんです」


 マンドラゴラの葉をひょいと受け取って、「どんな薬にしようかなあ」とリアは上機嫌に呟いた。


 ……まあ、元々は薬用だもんな。それを食べようっていうのが間違いか。でもなあ、久しぶりに浅漬けとか菜飯食べたいじゃん? ある程度はバリエーションが豊かになってきているとはいえ、やはり和食は充実させたいのだ。


 やれやれ、こうなってくるとアイラの食い意地の悪さを笑えなくなってくるなと、オレはひとり心の中で苦笑しながら、今や真剣な眼差しでマンドラゴラの葉と向き合う、美しい龍人族の妻の姿を見つめるのだった。


***


 ……そういった具合で、そっかあ生では食べられないかと思ったものの、悲しいかな和食に対する執念は捨てきれず。


 なんとか上手いアイデアが閃かないかなと、今日も今日とてマンドラゴラ畑にやってきたわけだ。


「でもなあ、あの感じだと加熱してもどうしようもなさそうだしなあ」


 どうにかして再現できそうな和食を脳内でリサーチしてみるも、これといったレシピには辿り着かない。……はあ、仕方ない、これは諦めるしかないかと踵を返そうとした瞬間、とある二人組の姿を視界へ捉えた。


 リアとソフィアだ。龍人族と魔道士の組み合わせは珍しいなと思っていると、談笑を終えたのか二人は手を振り交わして別れた後、それぞれに歩き始める。


 やがてこちらに気付いたリアは、太陽のような笑顔を浮かべ、白衣をまとったまま、猛烈な勢いでオレに抱きついた。


「エヘヘヘヘ! タスクさん! もしかしてボクを待っていてくれたんですか!?」

「ああ、まあ、なんというか、そんなところ」

「本当ですかっ!? ボクっ! ボクっ、嬉しいです!」


 そう言って、リアは背中へ回した手の力を一層強めてみせる。まさか本当のことはいえないし、ここは話を合わせておくのが一番だろう、うん。


「ソフィアと話し込んでいたみたいだけど」


 さりげなく話題を変えようと話を振ってみせる。すると、見上げるようにしてオレの顔をのぞき込んだリアは、ええそうなんですと前置きしてから続けた。


「ちょっとした依頼を受けまして」

「依頼?」

「はい! 化粧水を作ってほしいと!」


 リアの説明によると、こちらの世界において化粧品は医薬品に分類されるそうだ。


「直接、身体につけるものですからね。安全第一です!」

「なるほどね。薬学の派生形みたいなもんなのか」


 そう応じ返すと、リアは首を縦に振ってみせる。


「領内にいる女性たちの化粧品のほとんどは、ボクやクラーラが作ったものなんですよ?」

「知らなかった……。てっきりアルフレッドから仕入れているのかと」

「中にはそういったモノもありますけど、基礎化粧品はそれぞれの体質に合わせて作るのが一番ですから!」


 メイクに人一倍敏感なソフィアが依頼をするのも当然か。そう考えると、あんまり珍しく組み合わせじゃないのかもな。


 でもそうか、みんな年頃の女の子だもんな。ケアには当然気を遣うかと、オレはリアの顔をじぃっと覗き返した。


「……ど、どうしました?」

「いや、そういうの使ってなくても、十分可愛いのになあと思って」


 純粋にそう思ったのでつい声に出してしまったけれど、リアには十分すぎるほどの不意打ちになったようだ。見る見るうちに顔を真っ赤にさせた龍人族の薬学者は、背中に回した手を離し、今度はオレの背中をバシバシと叩き始めた。


「もうっ! もうっ! タスクさんってばっ! 急に何言うんですかっ!」

「い、いや、ふとそんな風に思ってっていうか、リア、力が強」

「そりゃあボクだって、お肌のケアとか面倒だなあって思うときはありますよ!? でも、でも、愛おしいタスクさんのためならいつまでも綺麗でいたいっていうか、可愛く思われたいっていうか、ああもう恥ずかしいっ!!」

「あははは、リア。その気持ちだけでも嬉しいから、その、なんだな。力を弱めてくれると助か」


 と、言い終えるよりも先にピタリと叩くのを止めたリアは、何かを思い出したか、今度は軽くため息をついた。急にどうした?


「いえ、ソフィアさんからの依頼をどうしようか考えちゃって」

「? 化粧水を作るっていう依頼か」


 こくりと頷いて、リアは続ける。


「ここって、いろいろな種族の皆さんが暮らしているじゃないですか。種族によっては肌質が変わってしまうので、調整が難しいといいますか……」


 リアの作る化粧水は、蒸留水とジェムプラントオイルを混ぜ合わせたものをベースに、それぞれの体質に合わせて薬草などを調合していく。


「なんですけど、中にはジェムプラントオイルが合わないっていう人がいるみたいで」


 ダークエルフの国の特産物でもあるジェムプラントオイルは、保湿を目的に植物から抽出されたものだ。とはいえ、ソフィアたち魔道士の肌質にはいまいちらしい。


「魔道国ではジェムプラントオイルを使う風習がないみたいで。ソフィアさんたちの話を聞きながら、代替品を探しているんですけど」

「なかなか見つからない?」

「はい……」


 力なくうなだれるリア。優秀な薬学者でもある彼女がここまで落ち込むのだ。相当に苦戦しているのだろう。


「いろんな植物のエキスを抽出しては、ソフィアさんたちに意見を聞いての繰り返しで」

「なるほどねえ」

「……タスクさん」

「ん?」

「タスクさんの構築ビルドの能力で、化粧品用の新しい薬草作れませんか!? こう、保湿力があって、肌に優しい植物、みたいな!」

「無茶言うなって。そんなの狙ってできるわけが」


 ない、と言おうとした、その時だった。青々とした光景を目の当たりにしながら、オレはリアへと切り出した。


「肌に優しいかどうかはわかんないけどさ」

「?」

「保湿力がありそうな植物なら、目の前にあるじゃないか」


***


 程なくしてマンドラゴラを手にしたオレとリアは、薬学研究所へ足を運ぶのだった。


 昨日感じた葉っぱの粘り気。アロエに通ずるあの液体なら、化粧品として役立てないかと考えたんだけど、リアにはその発想がなかったらしい。


「それはそうですよ! マンドラゴラの葉は刺激的な匂いと液体って相場が決まっているんですから!」

「そういうもんかあ」

「でもでも! おかげで固定観念が打ち破られたというか! さすがはタスクさんです!」


 キラキラとした眼差しを向けられてもなあ。オレはあいにく化粧品について詳しくないし、アロエに美容効果があるって知識しかなかったし。


「些細な知識でも、やがては大発見につながるものですよ!」

「だといいけどねえ」


 やがてマンドラゴラの葉っぱから液体の抽出を終えたリアは、慣れた手つきで調合を始めた。いくつかの小瓶を取り出しては、数滴を加え、慎重にかき混ぜていく。


「……うん、これで良し! タスクさん、腕を出してください」

「こうか?」

「はい! じゃ、試し塗りをしましょう!」


 そうして試作を終えた化粧水をオレの腕に垂らしたリアは、自分の腕にもそれを垂らしていく。手でそれを塗っていくと、しっとりとした液体が皮膚の上へ心地よく広がるのがわかった。


 ほのかに柑橘系の匂いがするのは、果物のオイルを加えたからだろうか。ともあれ、リアとしてはこれ以上ない出来映えに満足を覚えたようで、これならソフィアさんたちも気に入りますよと太鼓判を押した。


「魔道国の皆さんだけでなく、これなら誰の肌にでも合うと思います!」

「それならよかった」

「エヘヘへ、それもこれもタスクさんのおかげです! ありがとうございます!」

「オレは何もしてないよ。リアの技術があってこそじゃないか」

「そんなことありません! さすがはタスクさんっていうか。……それに」

「それに?」

「これを使えば、もっともーっと綺麗になって、タスクさんに好きでいてもらえるかなーって」

「リア……」

「エヘヘヘヘ……。ちょ、ちょっと恥ずかしいですね」


 言い終えると同時に、引き寄せるようにリアの身体を抱きしめると、オレたちはどちらともなく顔を近づけていく。


「リア」

「タスクさん……」


 そうしていちゃつき始めようかとした矢先だったかなあ。


「ゴメェン、リアちゃん、言い忘れてたことがあっ……てぇ……」


 陽気な声とともに登場したソフィアがオレたちを見るなり固まりまして。


 次の瞬間、ニマニマとしたり顔を浮かべながら「ごゆっくりぃ」と静かに部屋を出て行こうと……って、いやいやいや! 違うんだ、これは! いや、違わないんだけど! その、なんというか!


「わかるわかるぅ! 寝室じゃない、普段と違うシチュエーションって興奮するもんねぇ! こういう職場でのセッ」

「それ以上は良くない!」


 ……ゴホン! あー、とにもかくにも(ヤケクソ)!!


 こうして新たな特産品でもある「マンドラゴラ化粧水」が誕生し、瞬く間に大陸中へ広まっていった。


 で、ここからは余談なんだけど。


 特産品として売り出す前の打ち合わせにおいて、「ハイハイハイ!」と真っ先に挙手をしたリアは、


「タスクさんのアイデアから生まれた商品なのだから、『タスク水』という名前で売り出しましょう!」


 と、周りの困惑をよそに熱烈な提案をするのだった。おまけに「名案でしょー!」と言わんばかりの得意顔を添えて。


 ……却下するまでに相当の苦労と時間を要したのは言うまでもない。

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