番外編・こだわりのパン職人(55.5話)

 こちらの世界へやってきてから、今まで以上に食事の時間が大切なものとなった。


 料理を作るだけでなく、食べるのも好きだったし、食へのこだわりもそこそこにある方だと自負している。


 とはいえここは異世界。日本のように食材が豊かでもなければ、使える材料にも限りがあるわけだ。


 そんな環境下に置かれているとはいえ、現状、日々の食生活にオレは深い満足を覚えている。


 野菜のたっぷり入ったスープにウサギのソテー、それに遙麦を使った白パンと七色糖のお茶。


 リンゴと貝類しか食べられなかった頃と比べれば、段違いのごちそうだ。何より抜群に美味しい。


 それもこれもエリーゼのおかげであり、彼女の卓越した腕前に感心しながら、今日も今日とて舌鼓を打っていたところ、料理上手のハイエルフはぽつりと、しかしながらはっきりとした口調でこんなことを呟いた。


「な、何か違いますよね……」


 テーブルを囲むオレとアイラ、それにベルも、エリーゼが何を言っているのか理解できず、その言葉の続きを待つようにふくよかなハイエルフの顔を見やった。


「も、もっとバリエーションを増やさないと……」

「バリエーション?」


 確認するよう尋ねたオレに、エリーゼがこくりと頷く。


 ……え? 料理のバリエーションを増やすって意味なのか? 今でも十分すぎると思うけど。


「そうだよ、エリちゃん☆ ウチ、村でもこんなごちそう食べられなかったよ? これ以上はぜいたくっていうかぁ」

「い、いえ、料理ではなくて」

「?」

「わ、ワタシが言っているのはパンの事なんです」


 エリーゼはそう言うと、かごへ積まれた白パンをチラリと見やった。パン? パンのバリエーションを増やすって、どういう意味だ?


「ほ、ほら、いつも同じ白パンばかりじゃないですか。皆さん飽きてくる頃なんじゃないかって思って……」

「エリーゼの作るパンは美味しいし、一度もそんな風に思ったことないけどなあ?」

「うむ! おぬしの作るパンは一級品じゃからな! もっと自信を持つといい!」


 オレの言葉に同意してから、アイラは白パンを掴むとそのまま口元へと運んでいく。食にうるさいこの猫人族ですら満足しているのだ。胸を張っていいと思うけど。


「で、でも、タスクさんが作るパンはもっと素晴らしいですし!」

「えぇ? そんなことないだろ? 料理に関しちゃエリーゼにかなわないって」

「だ、だって、この前作ってくださったパン! とっても美味しかったじゃないですか!」


 その時を思い出したのか、落ち込んだ表情でかぶりを振るエリーゼ。この前? この前って?


 ……ああ! あれか、突如として乱暴な味のものが食べたくなったから、バンズにチキンカツと炒めたキャベツ、それにトマトとタルタルソースを挟んだんだよな。


 いわゆるハンバーガー的なやつだ……って、え? あれをパンの一種だと思ってるのか? オレからしたら単なる調理パンにしか過ぎないんだけど。


「ぱ、パンに何かを挟むとか、ワタシには想像もできないですし」

「はい?」

「アハッ☆ 言われてみればそうかもね♪」

「そうじゃなあ。パンはパンとして単体で食べてしまうからの」


 エリーゼに続いて、ベルとアイラが割って入る。……あ、もしかしてこれはあれか。サンドウィッチっていう料理自体が存在しないとかそういう話?


「というかの」


 二つ目の白パンを平らげたアイラが、三つ目へ手を伸ばしつつ続けた。


「異邦人のおぬしは知らぬじゃろうが、こちらの世界でパンと言えば黒パンを指すからの」

「だねー☆ おかずはないのがふつーっていうか? せいぜいあってもスープぐらい?」


 そんなわけで、パンへ具材を挟むという発想自体、こちらの世界の人たちにしてみれば非常識だそうだ。なんか、スイマセン……。


「せ、せっかく料理を任されているので、ワタシも美味しいパンを作りたいのですが……」


 そう言って、エリーゼは口をつぐんだ。オレからすればまったくもって問題ないんだけどなあ。彼女なりにこだわりがあるのだろう。


 そんなエリーゼを励ますように、アイラとベルが次々に声を上げる。


「大丈夫じゃ、エリーゼ! そなたの腕前ならタスクを超えるパンがきっと作れるじゃろうて!」

「あ、アイラさん……」

「そうだよ、エリちゃん♪ もっと自分に自信を持って! エリちゃんならタックン以上にすっごいパンが作れるよ☆」

「べ、ベルさん……」

「それにタスクの作ったパンは、具材を挟んだいわば邪道! おぬしの王道にはかなわん!」

「おかずも一緒に食べちゃってるモンねー♪ ちょっち、ひきょーっていうかさー☆」


 目の前で繰り広げられる光景は尊い以外の何者でもなく、オレ自身、エリーゼには頑張ってもらいたいんだけど。


 素直に応援できないのは、なんでオレが引き合いに出されなきゃならないのかってことでね。邪道だ卑怯だと、好き勝手言ってくれるじゃないか、おい。


 ……まあ、いいや。


 とにもかくにも、エリーゼには自信を回復してもらわないと困る。いつもの朗らかな笑顔が見られないのはオレとしても辛いしね。


***


 ……と、いう事情もあって、オレとエリーゼは森へ散歩にきたのだった。


「パンに使える、新しい食材が見つかるかも」


 なんて口実で誘い出したんだけど、要は気分転換である。大自然の中を歩けば、少しは悩みも解消するかな、なんて具合に考えたのだ。


 そしてそれは見事に当たったようで、ふくよかなハイエルフは食用の野草や果物などをせっせと摘み取りながら、パンに混ぜ込んで焼いたら美味しいかも知れないですねなんて、ほんわかとした笑顔を浮かべている。


 うん。やっぱりエリーゼには笑顔が一番似合うよな。なんというか、見ているこちらまで癒されるって言うかさ。


 大自然よりも癒やし効果のあるハイエルフの顔を眺めやりながら、そんな風に考えていると、エリーゼの足がピタリと止まり、その視線が足下へ向くのがわかった。


「どうした?」

「こ、これ」


 エリーゼの指し示した先には、円をかたどるようにハート型の葉が六枚付いた植物が見える。


「こ、『幸運の葉』と呼ばれる植物で。見かけるのは珍しいんです。」

「へえー」

「こ、この植物、普通は葉っぱが五枚なんですけど。六枚付いているのは珍しくて」


 なるほど。元いた世界で言うところの『四つ葉のクローバー』みたいなものかと納得。言われてみれば、形状もどことなく似ているな。


 世界が違えども、似たような風習があるんだなと妙な関心を覚えていると、エリーゼは大事そうに『幸運の葉』を摘み取った。


「エヘヘ。見つけた人には幸運が訪れるって言われていて」

「それじゃあきっと、いいことが起こるよ」

「そ、その時はタスクさんにも、幸運のお裾分けをしたいです」


 朗らかな表情でふくよかなハイエルフは呟いた。胸元へ大事そうに握られた六つ葉の植物を眺めやりつつ、その円を縁取ったその形状は、オレにとある食べ物を連想させる。


「なあ、エリーゼ。ひとつ聞きたいんだけど」

「な、なんでしょう?」

「『ちぎりパン』って聞いたことあるか?」


***


 散歩から戻ったオレたちは、そのままキッチンへと足を運び、新作のパン作りに取りかかった。


 パン生地を作ったらハート型に成形し、それを円形状に六個つなぎ合わせる。『幸運の葉』をパンで再現してしまおうというわけだ。


 そしてここからがポイントで、ハート型をした生地の中、ひとつひとつへ異なる具材を詰め込んでおく。


 イチゴジャム、リンゴジャム、カスタードクリーム。それにポテトサラダ、ウサギ肉をミンチにして香草で炒めたもの、十角鹿のレバーペースト。


 それぞれに甘いものとしょっぱいものが楽しめる、見た目にも楽しいちぎりパンのできあがりだ。


 エリーゼ曰く、パンへ具材を詰め込むという発想はなかったようで、驚きと困惑をない交ぜにした表情で作業へ取りかかっていた。


「な、情けない話です」

「なにが?」

「け、結局のところ、タスクさんのお力を借りて、新しいパン作りに取りかかっているのですから……」


 そう言われてもなあ。こういったパンは元いた世界じゃ当たり前だったし、オレもその作り方を模倣しているだけなので、変にかしこまられると困ってしまう。


「中へ入れる具材を決めたのはエリーゼだろ? レバーペーストなんてオレには思いつきもしなかったし。その発想力は凄いと思いよ」

「そ、そうでしょうか?」

「うん。もっと誇ってもいいと思うけどなあ」


 腕前は確かなんだし、もっと自信を持ってもらいたい。第一、オレはエリーゼの作る料理が大好きなのだ。不満なんて覚えたこともないしね。


 そう言うとエリーゼは赤面して、もじもじと指をいじらせた。


「お、お世辞でもそう言っていただけると、ワタシも嬉しいです」

「とんでもない。本心からそう思ってるよ」

「た、タスクさん……」


 今にも泣き出しそうな表情を見やっていると、石窯から香ばしい匂いが立ちこめて鼻腔をくすぐった。二人の共同作による『幸運の葉』パンが、今まさに焼き上がろうとしていた。


 完成した『幸運の葉』パンの評判は最上級といっていいだろう。


 アイラだけでなくベルも、美味しい美味しいと手を止める気配がない。


 具材を挟むのは邪道とか卑怯とか言っておきながら、パンの中へ具材を入れるのは認めるんだなと思わなくもなかったけどさ。


 エリーゼの嬉しそうな顔をみたらそれもどうでも良くなったっていうか。これを機に、エリーゼにはもっと自由に料理を楽しんでもらいたいな。


 ……なんて、考えていたのも束の間。


 すっかりと創造性を発揮するようになったエリーゼは、ピザやカレーパン、クロワッサンにチョココロネなどなど、数多くのパンのレシピを作り出すほどまでに腕前を上げ。


 そして『幸運の葉』パンは、少しだけその名称を変えて『幸運のパン』という名前で大陸中へと知れ渡るのだった。


 やがてエリーゼ自身、『創作パンの母』と呼ばれるようになるんだけど……。それは遠い未来の話。

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