246.長老会の要望

 それから数日後。ダークエルフの国からイヴァンがやってきた。


 執務室に現れた義弟は、新年の挨拶もそこそこに年明け早々の訪問を詫びると、早速とばかりに本題を切り出した。


「フライハイトの市場開業はいつになるのだと、連合王国の商人たちからせっつかされていまして……。長老会もはやく目処をつけてこいと、私を遣いに出したわけです」

「相変わらず人使いが荒いなあ。オレも人のことは言えないけどさ」

「やむを得ません。義理の兄が領主なら、私を向かわせるのが一番だろうという考えもわかりますしね」


 困惑したような笑顔を浮かべつつ、イヴァンは紅茶の入ったティーカップを手に取った。


「いっそお前も移住してくればいいんだ。長老会の下にいるよりか、マシな労働環境だと思うぞ?」

「ありがたいお誘いですが、移住早々、姉さんがファッションショーを開くとも限りませんからね。身内として、半裸同然の衣装をまとうのはちょっと……」

「アレ、龍人族の国の首都では大ウケなんだってさ」

「そうなんですかっ!? はぁ〜……、それはそれは……」


 サンバカーニバルを彷彿とさせるベル特製の衣装を思い出したのか、イヴァンはなんとも言えない表情を浮かべ、そして静かに紅茶をすすった。


 セクシーなマンドラゴラにも抵抗感を抱く、常識的な義弟からすれば、なかなかに受け入れられない事実なのだろう。


 オレも未だに注文が殺到しているって話が、にわかに信じられないからなあ。


「失礼。本題からずれ始めたようですが……」


 同席するアルフレッドがメガネを直しながら指摘する。……おっと、いけないいけない。市場の開業についてだったな。


「ハンスさんに確認を取りましたが、市場も商人用の宿泊施設も、いつでも稼働できるそうです」


 報告書に目を通しながら、龍人族の商人は続けた。


 各国に通じる街道は整い、新たに移住してきたハイエルフたちも商人向けの飲食店の開業準備を始めている。


 あとはタスクさん次第ですとまとめ、アルフレッドはこちらを見やった。


「なあ、イヴァン。仮に許可を出したとして、連合王国の商人たちは最短どのぐらいでここへ来られるんだ?」

「そうですねえ……。手続きに仕入れ諸々含め、一ヶ月半はかかるかと思いますが」

「わかった。それじゃあ三月の初めを市場の開業日としよう」


 今のうちから通達を出しておけば、遠方で暮らす人間族も市場の開業には間に合うだろう。


 物資と経済、文化の交流は、かねてから思い描いていた計画だったのだ。他方から要望がある以上、できるだけ早急に実現させたい。


 同時に、龍人族の国・ハイエルフの国・獣人族の国と、それぞれの国の商人たちにも市場の開業日を伝えておく必要がある。


 警備などの対策も考えなければいけないし、忙しくなってくるなと思考を巡らせていた矢先、イヴァンが遠慮がちに口を開いた。


「義兄さん。実はもうひとつ、ご相談があるのですが……」


***


 薬学研究所の玄関前に大きな木箱が積まれていく。


 白衣をまとったクラーラは、その中のひとつを降ろして中身を確認すると、研究所の中に向かって声を上げた。


「ちょっと、ジゼル。月夜草と満月熊の手が入ってないわよ?」

「はぁい! お姉さま! 今お持ちします!」

「あと、持っていくマンドラゴラは極力大人しめなのものにしておきなさいな」

「え〜……? 中に入れてたやつダメですかぁ? 私が育てた自信作ですよ?」

「誰もが誰も、アンタと同じ感覚を持ってると思わないことね。いいから入れ替えなさい」


 屋内からひょっこりと姿を覗かせたダークエルフの少女は、モザイク処理を施さないと映せないような形のマンドラゴラを受け取って、渋々と戻っていく。


「順調そうだな」


 オレの呼び掛けに、サキュバスの女医はわざとらしく大きなため息をついてみせる。


「依頼が急過ぎるのよ。時間があれば、キチンと準備できたのだけど」

「悪いとは思ってるよ。長老会のご要望らしくてな。今後の付き合いを考えると断るわけにもいかないんだ」


 イヴァンから持ちかけられたもうひとつの相談。それはクラーラによる往診だった。


 ダークエルフの国には医師が少なく、そのため健康不安を抱える人がかなり多いらしい。


 それは長老会も同じだそうで、高齢になるにつれ、徐々に身体のあちこちが弱っているのを感じているそうだ。


「そういったわけで、健康診断がてら優秀な医師に診てもらいたいんだと」

「ご指名いただけるのは光栄だけど、なんで私なの?」

「ついでに水道の調子を見てくれってさ。こっちはあちらさんの技術者からのご要望」

「まったく、新年早々人使いが荒いわねえ……。リアちゃんが一緒ならやる気も出るのだけれど」


 ちらりと一瞥をくれた先には、シワひとつない執事服に身を包んだハンスがいる。


「ホッホッホ。今回もこの爺めがしっかりとお世話をさせていただきますゆえ、どうぞご安心ください」

「……ありがたいけど、やる気は出ないわねえ」

「ファビアンを同行させた方が良かったか? あいつもダークエルフの国行きたがってたんだよ」

「断固として拒否するわっ!」


 雑談の最中、再び姿を現したのはジゼルで、木箱の中身を入れ替えてから白衣をまとった。


「お待たせしました! 準備完了です!」


 敬礼するダークエルフの少女に、クラーラは頷いて応じる。


「それじゃ、行きましょうか。荷物はイヴァンが運んでくれるんでしょう?」

「ああ、ミュコランに乗ってきたからな。台車へ積んでくれるってさ」

「それでは僭越ながら、この爺めが台車までお運びいたしましょう」


 大きな木箱を積み上げたまま持ち上げると、ハンスはゆうゆうとした足取りで歩き始めた。


 それと同時に口を開いたのはジゼルで、「あの……」と一言発したまま無言の少女を見やり、オレはハンスへ先に行くよう伝えたのだった。


「どうしたんだ、ジゼル? 何かあったのか?」

「その……。本当にいいんでしょうか? 私がお姉さまのお供をするなんて……」


 いつになく暗い面持ちでジゼルは呟き、白衣の裾をきゅっと掴んだ。


「ご存知だと思いますが、私は故郷で厄介者扱いされてましたので……。お姉さまと一緒に戻れば、お姉さままでいわれのない中傷を受けてしまうのではと……」


 権力者の身内ながら、同性愛者というただその一点だけで差別を受けてきたのだ。ジゼルの言い分も理解できる。


 ただし。


 今回に限っては、ジゼルを同行させるかどうか、すでにクラーラと話を済ませていて、その結論は明白だった。


「何言ってるのよ。アンタが来なくちゃ、誰が私の助手を務めるの?」


 クラーラの一言に、ジゼルが顔を上げる。


「そうだぞ、ジゼル。クラーラの弟子なんだから、胸を張って帰ればいいんだ」

「で、でも……」

「っていうかね。連れて行かなかったら連れて行かなかったで、アンタはいっつもウルサイんだから。黙って付いてきなさい」


 少女の肩へ優しく手を置き、クラーラは微笑んだ。


「もしアンタのことを悪く言うヤツがいたら連れてきなさい。代わりに私がこてんぱんにしてやるわ」

「お姉さま……」

「私の一番弟子を傷つけるなら、長老だって容赦しないんだからね」


 たまらずクラーラに抱きついてジゼルは嗚咽を漏らす。


「お゛っ、お゛ね゛え゛さ゛ま゛ぁぁぁぁ!」

「ほら、さっさと泣き止みなさい。ハンスたちが待ってるわよ」

「はっ、はい゛ぃ゛ぃ゛〜〜〜!!」


 それからジゼルが泣き止むまでしばらくの時間を要したものの、落ち着いた頃には屈託の無い笑顔を浮かべ、


「わぁい! お姉さまと婚前旅行ですっ!!」


 ……と、大喜びではしゃぎまわる、いつもの姿が見られたので一安心。


 婚前旅行じゃないっ! と、付きまとわれるクラーラは大変みたいだけど。


 どことなく満更でも無さそうに見えたのは、オレの気のせい……かな?

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