245.二日酔いと告白

 千鳥足で食堂へ足を運んだクラウスは、駆けつけたリアから粉薬を受け取り冷水で流し込むと、そのままテーブルに突っ伏してしまった。


わりぃな……。タスク、それにリアも……」


 力なく呟くハイエルフの前国王に、龍人族の王女はやれやれといった眼差しを向けている。


「クラウスおじ様、ご存知ですか? お酒が翌日まで残るのは、老いてきた証拠だそうですよ?」

「……可愛い顔に似合わず、随分と辛辣じゃないか、リア……。父親ジークのおっさんからの受け売りかい?」

「いえっ! お母様が以前そのように言っていたのを覚えていただけです!」


 あ、そう……と、それ以上話題を広げる余裕もないのか、クラウスは再びテーブルへ突っ伏した。


「カミラに頼んで風呂沸かしてもらってるからさ、少し休んだら一汗流していくといい」

「あぁ、サンキュな……」

「どうせ年越しの祭りで飲んだくれてたんだろ? 何時まで飲んでたんだ?」

「何時だったかな……? 日が昇ってきたのは覚えているんだが……」

「……それ、ついさっきじゃんか」


 聞けばハーフフットたちの新作であるエールが実に美味しかったそうで。


 ワインを飲まない代わりに、無数の樽が空になるほど、一晩中、エールを飲み続けていたらしい。


 ……なるほど、単なるバカじゃん。


「そうは言うけどな、あのエールはなかなかのモンだぞ? お前さんも試飲はしたんだろ?」

「したよ。確かに美味かったけどさ、やっぱりキンキンに冷えた状態じゃないと飲みにくいっていうかね」


 エールもビールの一種なのだ。冷やした状態が普通だと思っているオレにはいまいち合わない。


 逆に、こちらの世界では常温のエールが当たり前なので、冷えたものは抵抗があるようだ。


「ホップの風味と苦味を感じるには常温が一番なんだよ。それが最高に美味い」


 フラフラと顔を上げて力説するクラウスの前へ、リアは黄色い液体の入った小瓶を差し出した。


「だからといって、酔い潰れるまで飲むのはどうかと思いますよ? ポーションでも飲んで、元気を出してくださいね」

「流石はタスクの嫁さんだけあって、気が利くなあ。ジークのオッサンとは大違いだ」

「あれ? そういや、ソフィアはどうしたんだ? 一緒じゃないみたいだけど」


 ちびちびと黄色い液体を口にしながら、ハイエルフの前国王は淡々と応じる。


「ああ、ウチのカミさんなら絶賛執筆活動中だよ」


 クラウスいわく、年末からダークエルフのマネージャーが見張りを兼ねて家に泊まり込んでいて、進捗状況を逐一チェックしているそうだ。


 出版するマンガの続刊だけでなく、合間合間で次の即売会に出す作品も取り掛かっているらしい。


 新婚だっていうのに、甘い生活とは無縁の日々だな、おい……。さぞかし寂しい思いをしてるんじゃないか?


「そうも言ってらんねえのよ。市場が開業する前にマンガを量産しとかねえと、あちこちと取引できねえだろ?」


 空になったポーションの小瓶を軽く指で弾き、クラウスは続ける。


「将棋を普及させるためにも、ここが踏ん張りどころなのさ。落ち着いてじっくりと美味い酒を飲めるのも、今のうちだけだろうしな」

「大げさなヤツだな。仕事終わりに適量を飲めばいいだけの話だろ?」

「ああ、いやいや。そういうことじゃなくてよ。この土地を離れたら、美味い酒とはなかなか巡り合わねえだろうなって、そういう意味でな」


 話の意味がわからず、オレとリアはどちらともなく顔をあわせ、揃って小首を傾げた。


「その時が来たら改めて伝えるけど。近いうち、旅に出ようと思ってる」


***


「……旅?」


 オレが尋ねると、クラウスは艶のない銀色の髪をボリボリとかきむしった。


「ああ。って言っても、そんな大げさな話じゃねえんだ。将棋マンガの人気が出たら、大陸中を巡って、将棋の普及活動をしようと思ってよ」


 実際に対局しながらの方が相手の理解も早いだろうし、事前にマンガで興味を持ってくれたなら、それだけ普及も早いだろう。


 それは確かにそうだろうけど……。ソフィアはこの計画を知ってるのかという素朴な疑問が。


「とっくに知ってるさ。結婚前に話してあるからよ」

「承諾するソフィアもスゴイな」

「いいや。ものすんごく呆れ返ってたぜ。ま、しょうがねえな。家庭人としては最悪だしよ」


 苦笑いを浮かべるクラウスに、リアが問いかける。


「でもでも、ずっと旅に出られるわけではないのでしょう?」

「そりゃもちろん。出版事業も抱えているし、ちょくちょく帰ってはくるよ。ただ、まあ、家を空ける期間は長くなるだろうが」

「オレとしては二泊三日程度の短い旅を願いたいところだね。『疾風』の二つ名で通っているんだろ? さっさと帰ってこいって」

「できるだけそうなるよう心がけるさ。ま、何にせよ、しばらくは先の話だからな。その時が来たら改めて話そうぜ」


 会話が終わると同時に食堂へ現れたのはカミラで、うやうやしく頭を下げて、お風呂の準備が出来ましたと口を開いた。


「お。そんじゃ、ありがたく、ひとっ風呂浴びさせてもらうとするかな」


 生気を取り戻したのか、クラウスは立ち上がって伸びをし、カミラのもとへ歩き始める。


 そして途中で立ち止まり、こちらに振り返ると、冗談めかした表情を浮かべてみせた。


「ああ、そうだ。旅なんだけどよ」

「?」

「よかったらお前さんも来ないか? 将棋と一緒にから揚げを広めて回ろうぜ。なぁに、執務はアルに任せとけばいいだろ」

「……ありがたいお誘いだけどね。今のところ、領主として真面目にやっていくつもりなんでな」

「そうですっ! タスクさんはここでボクとずぅぅぅぅぅ〜〜〜〜っっっっっっと一緒に暮らすんですからねッ!!! おじ様の奇行に巻き込まないでくださいっ!!!」


 会話に割って入ったのはリアで、オレに抱きついたかと思いきや、クラウスに冷たい眼差しを向ける。


「奇行って……。一応、まっとうな目的はあるんだけどな……」


 クラウスはため息混じりに肩をすくめ、それから苦笑した。


「……まっ、いいか。これ以上は他のお嬢ちゃんたちにも文句を言われそうだしな。お前さんには旅の土産のひとつでも買ってくるとするよ」


 ハイエルフの前国王は踵を返し、カミラからタオルを受け取って浴室へと消えていく。


 友人の後ろ姿を眺めつつ、オレはそう遠くない未来にやってくるだろう出来事に思いを馳せ、一抹の寂寥感を覚えるのだった。

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