244.祝袋
――領主の仕事始めは早い。
「……まさか年明け初日から執務があるなんてなあ」
領主邸のエントランスで呟くオレに、並び立つカミラが応じる。
「領主として、節目節目の行事はしっかりとやっていただきませんと。領民への示しがつきません」
「いやいや、文句を言っているわけじゃないんだ」
「左様でございますか?」
「うん。やることがないと寝正月になりそうだしね」
基本的にぐうたらな性分なのだ。やることがなければ、際限なく非生産的な日々を送る自信がある。正月の浮かれた気分の中ならなおさらだ。
「それに、『こういう仕事』なら大歓迎だね。一年の初めにふさわしい行事じゃないか」
「そう仰っていただけるなら幸いです。領主の中には嫌がる方も大勢おられますので……」
「そういうもんかねえ? ……っと、そろそろ来る頃かな?」
屋外から賑やかな声が響き渡り、段々とこちらへ近付いてくるのがわかる。
カミラはオレに一礼してから、その声の主たちを迎え入れるべく玄関の扉を開くのだった。
「「「タスクおにいちゃん! あけましておめでとうございます!!」」」
扉が開くなり耳元へ飛び込んだのは、幼くも礼儀正しい挨拶で、二十人以上のこどもたちを前に、オレは笑顔を返した。
「みんな、あけましておめでとう! 外は寒いから、早く中に入っておいで」
はぁいという元気のいい声と共に屋内へと進むこどもたち。
数名の戦闘メイドが食堂へ誘導し、こどもたちへ次々にホットミルクを手渡していく。
ほうっと一息ついている微笑ましい光景を眺めやりながら、オレは同行してきたハイエルフへ声をかけた。
「年明け早々、ご苦労さま。こどもたちの引率は大変だったろ? なあ、ルーカス?」
「そんなことはありませんよ。みんな私の教え子ですからね。いい子ばかりです」
学校長を務めるハイエルフは軽く肩をすくめる。
「むしろ、領主殿がこの行事に乗り気だという点に個人的興味があるぐらいでして」
「そうか?」
「ええ。『
***
ルーカスの言う『祝袋』とは、二千年前、この世界へやってきたハヤトさんによって広まった行事だ。
年明け初日、領主がお菓子やパンなどを詰め込んだ袋を用意して、領地のこどもたちに手渡すという、いわば『異世界版のお年玉』みたいなものである。
お金ではなく、食べ物を渡す点が異なるけれど、『今年一年、飢えることなく健やかに暮らせるように』という願掛けもあるらしい。
そうだよなあ。食うに困る日々を送っていれば、そっちの方がありがたいよなあ。
以来、年初の行事として、しばらくの間執り行われていたものの、時代の経過とともに廃れていったそうだ。
カミラが言っていた通り、中にはこどもと触れ合うことを毛嫌いする領主もいて、伝統として残っているのはごく一部だけ、と。
年末にそんな話を聞いてから、うちの領地にも猫人族を始め、様々な種族のこどもたちがいることだし、これはぜひともやってあげなければと準備を進めていたのだ。
メイドたちと手分けして準備した袋の中には、数種類のクッキーにチョコレート、白パンにパイなどを入れておいた。
家族と分け合って食べてもらうため、多めの量をと思ったんだけど、その分、袋もかなり大きくなってしまった。
「人数が少ないから何とかなりますが……。来年以降、こどもが増えたらどうされるおつもりですか?」
用意した袋を前に、カミラからは呆れがちに尋ねられたけど。『祝袋』って名前が付くぐらいにめでたいんだ。派手にやってやろうじゃないか。
なぁに。こどもが増えたら増えたで、ポケットマネーを使ってでも準備するよ。満面の笑顔が見られるんだぞ? このぐらい安いもんだって。
「おにいちゃん! ありがとう!」
オレが袋を手渡すと、こどもたちは次々に礼を口にした。
「どういたしまして。家に帰ったら、家族みんなで仲良く食べるんだぞ?」
オレの言葉に、こどもたちは瞳を輝かせ、勢いよく首を縦に振る。
そして両腕で大事そうに袋を抱え、再びルーカスに引率されて領主邸を後にした。
カミラいわく、これが領主としての仕事始めとのことだ。
お疲れ様でしたという戦闘メイドの声を聞きながら、こどもたちの後ろ姿を見送っていると、入れ違いで領主邸へやってきた人物がひとり。
艶のない銀色の長髪に、年齢に見合わない若々しい顔を青白くさせて……って、おいおいおい、どうしたクラウス? 具合悪そうじゃないか……!?
フラフラとした足取りのハイエルフは、「うあ゛ぁ゛……」と、B級映画に出てくるゾンビみたいなうめき声を上げて、ようやくエントランスに入ってきた。
「た、タスクぅ……」
「大丈夫か、おい?」
「……の……ぎ」
「……のぎ?」
「……酒……飲み……すぎた……」
「……は?」
「くすりぃ……ぅぷ……くれぇ……」
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