243.年の瀬の過ごし方
ゲオルクの帰る時間に合わせ、オレは夫人会へのお土産を用意した。
例の『クリームどら焼き』と、こたつがそれである。
こたつに関してはすでにいくつか送っていたものの、生クリームの入ったどら焼きは当日中に渡さないと厳しいだろうと、送るのを躊躇していたのだ。
ドラゴンの姿になったゲオルクの移動力なら龍人族の国まであっという間だし、念の為、保冷剤代わりに氷魔法を閉じ込めた魔法石も同封しておく。
心配なのはむしろ、クリームどら焼きに対する夫人会の評価なんだよなあ。『あんこがマズイ!』なんて言われたらどうしよう?
「問題ないだろう。私も試食させてもらったが、美味しくいただいたよ」
不安を払拭するようにゲオルクは呟き、むしろ問題は他にあると続けた。
「追加でもらった『こたつ』なんだがね……」
「え゛っ!? 評判悪いんですか?」
「逆だよ。この前送ってもらった分を巡って、争奪戦が起きるほどさ」
先にふたつだけ送ったこたつの内、ひとつは王妃の家へ、もうひとつはゲオルクの家に置かれるまでは良かったのだが。
毎日、誰かしら尋ねてきてはこたつでぬくぬくと温まり、奥さん方も一緒になってぬくぬくと温まっているおかげで、近頃はめっきりと外出する機会が減ったそうだ。
「なにせ入ったら最後、一向に抜け出す気配がないからね。堕落する連中が続出しているよ」
「こたつはそういう魔力がありますから……」
そんなにまでこたつを気に入ってもらえているならばと、ついでに柑橘系の果物も渡しておく。
日本ならこたつにみかんは付きものだけど、こっちの世界にはみかんがないから、似たようなフルーツで雰囲気だけでも伝えたい。
……と、こんな感じで大量のお土産を抱えたゲオルクを見送ってから、さらに数日。
あっという間に年内最終日がやってきた。
***
食堂に備え付けられた暖炉の中で、オレンジ色をした炎が不規則に揺らいでいる。
薪が爆ぜたのだろうか、時折、パチっという乾いた音が響き渡り、それが何だか妙に楽しい。
「新年まで、あとどのぐらいだ?」
「そうじゃなあ……。二時間ちょっとというところじゃの」
テーブルへ料理を運びつつ尋ねると、着席したまま動かないアイラが応じた。
早速つまみ食いをしようと試みる猫人族を手で制し、思わずため息をひとつ。
「もうちょっと待てって。みんな揃ってから食べようぜ」
頬をふくらませ、抗議の声を上げるアイラはひとまず放っておくとして……。
年越しと新年を祝うお祭りのために、領民たちが海辺に集まっている最中、なんでオレが領主邸に留まっているのか? その理由を話したい。
***
そもそもの発端は、こどもを持つ親たちからの相談だった。
夜通し開かれるお祭りにこどもたちが参加したいと言っているけど、親として徹夜はさせたくない……と、そんな内容である。
まあ、その気持ちはわからなくもない。こどものうちから徹夜なんて身体に悪いだけだし。
あと、外灯球で領内を照らしているとはいえ、迷子になるようなことがあったら大変だしな。探索範囲が広すぎて、見つけられる自信がない。
とはいえ、大人が盛り上がっているお祭りに、自分たちはどうして参加できないのかって駄々をこねられても困るよなあ……。
そんなわけで考えた結果、領主のオレが家にいればいいんじゃないかという結論を導き出したのだ。
だってほら、一番偉い領主が家にいるんだよ? 親たちも「一番偉い領主様も家にいるんだし、アンタたちもおとなしく家に帰りなさい!」って、こどもたちを説得しやすいでしょ?
……いや、「じゃあなんで大人たちは帰らないの?」って突っ込まれたら、答えようがないんだけどさ。そんな疑問を抱かれないように願うしかないわけで。
というかね、オレ自身、三十歳を過ぎてから徹夜が厳しいんスよ……。いや、マジでマジで。
二十代の頃は感じなかったんだけど、突然キツくなったもんなあ……。こういうのがオッサンになっていくってことなんだろうねえ。
とにかく。
そういった事情もあり、今年は年越し祭りへの参加を見合わせたのだった。
家の用事は特に無いし、メイドたちにも休みを出そう。領民のみんなで祭りを楽しんでくれい。
ひとり静かな年越しになるかなあと、そんな風に考えていたけど、奥さんたちもお祭りにいかないと言い出したので、今年は夫婦水入らずの年越しを過ごすことが決定。
それならばと、ささやかなパーティを開くに至ったのである。
***
チキンのソテーと温野菜が盛り付けられた皿を手に、エリーゼが鼻歌交じりで食堂に姿を現した。
「楽しそうだな?」
「えっ? そ、そうかもしれませんね」
ふくよかなハイエルフはテーブルへ皿を置き、柔らかな笑顔をこちらに向ける。
「こ、こうやって夫婦水入らずで食事をするのは久しぶりですし。懐かしくなっちゃって……」
「アハッ☆ わかるっわかるっ♪」
パンの入ったバスケットを抱え、ベルが話に加わった。
「ついこの間まではサー、ウチらとタックンだけだったケド、今はめっちゃ多いモンね?」
「エッヘッヘー。カミラたちには悪いけど、ちょっと嬉しくなっちゃいますねっ」
ワインとグラスを運んできたのはリアとヴァイオレットで、朗らかな龍人族の王女とは対象的に、女騎士は若干落ち着かない様子だ。
「そ、その……、良いのだろうか? 姉妹妻とはいえ、私はあとから加わった身。旦那様たちの邪魔にならないかと?」
「なーにいってるのレッちん! ウチらみんなタックンのお嫁さんなんだよ? 一緒に居なきゃ駄目だかんねっ!」
「そうだぞ、ヴァイオレット。夫婦水入らずで過ごすって決めたんだ。そんな風に言われるのは寂しいじゃないか」
「う、うむ。そうだな、そうだった……。私としたことが失礼をした……」
ブロンド色の美しいロングヘアを撫でると、ヴァイオレットは目を細める。
それを見たリアが、
「あっ! ズルイっ! タスクさん、ボクもっボクもっ!」
なんて飛び跳ねて声を上げるけど、あとでにしような?
食いしん坊の猫人族が待ちきれないといった顔をしているし、とにかくパーティを始めよう。
***
「そういえば」
ワイン瓶が二本ほど空いた後、ヴァイオレットは思い出したように切り出してから、こちらに視線を向けた。
「聞こう聞こうと思って機会がなかったが、旦那様の故郷ではどのように年越しを祝うのだ?」
「オレの故郷? 元いた世界ってことか?」
ほのかに頬を染めながらコクリと頷く女騎士。うん、文句なしにカワイイ。……いや、それはいいとして。
年越しなあ。日本の大晦日っていったら、年越しそばに除夜の鐘、紅白歌合戦が風物詩だけど、独り身だと特にこだわりがないもんなあ。
テレビで「笑ってはいけないシリーズ」を見るとか、オンラインゲームやるとか、あとはTwitter眺めているうちに、気がつけば新年になってたとか、そんなんばっかりだ。
そういえば、ここ数年は初詣すら行ってない。学生時代なら一緒に行くような友人も居たけど、社会人ともなれば疎遠になるし。
かといって、初詣がてら久しぶりに会おうというのもなんだか億劫というか……。
そんなことを思い出しながら応じていると、躊躇いがちにヴァイオレットが口を開いた。
「……その。ひとりで寂しくなったりとか……」
「んー……。どうだろうなあ? 寂しいといえば寂しかったし、気楽といえば気楽だったし……」
実際、ひとりでいることに慣れちゃうと、そういう感情がなくなるというか。あんまり考えなくなるんだよな。
「とはいえ、もう一度ひとり暮らしをやれって言われたら、今度は孤独に耐えられないだろうね」
「それはどうして?」
「決まってるだろ。みんなと暮らす毎日が楽しいからだよ」
そう言って、オレはテーブルを囲む五人の奥さんへ次々に視線を走らせた。
アイラ、ベル、エリーゼ、リア、ヴァイオレット。それに領地の仲間たち。
騒がしくも賑やかな人たちのおかげで、異世界でも充実した日々を送れている。
「今年も一年ありがとな、みんな。新年も……いや、これからも末永くよろしく頼むよ」
言い終えると同時に飛びついてきたのは竜人族の王女で、弾けるような極上の笑顔とともにオレの首へ両腕を回した。
「エヘヘへへ! ボクの方こそ、末永くお願いしますねっ? タスクさんっ!」
「あぁっ! り、リアさん、ズルイです!」
「ウチもっ! タックン、ウチも!」
「だ、旦那様っ! 私も姉妹妻として甘えさせていただきたくっ!!」
……と、あっという間に人だかりができるオレの周囲を眺めながら、ひとり勝ち誇った表情を浮かべていたのはアイラだった。
「あれぇ? いつもだったら、真っ先にやってくるのに……。アイラっち、どしたん?」
キョトンとした瞳でダークエルフのギャルがが問いかける。
すると、猫耳をぴょこぴょこと動かしながら、アイラはむふんとドヤ顔を向けた。
「ぬっふっふ〜。私はこの数日間、タスクと付かず離れずふたりっきりで過ごしておったしぃ? これからもその機会があるからのぅ? 今日ぐらいはそなたらに譲ってやってもいいんじゃ」
ああ、浜辺での釣りを言ってるのか。そういや確かに、ずっと一緒だったな。
しかしながら、他の奥さんたちはその事実を知らなかったようで、口々に抗議の声を上げてはオレとアイラに次々と迫った。
「ちょ、ちょっと、そんなんウチ聞いてないし!」
「ど、どういうことですか、タスクさん!」
「そうですよ! ボクもそんなこと全然知らな……あっ! この前のアレもそういうことだったんですか!?」
「アレとは何だ、アレとはっ! 返答次第では旦那様とはいえ容赦しないぞ!?」
「ふふーん。秘密じゃ、秘密。のう? タスクぅ?」
そして繰り広げられるいつもの騒々しい光景。はあ、年越しだっていうのに、結局はこうなるのか。
……ま、幸せだからいいけどね。
来年も、ずっとその先も、こんな日々がどうか続きますように……。
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