242.ゲオルクの前に立つのは
来賓邸へ足を運んだオレが真っ先に視界へ捉えたのは、瞳を爛々とさせてゲオルクに迫るジゼルと、父親から必死にダークエルフの少女を引き離そうとするクラーラで、それはカオス以外の何者でもない光景だった。
「はじめましてお義父さま! 私、クラーラお姉さまの妻でジゼルと申します!! 以前よりお会いしたいとお会いしたいと願っておりましたが、ようやくお目にかかれました!」
「う、うん……。そうか……」
「どうぞ今日より私のことも、実の娘と思ってください!! あっ、後継ぎもご心配なく! 私、お姉さまとの間でしたら、子供は何人でも生みたいと考えております!」
「誰が妻よっ!? それに同性同士で子供を産めるわけがないでしょっ……! さっさとお父様から離れなさいっ……!」
「嫌ですっ! 今までご挨拶したいとお願いしても、なんだかんだとはぐらかされていたのですから! 今日お会いできたのはまさに僥倖! この機を逃してなるものですかっ!」
「改めて会う機会を作ってあげるから、今日のところは離れなさいっ……! っていうか、アンタ、なんでこういう時だけバカ力なのっ……!?」
……なにしてんの、コレ? いや、大体の事情はわからんでもないんだけど。
「おじ様が来ていると知ったジゼルちゃんが、どうしてもご挨拶したいと言い出しまして」
微笑ましい眼差しで三人を眺めやるリア。
「ジゼルちゃんのおかげか、最近はクラーラもいきいきしてますし。間近でそんな姿を見られるのですから、ゲオルクおじ様も安心でしょう」
……いや。ゲオルクの顔を見るに、めちゃくちゃ戸惑っているみたいだけど。むしろ、気に留めることなく、ニコニコ見守るリアがスゴイっていうか……。
さすがにゲオルク自身もこのままではマズイと思ったようで、眼前で必死の攻防を繰り広げるふたりに咳払いで応じつつ、強引に話題を転じてみせた。
「ごほんっ……。ええと、ジゼルだったかな?」
「我が娘とお呼びください、お義父さま!!」
「ああ、うん……。機会があればな……。その、君は、クラーラを大層気に入っているようだが……。どこがそんなに好みなのかね?」
ゲオルクとしては些細な質問のつもりだったのかもしれない。しかし、ジゼルにとっては重大かつ重要な問いかけであり、よくぞ聞いてくれましたとばかりにまくし立てる。
「そうですね……。クラーラお姉さまは内面の美しさだけでなく外見も完璧で、まず
ジゼルの首の後ろへクラーラの手刀が放たれたかと思いきや、ダークエルフの少女は膝から崩れ落ちていく。
「……邪魔したわね」
クラーラはそう言うと、気を失ったジゼルの白衣の襟元を掴み、引きずるようにして来賓邸を後にした。
もうちょっと穏便な手段がなかったのかと問いかけたいが、これ以上、場が混乱しても困るしなあ。
「ふたりとも仲がいいですね!」
後ろ姿を見送りながらリアが呟く。我が妻ながら、この子の感性もどうかしてると思わなくもない。
「……騒がしいところを見せたね」
ふぅっと一息ついてからゲオルクが口を開く。
「
「暗い気持ちでいるよりか、よほどいいのでは? ……この際、励ましになるかどうかはわかりませんけどね」
「それもそうだ」
声を殺して笑ってから、ゲオルクは表情を改めると、多忙な時期の突然の訪問を詫びた。
「夫人会からどうしてもと頼まれてしまったのだよ。なにせ妻たちには頭が上がらないものでね。いわゆる使い走りというやつだな」
「卑下しないでくださいよ。重要な案件なのでしょう?」
「まあね。親書を預かってきた」
手渡された手紙には、夫人会と重臣の連名で『商業都市フライハイトの税改正について』という表題が書かれている。
新年から課税は引き下げられ、従来の三倍から二倍にまで落ち着くらしい。……本当に下がるものなんだなあ。
「いやはや、まったく驚きだ。夫人会を味方に付けたかと思いきや、早々に税の引き下げを実現させるとはな」
赤髪の龍人族は肩をすくめ、話を続ける。
「いったいどんな魔法を使ったのか、できればご教授いただきたいものだ」
「オレも驚いているんですよ。こんなに良くしていただけると思ってもいなかったので」
恐るべし、フローラ効果……。いや、ホント、何をしたらこんなに気に入られるんだろ?
とにかく立ち話も何なのでと応接室へ場所を移したオレ達は、ここ最近の出来事について話を交わした。
***
ジークフリートは執務の傍ら将棋の普及に忙しく、娯楽施設を兼ねた将棋教室の建設をさらに推し進めているそうだ。
何でも、エリーゼの描いたマンガの作中に登場しているのを自慢していて、あちこちに配布しては「いいだろう?」と言って回っているらしい。
「……子供みたいですね」
「まったくだ。年甲斐もなくはしゃぐのはみっともないと言っているんだがね」
どうぞ、とリアが差し出した紅茶をすすり、ゲオルクは息をついた。
「ヤツもいい
「お父様のお考えはいかがなのですか?」
「さて、どうかね? 倅に王座を譲る気があるかどうか……」
リアの問いかけにゲオルクは腕組みし、思考を巡らせるように沈黙する。
「ひとつだけ言えるのは、少なくとも来年いっぱいは、ジーク自身、引退する気はないだろう」
「どうしてわかるんです?」
「決まっているだろう? ここの市場の開業が来年だからだよ」
「はあ……?」
「君が思っている以上に、ジークは君のことをとても大切に思っていてね。血は繋がっていないとはいえ、父として息子の大事業に立ち会いたいのだよ」
真っ直ぐな眼差しは、とても冗談を言っているようには思えない。
「異邦人だからとか、リアの夫だからとか抜きで、ジークは君のことが大好きなのさ。王座にいる間、できるだけサポートするつもりなのだろうね」
無論、私もねと続けて、ゲオルクは笑う。
「光栄な話です。……周りから嫉妬されないか怖くもありますけどね」
「そうだね。だからこそ、今度の市場の開業が、ある意味試金石とも言える」
「試金石、ですか」
「順調にいけば、『流石は王が見込んだだけのことはある』と評価されるだろうし、失敗すれば『王が手助けしたのに情けない』と、酷評されるだろう。後者を望んで、妨害する輩がいないとも限らんし……」
市場の開業が、予想より遥かに大きな影響をもたらしかねない事実にオレは驚いた。
みんなの暮らしが豊かになればという一心で市場を作ろうと思い立ったのだ。正直、そんな事は考えもしなかった。
「もちろん、我々を含め、大半の人たちが成功を望んでいるさ。しかしながら、妬み嫉みを抱く連中も少なからず存在するのが事実でね」
税率を四倍まで引き上げられたのも、つまりはそういうことだろう。
ふと、そんな考えが頭をよぎったものの、オレは何も言わず、ゲオルクの話に耳を傾けた。
「――長々と講釈を垂れてしまったな。とにもかくにも、その手の類は我々が防ごう。タスク君には、どうか自分の仕事を全うしてもらいたい」
「それは非常に助かりますが。どうしてそこまで良くしてくださるのです?」
「さっきも言ったろう? 君のことが好きだからね。このぐらいわけないさ。それと、……そうだな。もうひとつ付け加えるなら」
赤髪の龍人族は穏やかな表情を浮かべ、さらに語を続ける。
「妻たちもこの領地を気に入っているからね。何より、私は愛妻家なのさ。理由ならそれで十分だろう?」
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