241.釣り、その後の話

 それからというもの、早めに執務が終わる日の大半は釣りをして過ごすようになった。


 ぼーっと過ごせる時間は貴重だし、何も魚が釣れないまま、釣りを止めてしまうというのもなんか悔しい。負けた気がするし。


 そんなわけで、疑似餌っぽいものを構築ビルドしたり、釣るポイントを変えたりと、試行錯誤を繰り返すこと数日。


 ようやく釣り上げたのは、見た目はハゼだけど、全身真っ赤な色をした小魚だった。


 たとえ小魚だろうが、苦労してようやく釣り上げたのだ。達成感もひとしお、と、言いたいところなんだけど……。


「毒々しい色じゃの? 食べられるのか、それ?」


 釣り糸についたままの魚を見るなり、アイラは怪訝そうな顔で水を差すわけだ。


 そういうことを言うなよなあと思いつつも、フグみたいな毒があったら大変だなと思い直し、海上果樹園で作業をしていたハーフフットたちに確認をとってみる。


「おっ。いいサイズの『アカメウオ』じゃねえか。お館様が獲ったのか?」


 ダリルは小魚を見るなりそう言い、一見すると充血しているとしか思えない目が、アカメウオの特徴だと教えてくれた。


「これ以上大きくなると、身が固くなって旨くねえんだ。内臓取って素揚げにすれば、骨まで食えるぜ?」


 なるほどね。とにかく、毒は無さそうなので安心した。


 とりあえず、家から小鍋と油、それに遥麦の粉を持ち出して浜辺に戻り、調理の準備を整えておく。


 釣りたてのアカメウオを、から揚げ風にして頂いてしまおうという魂胆だ。


 食いしん坊のアイラがいるし、結構な量を釣らなければと気合を入れ直していたものの、コツを掴んでしまえば簡単に釣れる魚だったようで。


 二十分も経たないうちに、十数匹の釣果が上がったのだった。


 このぐらいあれば、オレとアイラのおやつ代わりになるだろう。


 海の家へ引き上げて、調理したアカメウオは、カリカリとした表面とふっくらとした身が絶妙な味わいで、お酒が欲しくなる一品だ。


 アイラもいたく気に入ったみたいで、しっぽを左右に振りながら、から揚げ風のアカメウオをぱくぱく頬張っている。


「うむ! これはなかなかに美味いな! このように美味い魚であれば、釣りも悪くないのう」

「お? 興味があるなら、もう一本釣り竿を用意するぞ?」

「だが断る。私は食べる専門じゃからな。食材の調達は、タスク、おぬしに任せる」

「へいへい、そうですか……って。お前、どんだけ食うんだよ……!」


 気がつけば、から揚げ風のアカメウオは残りひとつとなっている。オレ、まだ二匹しか食ってないんだけど?


「ふふーん。早いもの勝ちじゃ、悪く思うなよ」

「思うよっ! とにかくこの一匹は没収っ。オレが食うからな!?」

「あっ! あーっ! 愛しの妻に譲らぬとは、おぬし、それでも私の夫かっ!」

「やかましい! 妻だったら、夫のために少しは譲れって!」


 オレが抱えた皿を奪おうとして、アイラは懸命に手を伸ばす。ええい、食い物が絡むとタチが悪いな、ホント!


 最後のひとつを巡って攻防戦を繰り広げていた最中だった。


「何を騒いでいるんですか?」


 白衣をまとったリアが姿を現し、淡い桜色のショートボブを揺らすように首を傾げてみせる。


「いいところに来た! リアっ! 口開けてっ! あーんしてっ!」

「へっ? あ、あ〜……んっ!?」


 可愛らしい口元が開いた瞬間、オレはアカメウオのから揚げを放り込んだ。


 入ると同時に閉じられる口元を見やって、絶望的な声を上げるアイラ。


「ああああぁぁぁぁぁっっっ!!」

「もぐもぐもぐもぐ」

「あああぁぁぁ……」

「もぐもぐ……。ごくんっ」

「あぁぁ…………」

「あっ、すっごく美味しいです! タスクさん! お魚ですか、これ!?」

「小魚を釣ったからさ、から揚げにしてみたんだよ」

「そうだったんですね! とっても美味しかったです!」

「それはよかった」

「……ところで、あのぅ」

「?」

「アイラさんはどうしたんですか?」


 両手両足を床へ放り出し、うつ伏せで寝そべるアイラ。猫耳もしっぽも力なく垂れ下がり、心底悲しそうにシクシクと泣き声をあげている。


 ……そんなにか? そんなに食べたかったのか?


「あ〜……。気にしないでくれ。そのうち正気に戻るだろ」

「はあ……」

「リアこそどうしたんだ? こんなところまで来て、なにか用事でもあったんじゃ?」

「あっ、そうでしたっ!」


 胸元で両手をあわせ、思い出したようにリアは続ける。


「お客様が来たのでお伝えしようと!」

「客? こんな年の瀬に?」

「はいっ! ゲオルクおじ様がお見えになってます!」

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