234.ダッチオーブン

 秋も終わりに近付く頃、ようやく鍛冶工房は完成した。


 場所は領地西部にある木炭小屋の近くだ。中心から離れている閑静な土地なので、集中して仕事へ取り掛かれると、ふたりの鍛冶職人も喜んでいる。


「ふむ。一通り設備も揃えてもらったことだ。タスク殿のご要望の品を約束通り作ろうではないか」


 妖精鉱石を手にして、ランベールが口を開いた。リクエストに応えてもらえるのはありがたいんだけどさ……。


 鍛冶工房が出来上がった直後、アルフレッドから、


「いいですか? 妖精鉱石で作るのは鍋だけですからね!? それ以外は認めませんのでっ!」


 と、耳にタコができるほど、念を押されてしまったので、鍋以外の調理器具は頼めなくなっちゃったからなあ。


 できればテレビの深夜通販で見かけるような、少年の心をくすぐるアイテムも作ってもらいたかったんだけどねえ……。


 ミリ単位でトマトが切れる包丁とか、どんな焦げ付きも水洗いだけで落ちるフライパンとか、そういうのも欲しかったんだよなあ……。


 とはいえ、とはいえですよ?


 鍋だけと言われておめおめと引き下がるような、そんな素直な性格をしているオレではないのですっ!


 ふっふっふ……。甘いのだよ、アルフレッド! 異邦人の知識と物欲を舐めてはいけないっ!


 確かに鍋を作るだけでいいと頷きはしたけど、大きさや形までは指定してなかったもんなぁ!? えぇ? どうだね、アルフレッド君っ!?


 ……というわけで、オレが日本にいた頃、どうしても欲しかったアイテムを依頼することに。


 鍋は鍋でも普通の鍋ではない。今回、ふたりの鍛冶職人には、『ダッチオーブン』を作ってもらうのだ。


***


「ふむふむ……。なるほどな、密封性を保つことで内部に圧力が生じる設計なのか……。実に面白い」


 オレの描いたダッチオーブンのイラストを眺めやりつつ、ランベールが呟く。


「型は作ってありますので、あとは溶かした金属を流し込むだけで完成しますよ」


 リオネルが用意したのは正四角形に固めてある砂で、大きさは一メートルぐらいだろうか。


 頂点部には小さな穴が空いていて、ここに溶かした金属を流し込むと教えてくれた。


「中には空洞ができているので、そこで金属が固まると、イラスト通りの鍋が出来上がるって寸法です」


 へえ? 作り方自体は現代の鋳造、そのまんまなんだなあ。


 ただ、そんな感心を覚えたのも束の間で、どうしてもわからないことがひとつ。


「……溶かした金属って、どうやって作るんだ?」


 そう、肝心の炉に火が入っていないのだ。このままだと妖精鉱石を溶かすことができないだろ?


「問題ない」

「問題ないですね」


 そう言って、ランベールとリオネルは妖精鉱石を両手に持ち、ブツブツと何かを唱え始めた。


 と、次の瞬間。


 熱でチョコレートが溶けていくように、ふたりの両手からは、妖精鉱石が液体となってこぼれ落ちていくのがわかった。


 光沢を帯びた鮮やかな緑色の液体は、ふたりの手から逃れるかの如く、するすると穴の中へ流れ落ちていく。


 またたく間に妖精鉱石がなくなったと思いきや、続けざまに次の妖精鉱石を手に取ると、ふたりは再びブツブツと何かを唱え始める。


 同じことを十数回繰り返すと、穴が埋まるほどまでに液体は満たされ、ランベールとリオネルは作業の手を止めた。


「熱を加えて溶かすと、妖精鉱石特有のマナが変質するのだよ。それを防ぐため、魔法を使って液状にし、金型に入れて固めるというわけだな」


 タオルで手を拭いつつ、ランベールが教えてくれる。


「鉄や銀など、他の金属にも応用できる魔法なのですよ。もっとも、この魔法を使える鍛冶職人はごく一部でしょうね」


 同様に手を拭いつつ、リオネルは胸を張った。


「その中でもランたんは特に優秀でしてっ! ダークエルフの国でも、右に出る者はいないという腕前で評判だったんですからっ!」

「おいおい……。それをいうならリオたんだって優秀な鍛冶魔法の使い手だったじゃないか。ずば抜けたセンスを持っているって、みんなで話していたんだぞ?」

「それはランたんが魔法を教えてくれたからだってぇ! ランたんが熱心だからぁ、ボクも一生懸命にがんばれたんだよぉ?」

「はっはっはっ! 私も教えるのがリオたんでなければ、親切にしなかっただろうな!」

「もうっ……! ランたんってばぁ……!」


 紅潮した顔を両手で抑えつつ、リオネルは身悶えし、ランベールは隆々とした身体を相棒へ擦り寄せている。


 そんな光景を前に、オレはぽかんと口を開けたままなわけだ。いや、別にふたりのいちゃつきっぷりに呆れているのではなくてね。


 まさか鉱石を溶かす魔法があるなんて思わないもんな……。そりゃ炉に火を入れる必要はないよね……。


「いえいえ。鍛冶魔法を使えるのはごく一部の職人だけなのです」

「そうなのか?」

「うむ。鍛冶魔法にも適性があるからな。いずれにせよ炉は不可欠だ。魔法の使えない鍛冶職人を育成するという意味でもな」


 そうかあ。やっぱりというかなんというか、特殊な能力スキルなんだな、鍛冶魔法って。


 ちなみに金型へ流し込んだ妖精鉱石は、通常の金属とは異なり、固まるまでかなり時間がかかるそうだ。


「そうさな……。仕上げの作業もある、完成までには一週間前後といったところだな」


 特に急ぎというわけでもないので、別に構わないよと返事をしておく。


 というよりも。


 ダッチオーブンを作るために、思った以上の妖精鉱石が必要になりましてね?


 ぶっちゃけると、備蓄しておいた妖精鉱石の殆どを使っちゃったんだよねえ。


 ……アルフレッド、怒るだろうなあ。

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