233.移住者たちの仕事
思い返すと心が折れそうになるので、説教の話はひとまず置いておく。
ここではランベールとリオネル以外の移住者たちが、どう過ごしているかを話したい。
ワーウルフたちの仕事を引き継いだ人たちもいるけれど、大半のハイエルフがマンドラゴラ栽培に従事することとなった。
多忙なクラウスに代わり、マンドラゴラ愛好会の会長代行を勤めるジゼルが移住者たちの指導を担当している。
薬学と同じぐらいに情熱を注ぐ姿は感心しかないけれど、モザイク処理がかかるような形状のマンドラゴラを両手に抱え、「いいのができましたよー!」と無垢な笑顔を浮かべる様は、とてもじゃなけれどイヴァンには見せられない。
とはいえ、ジゼルの先生ぶりは板についていて、懇切丁寧な説明に、ハイエルフたちも熱心に耳を傾けている。
生産者がどれだけマナを込めるかによって、出来上がる形状に差が出るという事実をレクチャーされたようで、魔法の鍛錬に精を出す面々を視界へ捉えるのも珍しくない。
果たして今後、どのような形状のマンドラゴラが栽培されるのやら、期待と不安が半々といったところだけど……。
「ノープロブレムです、領主様っ! 心配しなくても、一級品のマンドラゴラが収穫できるに決まってますっ!」
ふんす、と、気合の入った表情でジゼルは声を上げ、これまで培ったノウハウさえ守れば、移住者たちも良質なマンドラゴラを作れるはずだと太鼓判を押す。
「そうだっ! 私、領主様にお願いがあるんですけどっ!」
「お願い?」
「はいっ! 愛好会の名誉会員である領主様に、みんなのお手本になるようなマンドラゴラを作ってもらえないかなって!」
「……はい?」
「私が直接教えるのもいいんですけれど! やっぱり領主様の凄さをわかってもらうためにも、芸術的なマンドラゴラを作ってみせるのが一番じゃないかなーって!」
凄さをわかってもらうっていうかさ、収穫した形状によっては軽蔑しかされないと思うんだけど、それについてはどう思うんだ?
「そんなことないですよー! 領主様だけじゃなく、クラーラお姉さまにもお願いしたんですから!」
「へえ? クラーラはなんて言ってたんだ?」
「それがですねえ。お姉さまからは断られてしまったのです」
でしょうね! 普通は断るよね!?
しかしながら、拒否されたにも関わらず、ジゼルは落胆するどころか、顔を上気させ、恥ずかしそうに身をよじらせた。
「お姉さまってば、私の肩に優しく手を添えながら、『私がいなくても、ジゼルが頼りになるところを見たい』なんて言うんですもの!」
「はあ」
「そこまで言われてしまっては、私としても、お姉さまのご期待に応えるしかないなって!」
……クラーラのやつ、上手いこと理由を見つけて逃げたな……?
オレとしても、ジゼルに協力した挙げ句、イヴァンから説教を食らうハメになるのは避けたい。
アルフレッドからの説教だけでも堪えたのだ。立て続けに義弟から説教を食らってしまっては、もしかすると泣いちゃうかもしれないからな……。
ジゼルには悪いけど、クラーラみたいな感じで断ろうかななんて、改めてダークエルフの美少女を見やったのだが、
「もしここで頑張れば、お姉さまからご褒美がいただけるかもしれませんしっ! 『よく頑張ったわね、ジゼル……』なんて私の服を脱がせた挙げ句にベッドへいざなって、あんなことやこんなことを……」
……と、こんな具合で、すでに夢の世界へトリップしている真っ最中。
うん、返事をしなくても大丈夫そうだな、これは。
ジゼルもジゼルで幸せそうな顔をしてるし、ここはそっとしておこう……。
***
一方、ダークエルフたちがどうなったかというと、クラウスの下、出版事業に従事している。
それまで製紙工房で働いていた猫人族が揃って魔法石作りを担当することとなり、抜けた穴を補うためでもあるんだけど。
元々マンガ目当てで移住してきたダークエルフたちである。仕事に対してのモチベーションは極めて高い。
それと並行して、エリーゼとソフィアにはマネージャーをつけることが決まった。
正確に言えば、マネージャーというよりも進行管理に近い。要は原稿の締切を守ってもらうお目付け役である。
各方面からのマンガの評判は上々で、作家先生方には続きの執筆をお願いしているのだが。
きっちり仕上げる優等生のエリーゼに対し、不安定な進捗のソフィアが心配で仕方ないのだ。
「マネージャーなんかつけなくても、俺がソフィアの進捗を気にかけとけばいいだけの話だろうが」
クラウスはそう言って反対したものの、君たち一応夫婦だしさ。
家庭に仕事を持ち込ませたくないっていうか、原稿が進んでるかどうかで夫婦仲をこじらせたくないんだよなあ。
というわけで、クラウスには一歩引いた立場で全体的な管理を任せることに。オレは引き続きアドバイザーを努める。
マンガについてはもうひとつ動きがあって、医師のマルレーネが執筆に興味を示しだした。
「エリーゼさんとソフィアさんからお話を伺いましたの。自由な表現を通じて、多くの人々へ感動を与えられる……。機会があれば、私も挑戦したいと考えていたのですわ」
柔和な表情をたたえるマルレーネ。優しい口調の中にも自信を感じ取れる。
……確かに。マンガの種類が増えれば、一話ずつ掲載する月刊誌みたいな形態も作れるだろうし、今後の事業展開の可能性も広がっていく。
クラウスの手前、マンガのテーマは将棋にこだわってきたけど、バトルやらコメディやらラブコメやらと、色んなジャンルを描いたっていいわけだ。
「その通りですわ、領主さま! 可能性は無限大ですもの! マンガにも様々な形があっていいと、私、そう考えるのです!」
黒髪の女医はこれ以上無いほどに瞳を輝かせ、オレの手を取ると、興奮気味にまくしたてる。
「マンガを通じて! 私の触手願望も! きっと皆さんにご理解いただけるものだと!」
「あっ、ゴメン。それだけはない」
学校で子供たちの教材にも使うのだ。いきなり年齢制限のある内容は非常に困る。
「健全な! そう、健全な触手マンガを描きますからっ! そこをなんとかっ!」
健全な触手マンガってなんだよ? エロくないのか、SAN値が削られないのか、いずれにせよハードルが高すぎる。
出版事業としても、『将棋マンガ』の次に出すのが『触手マンガ』というのは避けたいので、この時点でボツとする。
お医者さんなんだしさ、せっかくなら医療モノとか描けばいいじゃんか。
上手くいけば子供たちも「将来、お医者さんになりたい」とか、憧れを抱くと思うけどなあ。
「……その発想はありませんでしたわね……」
目からウロコと言わんばかりの面持ちでマルレーネが応じる。
オレにしてみたら、医学より触手を先に発想する考えのほうが珍しいと思うぞ?
「嫌ですわ、領主さま。
ニッコリと微笑みながら言われましても、「そうですか」としか言いようがない。優秀な医者なんだけどなあ……。
とにかく、マルレーネには別のネタを考えてもらい、それから執筆をするかどうかを決めることに。
今のところ不安しか無いけど……。まあ、なんとかなるだろう……多分。
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