230.ふたりの鍛冶職人

 クラウスの提案はもっともで、オレとしても賛成なんだけど、個人的に違和感を覚えたのもまた事実なわけで。


「なんでだよ?」

「こっちの世界では、軍人が警察の仕事を兼任してるんだろうなって思い込んでいたからさ。ちょっと意外だったっていうか」

「まあな。確かに一昔前までは軍組織が警察と一緒だったけどよ」


 それぞれ担当を分けた方が効率がよく、また、権力集中を避ける意味でも独立させるべきだという観点から、警察組織と軍組織は別々になったそうだ。


「権限を集めすぎると、組織が腐敗した時が厄介だからな。それを防ぐ必要もある」

「少なくとも、ハイエルフの国と龍人族の国には警察組織が置かれていますよ。もっとも、中規模以上の都市にしか存在しませんが」


 ルーカスが補足の説明をしてくれたけど。中規模以上の都市にしか警察が存在しないって……。それ以外の街や村はどうしてんのさ?


「そもそも全員が顔見知りみたいな寒村では犯罪そのものが起きませんからねえ」

「小さい街には自警団を付けなきゃならんが……。それもその土地を治める領主の力量次第だな」


 クラウスは肩をすくめ、呆れるような口調で続ける。


「領民の安全より自分が大事ってな感じで、自警団に割く費用を私兵に回してた馬鹿もいたぐらいさ。そういう輩は例外なくぶん殴ってやったけど」

「美しくありませんよ、クラウス様。国王らしい振る舞いをしていただかねば……」

「知るかっ。領民の代わりに殴ってやったんだ。少しは痛みを思い知りゃいいんだよ」


 その手の領主はもれなく更迭してやったと語り、クラウスは胸を張る。


「ま、そんな話はさておきだ。市場が稼働する前に、警察は用意しておくべきだろうな」

「随分と急ぐんだな?」

「交易の場ってやつには賄賂や汚職が付き物でな。そういった悪事を予防する観点でも、この領地はしっかりやってるぞって思わせる必要があるんだよ」


 それに、と付け加え、クラウスは苦笑する。


「魔道士たちが召喚したアンデッドに、いつまでも領地の防壁と街道警備を任せるわけにもいかねえしな」

「……あ〜、確かに……」

「だろ? 事情を知ってるやつならまだしも、初見の商人たちは怯えて帰っちまうぞ?」


 そうだよなあ。会釈するスケルトンたちにすっかり慣れちゃってたけど、怖いのが普通だよなあ。


 ここ最近は「いい天気だなー」とか話しかけると、わずかにリアクションを返してくれるようになったこともあり、感覚がちょっとズレちゃってたのかもしれない。


「ていうかよ。俺から言わせてもらえば、元々、お前さんは感性ズレまくりなんだし、ちょっとは配慮したほうがいいと思うぞ?」


 そう言って、クラウスは頭を振ってみせるけど、そのセリフはそっくりそのままお前に返したいところだ。


 ……何はともあれ。


 アルフレッドが戻り次第、費用を算出する方向で話はまとまり、それまでの間は警察職務の適任者を探すことに。


 公明正大な人材が見つかることを願うばかりだけど、果たして上手くいくのやら?


***


 ダークエルフとハイエルフの移住者たちには、それぞれの住居が用意されるまでの間、来賓邸や集会所などを仮の住まいとしてもらう。


 市場の隣へ商人用の宿泊施設を作っていたこともあり、とりあえず急場は凌げそうだ。


 家族連れでやってきた移住者もいるため、子供たちを学校に通わせる手はずも並行して整えておく。猫人族の子供たちにも仲良くするようにと伝えておこう。


 衣食住の準備と指示を終え、ようやく落ち着いた頃、イヴァンがふたりのダークエルフを伴って現れた。


 ひとりは錆色の短髪をした男性で、ニメートルは超えるだろう背の高さと、隆々とした身体が印象的だ。


 ガイアがいたら間違いなく『マッチョ道』へスカウトするだろう筋肉の持ち主こそ、『名工』の称号を持つ腕利きの鍛冶職人で、名前はランベールというらしい。


 もうひとりは青色の短髪をした細マッチョの男性で、こちらも二メートルはあろうかという背の高さと大きな瞳が印象的である。


 こちらも同じく鍛冶職人をしていて、名前をリオネルといい、公私に渡り、ランベールのパートナーだそうだ。


「この度は急な申し出にも関わらず、我々を快く受け入れてくださり、感謝の言葉もない」


 バリトンを思わせる重厚な口調でランベールが頭を下げる。


「タスク殿を含め、ここの領民は同性愛に偏見を持たれていないと伺っている。であれば、これ以上、自分を偽る必要も無いと思ってな」

「ああ。同性愛も普通のことだしな。これからは周囲の目を気にすることなく、気楽に暮らしてもらいたい」

「ありがたい。我々にしてみれば、理想郷ともいえる場所だ。彼と共に、第二の人生を過ごさせていただくとしよう」


 ランベールが視線をやると、やや高い声色でリオネルが口を開いた。


「本当にありがとうございます。この領地の話を聞いてから、ランたんってば、ソワソワしちゃって仕方なかったんですよ?」


 ……ランたん?


「あっ、ランたんっていうのは、ボクがこの人を呼ぶ時のあだ名で……」

「お、おいおい。人前で恥ずかしいじゃないかリオたん……」


 ……リオたん?


「そんなこといって、ランたんもボクのこと、リオたんって呼んでるじゃない!」

「スマンスマン。これからはいつでもあだ名で呼びあえると思うと嬉しくてな!」

「もうっ! ランたんってばっ!」


 そしてオレとイヴァンがいるにも関わらず、身体をくねらせ、いちゃつき始める筋肉男がふたり。……なんだこれ?


 ゴホンっと、イヴァンが大きな咳払いをしたことで、ようやく甘美な世界から帰ってきたのか、ふたりは表情を引き締める。


「これはとんだ失礼を」

「いや、別にいいけどさ……」

「とにかく、ランたんってば、ずっとこんな調子で。俺は今すぐ国を飛び出すぞーって聞かなかったんですよ? まったく、落ち着きがないんだから……」

「おいおい、それを言うならリオたんだって同じだろう? ボクも今すぐ行きたいって、ロクに荷物をまとめず出ていこうとしたじゃないか!」

「ランたんっ、それは言わない約束だろう?」

「リオたんが先にバラしたんだろう? おあいこってやつだ!」

「なんだよ、ランたんってばっ!」


 そして再び身体をくねらせて、いちゃつき始める筋肉男ふたり。住居を用意するまで我慢してもらえませんかね?


「いやはや……。お恥ずかしいところをお見せしてしまった」

「あっ、ハイ」

「ともあれだ、鍛冶についてはいくらかの心得がある。ここで生活をする以上、腕を振るうことで恩返しをさせていただこう!」


 両腕に力こぶを作るランベールと、よろしくお願いしますと頭を下げるリオネル。


 ぴったりと寄り添う仲睦まじい姿は微笑ましくもあるんだけど、なんといいますか、個性的でもありますなあ。


 まあ、この直後、


「そういう義兄さんも、十分過ぎるほどに個性的ではないですか」


 なんて具合に、イヴァンから突っ込まれたけどね。そんなことないと思うんだけどなあ?


 ……とにもかくにも。


 経緯はどうであれ、優秀な鍛冶職人が新たな仲間に加わったのだった。

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