229.移住希望者・ハイエルフの場合

 応接室のドアを開けて視界に捉えたのは、しかめっ面のクラウスと困惑の表情を浮かべたルーカスで、ふたりの前にあるテーブル上には、二通の手紙が所在なく放置されているのがわかる。


「おう、タスク。来たか」


 こちらに気付くなり、クラウスは腕を組んだまま口を開いた。


「つい先程、移住希望者の代表と話が終わったところです」


 椅子から立ち上がって一礼しようとするルーカスに「そのままでいい」と声をかけてから、オレは腰を下ろす。


「すまないな、代わりに話を聞いてもらって」

「いいってことよ。向こうもいきなり領主が出てくるよりか、同じハイエルフが出てきたほうが話もしやすいだろうしな」


 イヴァンとの協議中、ハイエルフたちを待たせて不安にさせるのはよくないかなと、代理としてクラウスとルーカスに面談を行ってもらうことにしたんだけど。


 よくよく考えてみたら、前国王が面談相手とか、領主のオレが出ていくよりも緊張したんじゃないかな……?


「心配すんなって。超絶人気の親しみやすい国王として評判だったからな。打ち解けるなんざ造作もねえよ」

「ホントかぁ?」

「あ、信じてねえな? いやあ、お前さんにも聞かせてやりたかったね、俺のスペシャルなトークスキルってやつをさ」


 いつも通りの軽口はさておき、つつがなく終わったのは事実みたいだからな。問題はなかったんだろう。


「それで? なんでこんな急に移住希望者が来たのかわかったのか?」


 オレの問いかけにふたりは顔を見合わせ、そしてどちらともなくため息をついた。


「あー……。一応の事情はわかったんだがな」

「?」

「どうやら私の後任を務める交易・移住担当者と、私の友人たちでもある、『シェーネ・オルガニザツィオーン』の間で意思疎通が上手くいっていなかったようでして……」


 ふたりの話をまとめるとこういうことらしい。


 結婚式が終わってから国へ戻った『シェーネ・オルガニザツィオーン』の面々。


 手土産に持ち帰ったセクシーマンドラゴラを、早速、コレクター仲間と分け合おうとしたのだが、自分たちの知らない間にマンドラゴラコミュニティは拡大していたらしい。


 次々に「マンドラゴラが欲しい」という声が上がり、持ち帰った分だけでは対応できないと考えた彼らは、「そんなに欲しいなら自分たちで育ててみてはどうだろうか?」と、商業都市フライハイトへの移住を持ちかけたそうだ。


 結局のところ、マンドラゴラ愛好家だけでなく、マンドラゴラが商売になりそうだと目をつけた商人、独自の文化を築きつつある領地へ魅力を感じた者などなど、移住希望者が後を絶たず。


 ルーカスの後任である移住窓口担当者が手続きを整えている最中、『シェーネ・オルガニザツィオーン』の面々が、


「向こうには前任者のルーカスがいるし、なんとかしてくれるだろう」


 ……なんて具合に、勝手に移住を認めた、と。


「……それ、意思疎通が上手くいっていないっていうか、暴走に近いよな?」

「まったくだ。一応、移住担当者は正式な手続きが整うまで待ってろと伝えていたみたいだけどな」

「我が友人のことながら、お恥ずかしい限りです……。よろしく頼むという手紙は預かっていたらしいのですが」


 ルーカスが指し示した手紙には、確かに『シェーネ・オルガニザツィオーン』の連名によって、移住の面倒を見てやってくれという文章が記載されている。


 同じ組織にルーカスも入っていたはずなのに、なんでこうも常識の振れ幅が酷いんだ? ファビアンがまともに思えるレベルだぞ?


「こっちにあるもうひとつの手紙は?」

「私の後任が移住希望者たちへ預けた手紙だそうです。詳しい経緯はこちらに」


 後任の移住担当者が書いた手紙には、出立した移住者たちを引き止めたことや、聞き入れてもらえなかったこと、こういう自体を招いて申し訳ないという謝罪が書かれており、よほど慌てていたのか、筆記はかなり乱れている。


 そりゃあ後任者もさぞかし焦ったろうなあ。自分の知らない間に移住しようとしてたなんてさ。


「同封された別の書面には、国内での正式な手続きが完了した旨が記載されてたぜ。大急ぎでまとめたんだろうけどな」

「領主殿のご認可さえいただければ、移住が成立しますが……。いかがされますか?」


 いかがされますか、って言われてもなあ?


「受け入れるしかないだろ?」

「いいのか?」

「経緯がどうであれ、追い返すわけにもいかないしなあ」

「それは……そうなのですが」


 この土地に来るまで問題はあったかもしれないけど、移住者たちの責任ではないしねえ。


 こちらとしても領民が増えれば、それだけ働き手が増えるってことだしさ、ここはひとつ歓迎しようじゃないか。


 ……しかし、こうなってくると今後に不安を覚えるな。


「不安って、何がだよ?」

「新しく成立させた法だけじゃなくて、特産品目当ての移住者がやってきたんだぞ? 今後も同様のケースが続くんじゃないかって思ってさ」

「確かに。ある意味、今回の移住者は不意打ちそのものでしたからね。後任と友人たちへは、手続きをちゃんと踏むよう、改めて厳しく伝えておきます」


 頭を下げるルーカスに頷いて応じる。受け入れる方にも準備が必要だし、そこのところはちゃんとやってもらいたい。


「それもいいんだがな。タスクよ、住民が急増するなら、他のことにも気を配らんといかんぜ?」


 銀色の艶のない長髪をかきむしりながら、クラウスが呟く。


「他のことって、例えば?」

「わかんねえやつだなあ。ここで暮らしている連中は善人ばっかりだけど、今後はそうとも限らんだうろが」

「……治安対策か?」

「その通り」


 ご名答とばかりにウインクをして、クラウスはさらに続けた。


領地フライハイト独自の、警察組織を作ろうぜ」

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