226.閑話・マンドラゴラ愛好会

 合同結婚式から二週間が経とうとしている。


 祝宴の余韻はすっかりと消え去り、領内はいつも通りの日常へと戻った。……ごく一部を除いて。


 ひときわ賑やかな声が上がるのは、新たに拡張された薬草畑である。


「ジゼルさん。種の植え方はこのような感じでいいかしら?」

「はい、マルレーネさん! 土はふんわりとかけてあげてください!」


 楽しげに農作業へ取り組む女医たちが栽培しているもの、それは例のマンドラゴラだ。


 挙式が終わった後、『シェーネ・オルガニザツィオーン』の面々が、ありったけのマンドラゴラを買い占めていったため、急遽、増産体制を整えることにしたのだが。


 そのセクシーな造形とマナの含有量に注目したマルレーネたちが、手伝いを買って出てくれたのだ。


「いままでになかった薬草を調合すれば、触手を生やす薬ができるかもしれませんわ。わずかでも可能性があるなら試してみるのが研究者ですもの」


 柔和な眼差しと穏やかな口調に不釣り合いな、相変わらずのマッドサイエンティストな発言である。


 後半だけなら、子供たちに聞かせてやりたい名言なんだけど。前半があまりにもアレ過ぎて、トータルがマイナスになってるのが実に惜しい。


 とにもかくにも新たなメンバーが加わった『マンドラゴラ愛好会』は、クラウス会長の下、どうやったらオモシロ形状に育つかという研究に余念がないようで。


 その結果、「種子に魔力を込めてから地中へ埋めると、愉快な形状に育ちやすい」という説を立証したそうだ。


 いやはや、「スゲえこと発見したぞ!!」って、クラウスが喜々として話しかけてくるもんだから何事かと思ったんだけど、正直、反応に困るよね。


「はあっ? お前さん、愛好会の名誉会員なんだぞ!? この大発見を喜べよ!」


 菜々緒ポーズのセクシーマンドラゴラ片手に怒られてもなあ……。そうですか、としか言いようがないわけで。


 オレにできることといえば、マンドラゴラ畑で汗を流す、クラウス・ソフィア夫妻の仲睦まじい様子を微笑ましく見守るぐらいのものなのだ。


 しかしなんというか、ハイエルフたちにセクシーマンドラゴラが受けるとは思ってもなかったな。


 もしかすると『シェーネ・オルガニザツィオーン』の面々だけが気に入ってるだけかと思いきや、そういうことでもないようで、少なからず愛好家が存在しているらしい。マジっすか?


「芸術面においては一家言を持つひとたちばかりですからね。独特な形状が芸術的だと受け入れられたのかもしれませんよ」


 そう分析するのは『元・シェーネ・オルガニザツィオーン』のメンバーで、現在はウチの学校長を務めるルーカスだ。そんなもんかねえ?


 ちなみに、持ち帰ったマンドラゴラは愛好家たちで分け合い、特に気に入った形状のものはアルコール漬けにして観賞用に保存しているそうだ。


 マンドラゴラ酒があるって聞いてたから、てっきり飲むのかと思ってたんだけど違うのか。いや、まあ、お買い上げいただいたので自由にしていただいて構わないんだけど。


 こうなってくると、そのうちセクシーマンドラゴラが芸術の一分野を築く時代がくるのかもしれないね。


 収穫した形状に不満を持った頑固なマンドラゴラ農家が、「こんな出来じゃダメだっ!」とか叫びながら、マンドラゴラを叩き割ったりとか。


 セクシーマンドラゴラを手に取って「いい仕事してますねえ」なんて品評を残す、マンドラゴラ評論家が出てきたり、とか。


 ……いや。考えてみたけど、ないな、うん。


 増産したマンドラゴラも、きっと、そのほとんどが薬用として消費されるだろう。


 ちなみに。


 挙式が終わってから数日後、アルフレッド・グレイス夫妻とファビアン・フローラ夫妻が、結婚報告のため龍人族の国へ向かったのだが。


 せっかくだし、夫人会へお土産を持っていってもらおうと、同行するハンスへセクシーマンドラゴラを預けようとしたところ、


「……伯爵。芸術というのは、時として万人に受け入れられる代物ではないということをお忘れなく」


 ……と、まあ、ものすごく真剣な顔で言われてしまい、ものすごい勢いで我に返るハメに。そうだよなあ、M字開脚のマンドラゴラとか普通は敬遠するよなあ……。


 実際、エルフはエルフでも、ダークエルフのイヴァンには不評だし。この前もお土産に手渡そうとして固辞されたもんな。


 代わりに義弟が持ち帰ったのはできたてほやほやのマンガ本で、夫人会にも渡してもらうよう、数冊をハンスへ預けておいた。こちらについては何も言われなかったので多分大丈夫なのだろう。


 しかし……。いざ増産だと、張り切って畑を拡張したのはいいとして、実際問題、需要があまり見込めなかったらどうしようかね?


 倉庫いっぱいにセクシーな形状のマンドラゴラが積まれている光景とか、想像するだけでトラウマになるんですけど。


「心配すんなよ、タスク! コイツは野菜として食べても美味いからよ!」


 そう言って、屈託のない笑顔を見せるのはクラウスだ。


 そういえば、前にリアからサラダにしたものを食べさせてもらったな。さっぱりしていて美味しかったけどさ。


「だろ? でも、俺のオススメは素揚げだな。生の時とは違って、ホックリとした食感になるんだ。甘みも出て美味いぞ?」

「……素揚げ。まさかその形のまま、丸ごと揚げるんじゃないだろうな?」


 考えるだけで食欲が減退しそうだけど、ハイエルフの前国王はそんなわけねえだろと、笑い声を上げつつ首を左右に振った。


「いくらなんでも食いにくいからな。流石に切ってから揚げるっての」


 ……デスヨネー。あー、よかった、安心したわ。それならちょっとは食べられそう……


「こうな、縦に真っ二つに切ってから、高温の油にドボンって放り込むワケよ」


 もっとエグいじゃねえか! そんな切られ方をするのは二代目バルタン星人ぐらいしかいないっての!!


 食い物なんだし、余計なことを考えるなよというクラウスの言葉はもっともなんだけど……。


 できるだけ在庫を抱えないように営業活動を頑張ろうと、オレは静かに決意したのだった。

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